03 偽りの烙印
今はどうすることもできない。項垂れていると部屋の扉をノックする音。
返事もしないうちに重厚な扉が開く。
「お邪魔するよ」
そこから顔をのぞかせたのは、先ほどの会話の中で『わからないと思ったんじゃないか?』と発言した男だった。
ルーヴァス様より若く見える。
ペルセダン人は頑強な肉体を持つため、年配の重鎮たちも筋肉質で大柄な者ばかりだ。
それにくらべ目の前の男はどちらかというと線が細くカカルシア人に近い体形をしている。
「君も災難だったね」
断りもなく部屋へ入ってきたため、ソファに背をあずけていた私は、急いで背筋を正して座りなおした。
先ほど泣かされたばかりだ。また酷いことを言われるのではないかと身構えてしまうのは仕方ないだろう。
「私のことは気にせずに寛いでいていいよ」
そう言いながら男は向かい側のソファに勝手に座った。
「あなたは……」
「ディスター。公爵家の者だけど、僕の曾祖母がカカルシア王国の姫だったから、八分の一は君と同じ血が流れているよ。君が本物ならね」
「私、本当にアルティナなんです。偽物なんかじゃないわ」
私はソファから立ち上がり胸の前で手のひらを握りしめながら訴える。
「うーん。君が本物のアルティナだとしても、王妃としては迎えられない」
「どうして? 古来からの定めではないんですか。だから私ペルセダンまで来たのに……」
「だらか無理なんだよ。――だって君はカカルシアの王族の血を引いてないから」
「うそ……そんなの嘘よ」
ディスターさんが何を言っているのか理解できない。
「いい加減なこと言わないで!」
今までの遠慮がちの物言いとは違い、眉間にしわを寄せて大声で抗議した。それを見たディスターさんは目を丸くして私を見る。
「もしかして知らなかったの?」
「そんな……だって……ありえないわ……」
自分がカカルシア王の子供でなかったとすれば、あれほど愛しまれるはずがない。
「ペルセダン人は鼻が利くのは知っているよね? 王宮に出入りしている者は前王妃の香りをみんな知っている。それなのにまったく異なる香りをまとった君が来てしまった。みんな結婚式を楽しみにしていたのに、とてもがっかりしてるんだよ。――でも、君にお茶の用意をしてないのは職務怠慢だから注意しておくけど……」
いきなり突き付けられた真実に、私は愕然とするしかない。
「もし、君が本物のアルティナだと言うなら、たぶん、姫が産まれなかった王族が今日のためだけに用意した娘だと思うんだ。国に帰っても役立たずの烙印を押されるだけじゃないかな?」
「そんな……」
「だから僕のところへ来ないか? もともと君は……」
ディスターさんが何か言いかけたその瞬間。
王宮の広場から地響きのような咆哮と悲鳴が聞こえた。
それは一人、二人でない。たぶん広場に集まっていた多くの民衆が声を上げている。
私たちは何が起きているのか確認をするために、広場を眺めることができるバルコニーへ急いで出た。
「なんてこと……」
そこで目に映った光景は、飛竜から逃げまどう民衆、それを守りながら飛竜と対峙する騎士たちの姿だ。
ルーヴァス王の婚姻を祝福するために集まった大勢の国民は騒然としている。
襲撃した飛竜は四体。
そのうち一体はすでに討伐されており地面で抑え込まれてもがいている。
残りの三体が人間の頭上を低空飛行しながらたまに民をカギ爪で持ち上げ、重さに耐えられないのか直ぐに離した。
さらわれるのが子供だったら大変なことになってしまう。
何度かそうやって飛竜がかすめ飛ぶうちに一体の背に誰かが飛び乗るのが見えた。
その人物が飛竜の左翼に向かって左手を大きく振り下ろす。
飛竜から血の飛沫が飛び散りそのまま広場へ墜落していった。