02 しきたりに従っただけなのに
「彼女も被害者であろう。姫の代わりに我が国に送られてきたのだ。苛むのもほどほどにしておけ」
「はあ、ではこの者の措置はいかがいたしますか。どこかに幽閉しませんとなりませんが」
「一応、私の伴侶として送られてきた娘だ。用意した部屋へ案内しておけ。後ほど私が話をする」
「王、絆されてはなりませんぞ」
そう反論する老人を睨みつけるルーヴァス王。
「これは命令だ。ここにいる間は丁重に扱え。みなの者もわかったな」
「――承知いたしました」
ルーヴァス王は今年二十九歳。
他に釣り合いの取れる王族がいなかったため、私が十八歳になるのを心待ちにしていたと聞いていた。
一番憤慨しているであろうルーヴァス様自身が情けをかけるのであれば、それに従うほかないと、重鎮たちは渋々口を閉ざすことにしたようだ。
つるし上げの場が解散となり、その後、私が連れていかれたのは王妃のために設えられた一室。
案内役の侍女たちまでが、困惑しながらも冷たい眼差しを送ってくる。王宮の中で誰ひとりとして歓迎している者がいないことを身をもって感じていた。
国王ルーヴァス様だけが賓客として扱ってくれている。
それだけが唯一の救いだった。
はるか昔、ペルセダン王国の祖先は飛竜を追って大陸を移動し、この地にたどり着いた狩猟民族。
飛竜が巣くう山脈の周辺は危険性が高いため、もともとこの大陸に生存していた人々は距離を置いて生活をしていた。
その空白地帯にペルセダンの祖先が住み着いたのが国の始まりだ。
実はペルセダン人とカカルシア人は進化の過程が違うので見た目は似ているけど種族が異なる。
ペルセダン人は頭頂部に一対の角をもつ。手には猛獣のような鋭く頑丈な爪を持ち、身体能力が高い上に第六感が鋭い。
狩猟で生計を立てている関係で、いつまたこの地を離れるかわからなかったから、当初彼らは国を起こすことなど考えもしなかったそうだ。
かたやカカルシア人、魔法と言う念動力を使うことができる。だけど、優れた者でさえ鹿を倒す程度の能力しかなく飛竜相手にはまったく歯が立たない。
当初、飛竜を狩ることが出来るペルセダン人が、山脈付近に住み着いたことをカカルシア人は脅威に感じていた。
その力で自分たちも脅かされる可能性があるからだ。
しかし、ペルセダン人は人間に対しては好戦的ではなかったため、時がたつにつれ交流する者たちも現れた。
ペルセダン人はカカルシア人と関わりを持つようになってから、ある一部のカカルシア人に飛竜が忌避する花の香りを纏う者がいることに気がついたそうだ。
自分たちは飛竜を狩ることを生業としているが集落で帰りを待っている弱い仲間は守りたい。是非その血を自分たちも取り入れたいと、その血族の娘をもらい受けるために、花の香りの一族の後ろ盾となり、周辺の集落をまとめ建国に手を貸した。
娘が嫁いだペルセダン人も王となり、この時二つの王国ができたのだ。
ペルセダン人が盾となり、カカルシアの王家の血筋が飛竜除けとなる。
お互い飛竜の脅威から国民を守るために、ペルセダン王国の国王にはカカルシア王国の姫が嫁ぐ。
それがこの時から両国の掟となった。
しかし時が移り変わるうちに二つの国は大きくなり、人口が増えるにしたがって溝ができ始めた。
武力のペルセダンと知力のカカルシア。
かたや力がないことを嘲笑い。かたや野蛮だ、無能だと蔑む。民間人の交流はあっても貴族と呼ばれる生粋の国民の中には選民意識が高い者が多く、隣国に嫌悪感を持つも者が増えている。
それでも花の一族だけは別格だったはずなのに……。
「なぜみんなあんな目で見るのかしら」
自分のために用意された豪華な部屋に、ポツンとひとり取り残された私は、そこにあったソファに座りながら、自分が何故こんな目にあっているのかを考えていた。
ペルセダン人は嗅覚が優れておりカカルシア人にはわからない香りを嗅ぎ当てることができると言われている。
この国の人の反応から、たぶん自分からは王家を司る花の香りがしないのだろう。
国の成り立ちから、王族の女性は花姫と呼ばれローズ姫とかアイリス姫など字名がついている。
私もカトレア姫と呼ばれていた。それなのに匂うと言われとてもショックだ。
母国に送り返されるなら万々歳。
しかし、このまま偽物として罪人扱いで牢屋行きもないとは言えない。
「私はいったいどうなってしまうの」
それでも……。
「ルーヴァス様は話を聞いてくれそうだから、そこに望みを託すしかなさそうだわ」