9 学園祭
伯爵家にて、ダンスのレッスンが始まった。
もちろんお相手はフィリップ様だ。
「麗しの薔薇。一曲お相手願えますか?」
私の手を取って、手の甲にキスをする。
ああ、今日は薔薇が私のことらしい。毎回、フィリップ様は何かにたとえて私を呼ぶ。
ちょっとめんどくさい。普通に呼んでくれて良いのに。
「はい。喜んで」
音楽に合わせてフィリップ様と踊る。ダンスは得意だ。
幼馴染みのあの子とよくダンスの練習をした。
――アラン、くるくる回して。
――持ち上げて欲しいの。
――イレーヌ、無理、重い……
――何ですって。羽のように軽いわよ。アラン、頑張って!
――そんな重い羽ないとおもうけど……。 あ~、ごめん、転ぶ。
――きゃあ。
二人して転んで、見つめ合ってクスクス笑った。
軽やかにダンスを踊る。
あれ?
「ごめんなさい。足を踏んじゃったわ」
「気にしないで。イレーヌ嬢になら踏まれてもいい。むしろ踏んでくれ」
フィリップ様、変わった性癖をお持ちなのかしら?
フィリップ様のリードはさすがなのに、どこか
しっくりこない。
――ああ、このヒト、あの子より少し背が高いんだ。
胸が苦しくなって、そっと目を伏せた。
「すまない。執務があるから、これで失礼する」
フィリップ様はため息をつくと、仕事に戻られた。
忙しい中、ダンスのレッスンに付き合ってくれたのね。
ダンスのレッスンが終わって、何か手伝えることがあればとフィリップ様の執務室による。
部屋からヨハンの声がする。
「坊ちゃん、この通り手配してよろしいのですか?」
「ああ、選択肢は全部揃える主義なんだ。」
「あとで、困っても知りませんよ」
「ああ、大丈夫だ。この書類は、イレーヌ嬢の目の届かないところへ仕舞っておいてくれ」
まだ伯爵家に入ってない私には見せれない書類もたくさんあるだろうと納得する。
言ってくれれば、極秘のものは見ないのにと、思う。
**
秋の終わりを告げる頃、学園祭が行われる。
学園祭といっても小さな物で、日頃の研究成果の発表、生徒達による楽器の演奏、演劇、最後にクラス代表による剣のトーナメントがある。
フィリップ様も毎年出場されている。
幼馴染みの彼の剣の腕前は平凡だったので、あまり興味が無くてちゃんと見たことが無かった。
今年は、フィリップ様が是非見に来て欲しいと力説するので、スタジアムに向かう。
ちょっと嫌な予感がするので、本当は観戦したくなかったのだが、しょうが無い。
浮き世の義理と言うヤツだ。
婚約者様を応援しよう。
フィリップ様は順当に勝ち進み、準決勝が始まった。
相手は同学年のロバート様だ。
剣の刃は潰してあるが、危険なことにかわりわない。
「始め!」
審判の合図で闘いは始まる。
お互いが探るように剣を打ち合う。
パンパンと剣の音が響く。
ロバートが地面を蹴り、剣を振り上げ襲い掛かる。
フィリップは、一瞬の隙を突き、相手のふところへと踏み込んだ。
相手が突きを打ち払おうとして放った剣を、右によけて躱す。
フィリップは低い体勢から、突きを放った。
フィリップの剣が、相手の剣を持った手にバシリと当る。
ロバートの剣がクルクルと宙に舞う。
そこをすかさず、フィリップが切っ先をロバートの喉元すれすれに突きつけた。
「そこまで!」
「勝者! フィリップ!!」
審判が高らかにフィリップの勝利を宣言した。
観客から勝利への賞賛がわき起こる。
確かにフィリップ様は格好良かった。ファンが増えるはずだわ。
フィリップは他の観客などに目をくれず、私を嬉しそうに見ると「君に勝利を捧げる!」と手を振った。
小さな子どもみたいに目がキラキラしている。親に褒めて欲しい子供のような顔をだわ。
ああ、悪い予感当たった!!
ええええ、ばっかじゃないの? やっと嫌がらせが止んだのに、なんでやるかな?
フィリップが手を振ると同時に、私はひょいと頭を下げて人混みに身を隠した。
周りは、「きゃ~、フィリップ様、私に手を振ったわ!」「私に勝利をプレゼントされたのよ!」と大騒ぎであった。
次の決勝戦は、騎士団長の息子マルク様があっさり勝った。
よくやったマルク様!
2回もさらし者になりたくない。
**
学園祭がおわり停留所で迎えを待つが、うちの馬車が来ない。
貧乏子爵家の馬車は一台なので、今日はお父様が使われたのかも知れないわ。
仕方がないので、学園のロータリーから坂を下って乗り合い馬車の停留所へと歩き出した。
次の瞬間、腕を捕まれて停まっていた見知らぬ馬車の中へと引き込まれた。
悲鳴をあげる前に、口を押さえられる。
馬車の中で目隠しされ後ろ手に縛られた。
――うわぁ、わたくし、攫われました!!!!!
お金に目がくらんで、幼馴染みを婚約破棄した罰が当たったのかしら…