7 1ヶ月後
何事もなく1ヶ月がすぎた。
季節は秋の中盤になった。教室の窓から入る風が冷たくなってきた。
この1ヶ月、学園へ行き、家では伯爵家から派遣された家庭教師にしごかれ、
週1回、コーデリア様に礼儀作法や社交術をしごかれ、そのあとフィリップ様の執務を手伝い、お茶して帰るという日々を過ごしている。
家の問題も少し落ち着いたのか、幼馴染みの彼も学園へ来るようになった。
お互い顔を合わせる訳にいかないと分かってるから、会わないように気をつけている。
今日もランチは一人で取り、そのあと学園の庭を散策した。
学園の木々も色づき初めて秋の風情だ。
ふと視線を感じて振り返ると、木々の間から憎々しげな瞳で私を睨み付けているあの子がいた。
そして何かを言いたげに私をじっと見つめると、何も言わず去って行った。
あんな子じゃ無かった。あんなふうに人を睨み付ける子じゃ無かった。
私のかわいい幼馴染みの婚約者は、おっとりとして優しい人。
私の天使だ。
あの子にあんな表情をさせてしまうなんて。
あの子が望んだコトじゃなかった。私が勝手にやってしまったことなのだ。
全部、私の自己満足なんだ。
私が間違っていた。走り寄って跪いて許しを請いに行きたくなるのを、やっとこらえる。
私は、両手をぎゅっと握りしめて学園の小道をトボトボと歩いた。
地面に落ちた葉っぱが色とりどりの絨毯を作っている。
ふっと気づくと目の前にフィリップ様が立っていた。
「泣いていいよ」
「俺たちは運命共同体なんだろう? 辛いことも半分受け取らせてくれ」
肩が震える。さすがコーデリア様仕込みのチャラ男、女心のポイントを突いてくる。
ずっと泣くまいと思っていたのに、ポタっと涙が落ちた。今回の事が起って、私は初めてワアワアと泣いた。
「わ、わたしね、あの子を守りたかったの。なのに、あの子にあんな顔をさせてしまった……」
一番守りたい人にあんな顔をさせた自分が情けなかったから。
自分が許せなかったから。終わってしまった恋に心が痛かったから……
「ごめんね。俺は君の苦しみを、取り除いてあげられない。
だけど君が、笑う時も、泣く時も、そばにいる」
フィリップ様はそういうと、私の肩をそっと抱いた。
体のぬくもりが伝わって、吐息が直ぐそばで聞こえる。
きっと私の顔は涙でグシャグシャだわ。ひどい顔をしてると思うとたまらなく恥ずかしくなった。
うつむいたまま顔は上げられなかった。
婚約者でもない女性の肩を抱くなんて不道徳だわと思ったが、そういえば、私は彼の発表されてない婚約者だったと思いだして、我ながらちょっと可笑しくなった。
――誰かの胸で泣くなんて、お母様が亡くなってからこれが初めてかも知れない。
目の赤い私をフィリップ様が教室まで送ってくれたことで、
図らずしも、婚約破棄を悲しむ私を慰めたフィリップ様との間に愛が芽生えたという噂がたった。
コーデリア様の計画通りだ。
恐るべしコーデリア様。
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ちなみに、今週のコーデリア様講座は、お茶会についてだった。
主催するお茶会にお呼びする場合、交友関係によっては一緒に呼んでいけない家がある。
お呼びしたお客様によってお出しする茶器やお茶とお菓子も違うのだ。
「たとえば、このお菓子はルーガリ伯爵領の伝統のお菓子なの。他にもお呼びするお客様の領地で取れる果物を使ったジャムやバターをお出ししたりするの。お茶も出席者の好みを把握しとかないといけないわ。
それから、各家の動向や噂、流行もチェックして、メンバーの意図を察して話題に出したり、出さなかったりしなきゃならないの。
もちろん、お客様達が楽しい時間を過ごせるように心配りは忘れずにね。
伯爵夫人になるならこれくらいはできないと舐められるわよ」
と、片方の眉をピクリと上げた。
社交界でうまくやっていくためには、社交術は必須である。
都合の悪い言葉は自分に都合よく誘導したり、相手の裏を読んだり、気に入られるように相手の感情をうまく探らなければならない。
伯爵夫人、お茶会だけで頭が痛いです。
「そうそう、そろそろフィリップと貴女の仲を妬んで嫌がらせが始まるから、今までの知識を総動員して上手にあしらってご覧なさい。それが次回までの宿題ね」
と、コーデリア様はにったりと笑った。