6 フィリップ様とお茶
コーデリア様の講義が終わると、栗色の髪のこれといって特徴の無い男性が立っていた。
同い年くらいだろうか?
「イレーヌ様、わたくし、フィリップ様の侍従でヨハンと申します。若様の部屋に案内しますね」
侍従の案内でフィリップ様の部屋に寄る。
お茶しましょうと言われてたのだ。
案内された部屋は、フィリップの書斎だった。広々としており、どっしりとした机のほかに、部屋の中央に小さなテーブルと長椅子が置かれ休憩も出来るようになっている。
机の上には書類の山があり、フィリップ様は執務に追われてるご様子だった。
ああ、この人って遊んでばかりじゃなくて、仕事もなさってるのね、少しフィリップ様を見直す。
「すまない、もう少し切りが良いところまで終わらせるから待ってもらってもいいだろうか?」
「もちろんです。私が拝見してもよければ、書類の整理を手伝いましょうか?」
「できるのか?」
「ええ。書類を拝見しないと何とも言えませんが、ずっと父の手伝いをしておりましたので似たような事でしたらお手伝いできるかと思います」
子爵家は雇い人も多くないので、私も父の仕事の手伝いをしていたのだ。
「では、これの計算が合っているかチェックしてくれ」
私は、手渡された書類の計算を確かめ、書類の仕分けを手伝った。
「まだやることが残っているが、ひとまず休憩しよう。ヨハン、お茶を頼む」
「よかったら、私が淹れましょうか?」
「淹れられるのか?」「ええ」
伯爵家では、奥様は自分でお茶は淹れないのかしら?
ポットを温め、少し蒸らしてお茶を淹れると、フィリップ様がこう切り出した。
「君が淹れると美味しい」と、頬をゆるめた。
「これからのことを話しておきたいんだ」
「奇遇ですわ。わたくしもそう思ってました」
キッチリ締めねば!
「いろいろあって、君も不本意かもしれないが、婚約者となったからには、君とちゃんとした……関係を築きたいんだ」
「ありがとうございます。恋愛感情がなくとも、年月が作っていく強い関係ってありますものね。
フィリップ様が女遊びをやめて落ち着いてくだされば、わたくし、せいいっぱい自分の勤めはきちんと果たしますわ。私たち、運命共同体になりましょう」
「それは、ちょっと嫌……」
あら、まだ遊びたりないのかしら?
でも、遊び回るようなら廃嫡と言われてるし。
それなら、きちんとした愛人を囲ってもらった方が評判を落とさないかしら?
貴族の家で愛人の一人や二人いるのは普通でしょうし……
この人に愛情があるわけでは無いから、愛人に相手をしてもらった方が私も助かる。
「では家名を傷つけない範囲なら、愛人を持って頂いてもけっこうです」
「愛人がいてもいいのか?」
嫌そうに顔を顰める。
この方、愛人だけじゃ不足なのかしら?
「君は何もしてくれないのか?」
「もちろん、フィリップ様のこと支えて守りますわ」
「甘やかしたり?」「ご希望なら」「それはいいな」
フィリップ様は嬉しそうに笑った。
フィリップ様、こう見えて甘えん坊なのかしら?
いいとこの坊だものね。
***
お母様が亡くなる少し前、私を枕元に呼んで、私の頬をそっと撫でた。
「イレーヌ、世界の秘密を教えてあげる。知りたい?」
お母様は、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべた。
「お母様、おしえて」
「女より男の方が強いと思ってるでしょう? 違うのよ。本当は女の方が強いの」
「どうみても、お父様の方が強そうよ?」
「力はね。でも、男は弱い生き物なの。女が守って支えてあげないといけないの。お父様とミハエルをお願いね。貴女が守って支えてあげてね」
そう言われても、大きくて強いお父様より華奢で優しげなお母様の方が強いとは思えなかったが、
お母様の真剣な様子に、素直に「はい」と頷いた。
――葬儀の日、お母様を亡くした後のお父様の後ろ姿は肩を落として小さく小さく見えた。
いつも、家でどっしりしている大きなお父様ではなかった。
小さな弟は泣きじゃくっていた。
私がしっかりしないと……
やっぱり、男と子供は守ってあげないといけないのだ。
私は、ぎゅっと拳を握りしめた。