2 伯爵家とご対面
そういうわけで、伯爵家の面々と対面することになったイレーヌです。
私の母は、幼い頃亡くなったので、父と二人、トレーニ伯爵家に馬車で向かっております。
幼い弟はお留守番です。
馬車の中は言葉少なだ。
ここに向かう前、父は、この婚約を本当に了承していいのか、何度も確かめた。
馬車の中でも、「お前が嫌なら、今からでもお断りしよう」と言った。
今更、上位の家にお断りできる訳などないのに……
本当に父は優しい。優しいだけでは、貴族の当主はダメなのに。
貴族なら、家のためになる上位の家との結婚、娘がいやがっても嫁げというのが、当主の取る道なのだ。
「お父様、わたくし、喜んでトレーニ伯爵に嫁ぎますわ。だってトレーニ伯爵はお金持ち、贅沢三昧してやりますわ!」と、拳をあげて答えると、父はもっと心配そうなかおをした。何故かしら?
トレーニ伯爵の邸は国内有数の大貴族とあって大豪邸だった。
華美な装飾を施した銀色の大きな門。それを守る数人の門兵までいる。
門を馬車でくぐるのだ。なんせ門から家が見えない。
子爵家なんて、門をくぐると目の前が家だ。
呆気にとられながら、美しい庭園の小道を馬車でしばらく行くと宮殿のような館が現れた。
玄関を入ると、大理石の美しいホールで執事が出迎えた。
長い廊下を通り、応接室に通される。
応接室は素晴らしい天井画のある大きな窓に面した明るい部屋だった。
内装も家具もどれをとっても、高級でかつ芸術的なもので、ソファーなど座るのが躊躇われるほどだ。
応接室に入ると、伯爵家の面々がいらっしゃった。
伯爵家当主つまりフィリップ様のお父様は、エドガー様とおっしゃって渋くて迫力のある壮年の男性だった。
さすがこの国の重鎮といった感じ。
エドガー様はお父様と、一通り婚約についての挨拶を交わした後、私をじっくりながめるとニヤリと笑って、
「イレーヌ嬢、うちの息子をよろしく頼む。しっかり支えてやってくれ」といって握手された。
ええ、キッパリシメテやりますわ。
フィリップ様のお母様はコーデリア様とおっしゃって黒髪の妖艶な美女だ。
フィリップ様の外見は、お母様似のようだ。
「ふうん、貴方がうちの子の想い人なのね。お噂は伺っておりますわ」
そう言ってコーデリア様は、片方の眉を上げると悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。
どんな噂だろう? ちょっとコワイ。
コーデリア様は、何か勘違いなさっていらっしゃるご様子。
だいたい私はフィリップ様とほとんど面識がなく、言葉を交わしたのだって一、二度あるかないか。
しかも、私の容姿は平々凡々。だから、自分で言うのもなんだけど、想い人などとんでもない。
フィリップ様は、お母様譲りの黒髪にアイスブルーの瞳。均整の取れた肉体と華やかな顔立ち。
幼馴染みほどではないけど、美形だ。
フィリップ様は、ちょっと困ったような顔をしている。
ふふ、お母様に勘違いされて困ってらっしゃるのね。分かるわ、こんな平凡な女を想い人と思われるなんて、遊び人の名が廃るわよねえ。
エドガー様は「これから会議があるので、申し訳ないがこれにて失礼する」と席を立たれた。
国の重鎮、いろいろお忙しいのだろう。
「そうそう、フィリップ、これから生活態度を改め仕事に励むように。仕事に成果のない場合、また、遊び回ってイレーヌ嬢にも愛想を尽かされた際は、廃嫡するから覚悟しておくように」と、釘を刺された。
うんうん。ワカル。
釘を刺したくなるくらいの遊びっぷりだったよ、フィリップ様。