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闇に溶ける匂い その2

【大日本魔術学園 F棟 地下1階 望月・L・オボロゼミ室】

八乙女亞璃亞(やおとめアリア)


「はぁ……」


 ボロが過ぎて、一周回ってアンティークな雰囲気を醸し出すソファに体重をぐいと預けると、らしくもなくため息が溢れちゃう。


 だって、仕方ないじゃない?


 私だって今日のライブをすっごく楽しみにしてた『Be_Can't(ベー_キャント)』ファンの一人なのに、今日になってゼミ室の当直が入っちゃうなんて、そんなひどい話は無いと思うの。

 ゼミ室に誰も居なかったらもし何か起こっても、すぐに対応出来なくなっちゃうから、当直は仕方ない事だけれども。


 ……それでも、ため息をつく位は許して欲しいものよ。

 あーあ、今頃ライブも終わって、みそらちゃんとハルくんは仲良くご飯でも食べてるのかなぁ?

 私も可愛い後輩達と一緒に今日のライブを語りながら、美味しいお酒を飲みたかったわねぇ……。


「それにしても、一人ぼっちは寂しいわぁ……」


 せめて、ゼミ生の誰かがいればお話相手になるんだけどなぁ……。

 相方(バディ)の熱海くんは今日に限って居ないし、誰でもいいからから居てくれたらなぁ……。


「あーっもう!暇、ヒマ、ひまーっ!!!」


 柄にもなく大声なんか出してみたり。

 こういうのは、誰も居ないからこそできることよね。

 だから何?って話だけど。


「……ハァ、暇すぎて干物になっちゃいそう。何か面白い事でも起こらないかしらねぇ……」


「アリア先パイ〜〜〜っ!!!」


 と、ゼミ室のドアがバンッという大きな音を立てて開き、子犬みたいな娘が小走りで突入して来た。

 彼女は後輩のオキマルちゃん。

 私より幾つも年下だけど、これでも立派なオボロゼミの新人なのよ?

 それにしてもいきなりの事でちょっとビックリ、ひっくり返っちゃいそうになっちゃったわ。


「あら、オキマルちゃん、どうしたの?」

「先輩、どうかっ!どうかオキマルを助けて下さいっ!」

「助ける?何か困ってる事でもあるのかしら?」

「そうですっ!オキマルは今、大ピンチなのですっ!」

「あらあら、後輩がピンチなら、先輩が助けるしかないわねー♪」

「さっすがアリア先パイっ!内容も聞かずそう言ってくれるとは、オキマルはとっても助かりますっ!」


 あら。

 あらあらあら♪

 私ってば本当にラッキー♪楽しそうな事、起こったじゃない♪


 彼女は年相応にちょっとおっちょこちょいな所があるから、こうやってよく助けてー、なんて言ってくるの。

 本当はまだ大日本魔術学園付属中学に通ってるはずの年なのに、おりこうさんだから今年から特別待遇の飛び級で学園の新入生として頑張ってるのよー。

 いくらおりこうさんとは言っても、まだ年まだ未経験の事ばかりなんだから、困る事が多いのは仕方ない話だし、こうやって私を頼ってくれるのは嬉しいじゃない?

 だから、できる限り手を貸してあげるけど、なるべく甘やかさないように気をつけてはいる。


 ……たまーに、甘くしちゃう時もあるけれど。

 可愛い仔犬みたいな娘だし、つい優しくしちゃうのは先輩の性というものかしら。

 本当に、本っ当に可愛い後輩ちゃんなの、オキマルちゃん!

 後輩?ペット?マスコット?

 とにかく、オボロゼミの癒し担当といえば、オキマルちゃんよね。


「それで、今回は私は何をすればいいのかしら?」

「これを助けて欲しいのですっ!」


 オキマルちゃんが、抱えていたプリントの山を指差す。


「これは……、課題かしら?こんなに沢山……」

「そうですっ、課題ですっ!実はオキマル、最近ゼミの活動に力を入れ過ぎてしまうあまり、宿題の存在をすっかり忘れてしまっていたのですっ!」

「あらー、それは大変ねぇ……」

「普段はこまめにやっていたのですっ!こんな事は今回が初めてなのですが、アリア先輩、ぜひオキマルと一緒にこの課題をやっつけて下さいっ!」

「仕方ないわねぇ、全くもう……」


 手のかかる後輩ほど可愛いとはよく言うけれども、彼女はまさにその言葉通りの存在ね。


「それでは早速ですが、アリア先輩にはこの魔法原理の簡単な穴埋めレポートをやってもらいたいのです!」

「……え?私がやるの?」

「はいっ!そして、オキマルはこっちの属性変化のプリントを頑張りますっ!」

「ん?」

「えっ?」


 うん?

 思ってたのと違うというか、何というか。


「えっと……、オキマルちゃん?」

「はいっ?」

「オキマルちゃんがそっちをやってる間、私がこっちをやるの?」

「はいっ!そうすれば、2人でやる分、2倍のスピードで終わるのでっ!」

「これは、オキマルちゃんの課題なのよね?」

「はいっ!もちろんそうですっ!」

「それを、私が一人で?」

「はいっ!」

「そして、オキマルちゃんは」

「こっちをやりますっ!」


 それは、どうなのかしら。

 はい、わかりましたと首を縦に振る事はできない。


「……それは、話が違うんじゃないかしら」

「……え?」


 オキマルちゃんが目をきょろっと大きく開いて驚く。


「オキマルちゃんが今、私にやらせようとしたことは、手伝いじゃなくて肩代わり、よね?」

「え、えーっとぉ、そう、です、かね?」


 これは、ビシッと言う必要がありそうね。


「……オキマルちゃん、今からあなたを叱ります」

「えっ」


 彼女がその違いをまだ知らないというのなら、しっかりと教える必要がある。


「まず、手伝う事と、代わりやる事。この二つには大きな違いがあるわ」

「違い……、ですか?」

「確かにオキマルちゃんにとっては似てることかもしれないけれど、私にとって、オキマルちゃん以外の人にとっては全然別物なの。だって、手伝うのはオキマルちゃんの為になる事だけれど、代わりにやるのは誰の為にもならない、ただ課題から逃げるだけの行為なのだから」


 道を間違えた後輩を正しい道に戻す事こそ、私が先輩として存在する一番の意義だから。


「確かに私達のゼミの活動は大変だし、特に今年から学園に移ってきたオキマルちゃんにとっては分からない事ばかりだから、他の先輩以上に時間も沢山かかるでしょうけど、それは言い訳にはならないわ」

「言い訳……」

「私達はオボロゼミ生である以前にこの学園の学生なのだから、学生としてやるべき事を疎かにしてしまっては学生で無くなってしまう。学生として活動している存在でなく、ただの正義屋さんになってしまう。でも、それじゃダメよ。自分を見失った正義は、いつか必ず道を外れてしまうから」

「は、ぃ……」

「オキマルちゃんはまだ相方(バディ)か決まってないからみんなの手伝いばかりだけど、これから相方が決まったら実践的な仕事もするようになるし、もっと忙しくなるわ。だからといって課題に手が回らないからって、こんな事が続いて進級とか卒業に響いたら、私は先輩として悲しいし、オボロゼミにとっても、オキマルちゃんのこれまで頑張ってきた全てに対しても失礼になってしまうから。だから、課題はオキマルちゃん主体でやらなきゃいけない。分担して私がやる訳にはいかないわ」


 オキマルちゃんにはそういった当たり前の事を忘れないで欲しい。

 ゼミの活動はもちろん大事な事、誰かの為に頑張れるって、本当に素晴らしい事だから。

 そして、学生としての彼女の毎日も大事にして欲しい。

 彼女がゼミの一員としてがんばる足場としての毎日の学生生活は、彼女が本当に困った時、道を見失いそうになった時にこそ意味を持つものだから。


 誰かの為も大事だけど、自分の為を蔑ろにしてしまっては、誰も救われない。

 人間はあくまで自分が一番大事でないといけない。

 じゃないと、いつかその助けた誰かに、自分の失った時間や、責任を背負わせてしまいかねない。


「………………」

「ごめんなさい……」


 オキマルちゃんがしょんぼりした顔で俯いて呟く。

 ただでさえ小さな背中が、さらに一回り小さくなる。

 正しい方向に導く為とはいえ、その姿は私の内に強い罪悪感と後悔を沸々と湧き上がらせる。


「オキマル、ゼミに入ってから色んな事を体験させてもらって、先輩も皆さんとっても優しくて、毎日が夢のように楽しくって……」

「………………」


 やめて、オキマルちゃん。

 そんな救いを求めるような眼で、私を見ないで。


「でも、つい課題をサボっちゃって、ちょっとくらい良いやって、気付けばこんなに溜まっちゃってて……」

「………………」

「オキマルのせいなのに、それを先パイにやってもらおうなんてズルいことまで考えてしまうなんて、もしこのまま先パイが止めてくれなかったら、どんどん悪い子になっちゃうかもしれなくて……」


 彼女が膝に置いた手には力が篭り、ギュッと握ったスカートはしわくちゃになってしまっている。

 宙を滴る、一筋の光。

 手の甲に一粒、また一つと水滴が垂れる。

 顔はのぼせたように真っ赤になり、涙と鼻水で歪んでぐじゃぐじゃになってしまっている。


 きっと、後悔と、恥と、それと沢山の様々な感情が入り乱れて、溢れ出てしまっていて、でも、纏まらない頭の中で、必死に懺悔の言葉を繋いでいる。

 このままで終わらないように、何とか今の気持ちを伝えようと頑張っている。


 ………………。


 ………………っ。

 ダメよ、ダメ。

 叱ったのはオキマルちゃんの為であり、私が自ら選択した事なのだから、その責任は私がちゃんと取らないと。

 ここで私まで泣いてしまったら、叱った意味が無くなってしまう。

 ここで甘くしてしまったら、オキマルちゃんの後悔を肩代わりする事になってしまう。


 ……でも、それでも。

 どうしようもなく抱きしめてしまいたい。

 今すぐにその涙を、この胸で全て受け止めてあげたい。

 小さな身体で抱えきれていない沢山の感情を共有して、暖めてあげたい。


 そんな無責任な願望が全身から零れ落ちそうになるのを、何とか堪える。


「先パイ、ごめんなさい。オキマル、出直してきます。きちんと課題を一人でやってきます……」

「………………」


 …………………っ。


「今日の事を反省してきっと良い子になります。だから、オキマルの事を嫌いになったとしても、どうか、どうか、良い子になれたら、またオキマルと仲良くして下さい……」


 ………………っ。

 ………………っっっ。


「それでは、今日は帰ります。先パイ、ありがとうございましたっ!それじゃーー」

「ーーオキマルちゃんっ!!!」


 もうダメっ!我慢出来ない!!!

 ここでオキマルちゃんを一人ぼっちにさせるなんて、そんなひどい事、私には出来ないっ!

 力任せにその小さな体を胸に抱き寄せる。


「えっ……わぶっ!?」


 胸の中でもがくオキマルちゃんを逃すまいと、私は更にギュッと力を込めて抱きしめる。


「もう!帰れなんて私は一言も言ってないじゃないの!分からない所はいくらでも教えてあげるから!」

「先……パイ……」

「いくらオキマルちゃんの為でも、私も言い過ぎたかもしれない。私こそ嫌われても仕方ないわ。でも、でも……」

「……っ!」


 私の背中に小さな手が回されて、力強く抱きしめ返される。

 そして、胸のあたり、彼女の顔が当たっている部分がじわりじわりと暖かく湿っていく。


「ゼンバイ、ゴベンナザイーっ!!!」

「キャッ!?」


 顔を上げた彼女の顔は先程よりも更にぐじゃぐじゃになり、涙と鼻水がぼろぼろと溢れ出ていた。


「オギマルが!オギマルが悪かったですーーーっ!!!」

「っ!!!違うの!私が!私が悪かったのーーー!!!」

「ゼンバイーーーっ!!!」

「オギマルぢゃーーーん!!!」


 ……それから、ソファーで抱きしめ合い、涙をいいだけ流しながら、しばらく先輩と後輩の絆の確かめ合いは続いた。

 結局、これのせいで本分の課題は全然進まなかったのだから、私にもかなり責任があるわよね、反省します。


「ダイズギデズーーーっ!!!」

「わだじもよーーー!!!」

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