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旧校舎事変 その5

【大日本魔術学園 旧校舎裏】

水上紫苑(みずかみしおん)


 その拳は、破壊する為の条件を全て兼ね備えていたはずだった。

 二人のターゲット諸共、このボロボロのホールに巨大な風穴を開けてしまうはずだった。

 それが最後の一撃、トドメの一撃になるはずだった。


「ーークソッ!クソッ!クソッ!!!」


 それなのに。

 完璧だったはずなのに。


 気付けば、風穴が空いていたのは私のゴーレムの方だった。

 岩石の砲弾とも言える鉄槌を振り下ろす、その瞬間。

 ターゲットの血と、体液と、臓物を撒き散らし、跡形もなく叩き潰す明確なビジョンが目前に迫った、その瞬間。


 あの安部とかいう男が消えた。


 一瞬だった。

 眼を離すなんて馬鹿な真似をした訳が無い。

 ただ、風を切り裂く轟音が鳴り響いたと思ったら、男は既にゴーレムを通り過ぎていた。

 文字通り、その言葉の通り。

 ゴーレムの中心、私が操る魔力の回線(パス)か存在する、ゴーレムの動力とも言える魔力の核が存在する巨体のど真ん中を、通り過ぎていた。

 気付いた時には、安部はその真っ黒な手に土塗れの核を掴んで、ゴーレムの背後で宙を舞い、そして着地していた。


 信じられなかった。

 あれだけ準備に時間と素材を費やしたゴーレムが、ただの一撃で沈むなんて。

 昼はあれだけ大した事無い奴らだったのに、わざわざ恥を忍んで猫被ってまでおびき寄せたのに、あれだけボコボコにしてやったのに、女の方に関しては意味が分からない色の馬鹿みたいな頭を粉々に砕いて、確かに息の根を止めたはずなのに。


 たったの数時間後には何事も無かったかのように戻ってきて、私のあのゴーレムを倒してしまうなんて。

 せっかく手にしたあれだけの力の結晶が、こんなあっけなく倒されてしまうなんて。


 分からない、分からない、分からない。

 全てが訳が分からない!!!


「ああ!何なのよ!せっかく、せっかくの()()()()()()()()()()()()()()だったのに……!」


 ゴーレムの巨体が崩れ落ち、その巨体が粉々に砕け散って宙に舞うのと同時に、私もこの場に膝から崩れ落ちた。

 悲しみもある。

 衝撃的だったというのもある。

 でも、私の頭いっぱいに駆け巡る感情は、ただただ湧き上がる怒りそのものだった。


 握りしめた拳には爪が食い込み、血が滴り落ちる。

 頭も、胸も、手のひらも熱くて熱くて仕方がない。


 だから、私は地面を殴った。


「クソッ!クソッ!クソッ!」


 何度も、何度も、拳の外側の皮が擦りむけ、血が滲むまで何度も殴った。

 地面がえぐれ、血だまりが出来るまで何度も殴った。


「クソクソクソクソクソッ!クソァ!ーー」


 たかが手が痛み、ちょっとした怪我をするだけ。

 その程度で怒りの矛先を変えられ、少しでも冷静になれるなら、必要な犠牲だと思える。


「ーーハァ、ハァ、ハァ……。……ふぅ」


 手のひらから出た血なのか、拳から出た血なのか分からなくなるほどまで右手がグチャグチャになってから。


 肩で大きく呼吸をして、心を整える。

 よし、今は何とか冷静を取り戻した。


 失敗したこと、それは変わることの無い事実だ。

 であれば、次にやるべき事は決まっている。


 それは、逃げの一手のみ。

 逃げて、逃げて、ひたすら逃げて身を隠す。


 幸い、アイツらは私の正体には気付いていない。

 今すぐに逃げれば証拠の一つも残さずに、今回の件を隠匿する事も可能な筈だ。

 そうすればきっと、次のチャンスがーー


「ーー君に、次のチャンスなんて、来ないよ」

「……っ!?」


 背後に立つ何者かの存在に反射的に振り向き、一瞬で距離を取る。

 私が立っていた位置の真後ろには、意外にもパーカーにステテコと極めてラフな格好の男が立っていた。


 でも、格好から判断するのは愚策でしかない。

 人払いの魔法陣はしっかりと設置しておいたはずだ。

 それなのに、私に一切気付かれずに、こんな近くまで侵入してきたコイツは何者なのか……?


「初めまして水上さん」

日高(ひだか)……流星(りゅうせい)……?!」


 瞬間。

 全ての計画が、音を立てて崩れ落ちる。


 マズイ、マズイ、マズイ。

 頭がパニックになる。

 なぜなら、目の前の男、日高流星はオボロゼミのゼミ長であり、絶対に接触してはならない人物の一人だったから。


 私達のような並の魔法使いでは絶対に敵わない相手。

 コイツと接触するという事はつまり、全ての計画の絶対的な失敗を意味する事。

 それが、オボロゼミで唯一学生にしてXXX(トリプル)の位を持つ、日高流星という男。

 ()()()が今一番危険視しているという男。


「どうして……貴様がこんな所に……?」


 あれだけ念入りに調査して、ゼミ室に邪魔者が居ない事を確信して今回の計画は決行したというのに。


「答えは簡単な事。オレもオボロちゃんも最初っから君の存在に気づいていたってだけだよ」

「……っ!」


 気づかれていた……?

 あれだけ秘密裏に準備から実行までやり遂げたのに、どこから、どうやって……?

 それ以上に気になる事がある。


「ならーー」

「ーーなら、何故止めに入らなかったか、でしょ?それも簡単な話。気づいた上で、祠堂(しどう)も安倍もこの程度の罠なら何とかしてくれるって思ったから、あえて何も言わなかっただけ」

「……そんなの、そんなのーー」

「そんなの利用されただけじゃないか、って?そう、その通りだよ。君は罠にかけたと思っていたけど、実は自分が罠にかかっていたって事さ」

「嘘……」


 そんな素振り、一度も無かった。

 細心の注意を払って、あれだけ入念に準備したのだから、きっと間違いはない筈だ。

 ない筈だった。


「つまり、君はずっと俺の手のひらの上で踊らされていたんだよ」


 その一言で、全てが崩壊してしまう。

 私の中の全てが。

 これまで歩んできた足跡が。

 浜辺に書いた文字が波にさらわれるように、全てが一瞬で消え去ってしまう。


「ここまでの話はただの世間話でしか無い。本題は、僕が聞きたいのはキミのバックにどんな奴らがいるのか、どうしてキミ程度の魔術師があのレベルの召喚術を使えるのか、だよ。その為にわざわざ俺がこんな所まで出張ってきたんだから、教えてくれないと困るんだよなーーっと!」


 いや、まだだ。

 まだ全てが消えた訳じゃない。

 ()()()の元に帰ることが出来れば、またいくらでもやり返すチャンスは狙えるはずだ。

 最後の希望を込めて、右手に血と砂で固めた刃を作り上げ、日高の喉元目掛けて全力で振り回す。


「危ないじゃないか」


 これはピンチではない、チャンスだ。

 目の前に絶好の名誉挽回のチャンスが転がっている。

 日高の首さえ持って帰れれば、今日の失敗など帳消しどころか、たんまりとお釣りが返ってくるのは明白だ。

 そもそも、ここを逃れるには、私が直接コイツに手を下すしか無い。


 勝機……!

 ノコノコとこんな人気のない場所に出てきてしまった事、あの世で公開させてやる。


「先に言っておくけど、君がやるっていうんなら、俺も手荒な真似を取らざるを得なくなる。だから、今すぐその魔法を解いてーー」

「ーーうるさいっ!ウルサイッ!!!」

「……はぁ。参ったなぁ……」


 日高が顔色一つ変えずに呆れたというジェスチャーを取る。

 その余裕が、どうしようもなくムカつく。


 この面をズタズタにしてやりたくて仕方が無くなる。

 臓物を引きずり出して、端から細切れにしてやりたいと思う。

 心臓にナイフを突き立てたまま、その鼓動が止まるまでずっと愉しんでやりたいと願う。


「君はオレを傷つける事はおろか、ここから無事に逃げる事も出来ない。それは変わることのない事実であり、現実なんだ」

「黙れ!黙れ!!黙れぇ!!!」

「だからこそ、あまり痛い思いはさせたくないってのはオレの心からの気遣いなんだよ、善意なんだよ。それをどうか理解してもらえないかーー」

「ーー死ねっ!!!」


 右手を喉元向けて思い切り振り抜く。


 スパンっ。


 小気味良い、肉の切れた音がする

 日高の、XXX(トリプル)の薄い首筋や喉仏を真っ二つにした音が。


「やった……やった、やったやったやった!」


 獲った!あのオボロゼミの、ゼミ長の首を!

 私は不可能を可能にしたんだ!

 前代未聞、X(シングル)XXX(トリプル)を殺したんだ!

 そう確信して顔を上げた。

 確信していたはずだった。


「……えっ?あれっ?」


 目の前にいたのは、先程と全く同じ格好で立つ日高だった。

 肉一つ、血一滴すら流さない首筋をした日高だった。


「オレのこの首を真っ二つに割いた、なんて思ったでしょ?……でも、それは事実では無いし、現実でもない。」

「えっ……でも、スパンっ、て……確かに……」

「ほら、いつまでも妄想に浸ってないで、ちゃんとその目で事実を、現実をを確認しなよ」


 そう言ってコイツは指を指す。

 私の右肩より少し後ろ辺りの空間を。


 事実……?

 現実……?

 指差した先にあるのは、多分私が振り抜いた右手だろう。

 確認する必要も無いだろうが、念のため右肩からなぞるように視線を移していく。

 右肩、右腕、右肘、右腕、右手首、そして……。


「……あっ……えっ?」

「そう、それが君が選んだ事実であり、現実だよ」


 無かった。

 大事な物が。


 振り抜いた右腕の先、手首から先が。

 1ミリのズレもない位に美しく切り取られた手首からは、今気づいたかのように遅れて、ようやく赤黒い液体が溢れ出してきた。

 あまりの出来事に、頭はおろか、身体すら理解が追いついていない。


「……貴様ァ!わた、私に、何をしたぁ!!!」

「さて、茶番はここまでにして、水上さんには更なる裁きを受けてもらう必要がある。オレの大事な後輩達を傷つけ、殺した罪を、十字架を君には背負ってもらわなければならない」

「……クソッ!クソッ!!クソァ!!!」

「当たり前だけど、その手の傷は別カウント……、サービスみたいなものだよ。だって、君にはちゃんと警告してあげたんだ、それでもオレを殺そうとしたんだから、自業自得ってやつだろ?そうは思えないか?」

「クソァァァアア!!!」


 痛みと混乱で全く頭が働かない。

 今、この場で、どうすればいいのか、どうすることが最善なのか。


「それじゃ、受け取って貰おうか、君が背負うべき重い、重い十字架をーー」



 どうすれば、生きて帰ることができるのか。

 私には、分からない。


「ーー《贖罪(マスターピース)罪滅(つみほろ)ぼしの(くさび)

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