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旧校舎事変 その3

【大日本魔術学園 旧校舎前】

安部晴明(あべはるあき)


 地べたに横たわったままだった僕の目が覚めた時、既に日は傾いていた。

 身体は芯まで冷え切ってはいたが、すぐに立ち上がれた事からまだ大丈夫だと判断できた。

 旧校舎のドアに目をやると、先ほど真っ赤に染まったはずの窓ガラスには灰がべたりと一面にこべりついていた。


 意識が途切れる直前に見えたあの真っ赤な色は、みそらの血と、体液で間違いないだろう。

 みそらは、死んだ。

 あの巨大な人影に、僕と同じようにその身体を強く叩きつけられて。


 しかし、今の僕には取り急ぎやらなければならない仕事があったので、僕は旧校舎を後にしてゼミ室へと向かった。


 ゼミ室のドアを開け、いつものボロソファーに腰掛ける。

 まずは自分の身体の状態の確認が最初だ。

 太陽が沈んでいくに従って、僕の身体はより回復が進んでいた。

 僕の身体はとある事情によって、夜、もっと言うと日が暮れると特に基礎的な身体能力が向上する仕組みになっている。

 昼に受けたあの衝撃では、多分骨は10本以上折れ、裂傷多数、内臓も肺などに深刻なダメージがあったはずだ。

 にも関わらず、それらは夕方まで寝ていただけで大方完治してしまっていて、いくつか絆創膏を貼るだけで処置が終わってしまうのは、この身体能力のお陰なのである。


 次にやるべき事のため、僕はボロソファーを立ち、壁際の古びた暖炉に近づいていく。

 煤の溜まった暖炉には、真新しい薪の山とその上に着火用の特殊な紙がセットしてある。

 右手をかざし、中指をデコピンをする要領で弾く。

 すると、紙に火が点き、薪にたちまち火が燃え広がっていく。

 火にかざした右手には優しい暖かさが伝わってくる。


「みそら……」


 ポツリと名前を呟いてみる。

 その言葉に、あるいは今の僕の心に反応するかのように、火が少し大きくぶれるように燃えたような気がした。

 僕は暖炉の前のコの字型の大きなソファーに腰掛けた。


「……僕は……どうすれば良かった……」


 揺れる火を見つめながら、振り切れない思いが口から零れ落ちていく。

 みそらが死んだ。

 文字にするとたったこれだけの話が、今も僕は現実として受け止められず、飲み込めないでいた。

 返事が返ってくる事なんて無いのに、そんな事は自分でも分かっているはずなのに、どうしても口から溢れるのは彼女に語りかける言葉だった。

 暖炉の火が荒々しく燃え盛っている。


 死という絶対的な物を魔法なんかでどうこうする事は出来ない。

 魔法は万能でも、全能でも無い。

 もしそんな大それた事が出来たとしても、それは間違いなく禁忌に触れる類の禁術であり、術者は結果に関わらず、確実に死よりも重い十字架を背負わされてしまうことになる。

 それを理解した上で、尚禁忌に触れようという魔法使いがいたとしたら、そいつは最早人間ですら無い何か、狂気を具現化させたような化物に成り果てているだろう。

 僕には、そんな事は出来ない。

 そんな事をしたら、僕が彼女のせいで十字架を背負うような真似をしたら、それこそ彼女に失礼だから。


「………………」


 葬いと弔い。

 今、僕がすべき事はどちらなのか。

 その二つに今、求める答えはあるのか。

 僕は途方に暮れてしまう。


 目の前でコンビの相方のみそらが殺されたのに、彼女の為に涙一つも流せないこの僕が出来ることって、一体何なんだろうか。


 それでも、最後に伝えたかった、伝えられなかった言葉を一つ、暖炉に向かって呟いてみる。


「……みそら……好きだった……」


 炎はいやに激しく燃え盛るだけで、僕にその応えを返してくれる事はなかった。
















 ………………。

 ………………………………。

 ………………………………………………………………。





















 うん。

 もうそろそろいいかな。


 暖炉の前を離れ、部屋の隅に備え付けてある古びたタンスに近づく。

 扉を開けると中にはハンガーにかかったバスローブが大量に並んでいた。

 その中からおもむろに1枚を取り出し、再び暖炉に近づく。


 炎は激しく燃え盛っていた。

 暖炉の前に立ち、手に持ったバスローブを火の中に放り投げた。

 こんな事をしてもバスローブに触れた火はたちまち燃え広がり、消し炭にしてしまうのは誰にだって分かりきっている。

 それでも、僕はバスローブを投げざるを得なかった。

 バスローブは緩やに、解けるようにするりと宙を舞い、そして火に触れるその瞬間。








「ーーテメェいつまでしょぼくれた演技やってんだクソ野郎ォ!!!」

「ぐふぅつ!!!」








 バスローブが燃料になることは無く、それどころか反応出来ないほどのとてつもないスピードで跳ね返ってきて、僕の腹に裸足の足が鋭い蹴りの形で突き刺さった。

 それをモロに鳩尾に食らい、僕はソファーに腹を抑えながら倒れこむ。

 蹴りの主は、もちろんみそらだった。

 生まれたままの姿にバスローブだけを羽織ったなんともセクシーな格好をしたみそらが、軽やかな身のこなしで飛び蹴りを放った体制から目の前の床に綺麗に着地する。

 そして、流れるような動作で僕の襟元を鷲掴みして、もう一発渾身のパンチを僕の頬にお見舞いしてきた。


「へごォッ!!!」

「火ぃ点けたらさっさとバスローブ投げろっていっつも言ってんだろ!いつまでそれやってるつもりだよ!」

「い、いや、僕はただみそらが死んだ事が悲しくて、ついだね……」

「わざとらしいんじゃボケェ!!!演技なのがバレバレなんだよ!!!」

「ちょっ!やめてっ!鳩尾は!いや!顔はもっとダメ!顔は蹴らないでぇっ!」

「オラァ!そのまま死んでしまえ役立たずが!!!」


 満足するまでいくつもの追撃を加えてから、「ハンッ!」と吐き捨てるように呟き、みそらはタンスの隣の簡易的な仕切りの更衣室に隠れていった。

 裸バスローブから他の服に着替えるのだろう。

 僕はソファーに伸びたまま、何とか生きている事を実感する。

 これも自然回復で何とか治してもらえるようお祈りでもしておくべきだろうか。


 ……人を生き返らすなんて事は禁忌だ。

 やってはいけない事だ。

 ただ、それは禁忌なだけであって、やってはいけない事だというだけであって、やろうと思って出来ないという訳ではない。

 世の理というものには、すべからく例外というものが存在する。

 それでも、死という絶対的な事象から逃れる事ができる彼女の魔術というのは、例外中の例外だと言えるだろうか。


 彼女の家は特殊な家系で、代々とある特殊な魔術を引き継いでいる。

 自身の身体を依り代として不死鳥を宿すという、一子相伝、それだけで伝家の宝刀とまで言える程の強力な魔術である。

 その恩恵を、依り代としての役割を引き継ぐまで、つまり、彼女に子供が出来て、その子供に依り代としての役割を渡すまで受け続ける事ができる。

 つまり、それまでは彼女はこうして、死んでも生き返る事ができるという訳だ。

 ……うん、考えれば考えるほどチートじゃないかと思えてくる。


 彼女の魔術は死から逃れるという説明をしたが、厳密に言えば、彼女は決して不死という訳ではないし、生き返っている訳でもない。

 死からは逃れられてはいない。

 彼女の魔術の本質とは、生前に残した血液を燃やす事によって、そこから再び生まれ直すことができるというものだ。

 今回でいうと、彼女は薪の上に乗っていたあの紙に事前に血を塗っておいたので、薬指に絆創膏が貼ってあったのもそれが理由だ。


 先ほど、彼女は確かに死んだ。

 そして、生まれ直したというだけの話だ。


 こんなの、ただの屁理屈のような気もするが。

 ちなみに、血液を残していない状態で、不意打ちで殺されてしまった場合は、当然ながら生まれ直す事が出来ずに普通に死んでしまうらしい。


 また、彼女はこれほどの力を得る代わりに、それなりの枷、制約を背負っている。

 例えば、さっき僕が暖炉に火を点けた魔法なんかは魔術四大原素の基礎中の基礎、この学園に入学して一番最初に習うレベルの魔法だ。

 しかし、みそらは不死鳥の依り代という性質上、例えどんな基礎的な魔法であっても、火以外の、水、土、風にまつわる魔法を一切習得が出来ない。

 正直、魔法使いとしてはこれだけでもかなりのハンデである。

 そして、今現在でもハンデであるこの枷は、次の世代、つまり子供が生まれて依り代としての役割を引き継いだ際により大きなものになるはずだ。

 魔法というものが溢れる世の中において、日常生活においても、仕事においても、あまりに大きすぎるリスクだと言える。


 他にも細かいものでいくつか枷はあるらしいが、裏返せばそれだけのリスクを対価にしなければ得られない力を彼女は現在進行形で持っているという話である。

 羨ましく思う反面、彼女のようになりたいとは間違っても思えない。


「クッソ!不意打ちで右腕がもがれたりしなければ、あんな土くれボコボコにしてやったんだけどなー!」


 着替えを済ませた彼女が戻ってきて、火の点いたタバコ片手に僕の隣にドシンと並んで座りこんだ。

 ちなみに、先ほど見た通り、生まれ直すのはその身体だけなので、死ぬだけで毎回一着分の洋服代がかかるし、文字通り死ぬのだからその度に死ぬほどの痛みを味わう事になるので、なるべく死ぬ事は避けたいらしい。

 でも、その割に彼女の得意戦法は捨て身特攻だというのは、矛盾しているというか、そこまで死を避けてはいないような気もしてくる。

 僕のような一回しか死ねない人間とはそもそも考え方、構え方が違うのかもしれない。

 出来るだけ死にたくは無い、でも死ねることは自分の切り札だと認知しているというのが正しいだろうか。

 あと、今回のように不意打ちのような形で攻められる事が(僕もだが)彼女は特に苦手である。

 彼女は何だか死ぬ事に慣れてしまっているせいで、不意の事態に対する危機感というのが一般人よりもほんの少し足りていないのでは、と僕は常々感じている。

 まぁ、生まれ直せるというのも、それはそれで大変なものなのかもしれないな。


「土くれ?」

「ああ。お前も見ただろ、あの馬鹿でかいゴーレム」

「いや、いきなりで何も見えなかったから……」

「お前はホンット夜しか使えねー野郎だな!」


 背中をバンッと叩かれる。

 痛い、とても。


「召喚術式の土を使ったゴーレムか何かだろ、ありゃ。アタシ達からしたらそんなに強い奴でも無いし、あのホールから出てこれないみたいだから危険性もそんなに高くはないと見て良いだろうな」

「……でも、一般人から見たらそうとは言えない。もし、あそこに別な子がまた肝試しでも何でも入っちゃったら、生きて帰っては来れないだろう。だからーー」

「ーーだから、すぐにリベンジしに行く、だろ?」


 みそらが拳を差し出す。


「ん!」


 やれ、ってか。

 こういうの、クサイっていうか、苦手なんだけどなぁ……。

 ……まぁ、たまには良いか、僕も久し振りに燃えてきた所だ。

 やられっぱなしは性に合わないからね。

 僕が拳を差し出すと、その拳に彼女は拳を上に下に、左に右にぶつけた後、正面からドンと軽く小突いた。


「よっしゃ!やるぞハル!やられっぱなしは性に合わねぇ!」

「……何だかんだ、僕とみそらって合ってるんだろうな」

「ん?何か言ったか?」

「いや、何でもない。こっちの話」


 思わず笑みが溢れる。

 相手がただのゴーレムって事も分かった訳だし、不安材料はもう何も無い。

 あとはやり返すだけだ。

 俄然、気合が入る。


「ところでよ、何であんなデカブツがあそこにいたんだろうな、てか、あの魔法陣書いたのってそもそも誰よ?」

「この仕事、どこか引っかかるよね。昼の水上さんの話では魔法陣だけあったって言ってたし、そらならゴーレムも見てないとおかしな話だよな」

「キナ臭いなんてもんじゃねぇな。確定じゃねぇのか、これ?」


 嫌な振りだ。

 正直、こうなった以上、僕もその可能性は高いとは考えていたが。


「……それは、水上さんが僕達をハメたって事?」

「しかねぇだろ」

「でも何で?」

「知らねぇよ、それを知るにはとっちめて聞き出すしかねぇだろうな」

「………………」


 僕達を恨む人間なんて、山ほどいるだろう。

 そりゃあ、こんな仕事しているんだし、その上で僕達はやっていかなきゃならないんだってのは理解している。

 でも、いざこうして直接叩かれるってなると、少し思う所があるというか、本当に正しい事とは何かを考えてしまいそうになる。

 僕達は弱者の味方だ。

 でも、正義の味方かどうかは誰にも分からない。

 そんな事、考えても仕方ないってのは何度も経験して知っているはずなのに。

 どうしようもなく、自分が自分である拠り所を求めてしまうのは、僕の弱さなのかもしれない。

 その点、みそらは自分の信じた道に真っ直ぐ進んだいるように見えて、羨ましくもあり、尊敬している面でもある。


「ま、何にせよアタシ達がまずやるべき事はあのデカブツ退治だ」

「そうだね、それじゃあまた準備だけして直ぐに向かおうか。その前に、テーブル散らかしっぱなしだったな、八乙女先輩に怒られちゃうよ……って、あれ?」


 ソファーの前のテーブルに置きっ放しだったはずの水上さんの仕様書が無くなっている事に気付いた。

 というか、既にテーブルは綺麗に片付けられていた。

 置きっ放しだった飲みかけのコーヒーカップとかも全部棚にしまい直されている。

 仕様書だけは周りを探してもどこにも無い。


「みそら、お前依頼書どっかやったか?」

「あん?触ってねぇし見てもいねぇけど、テーブルに置いてあった……あれ?アタシ、テーブル片付けたっけか?」

「お前に限ってその勘違いは有り得ないだろ」

「その言い方じゃあ、まるでアタシが片付けもしないみたいじゃねぇか」

「そう言ってんだよ」


 でも、じゃあ誰が?

 八乙女先輩とか、オキマルがやってくれたんだろうか。

 仕様書自体は基本無くて当然みたいな所があるので、無くして何か問題がある訳でもないのだが。


「ホラ、そんな事気にしてねぇでとっとと行くぞっ!」

「ん、ああ」


 考える暇も無いまま、僕はみそらに背中を押されるようにゼミ室を後にした。

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