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旧校舎事変 その2

【大日本魔術学園 旧校舎前】

安部晴明(あべはるあき)


 オボロゼミの仕事のやり方は人それぞれ、コンビそれぞれ自由ではあるが、絶対に破ってはいけない鉄の掟というものがいくつかある。

 その一つが、仕事として頼まれた事には必ず二人以上で行動するというもの。

 仕事として挑む以上、下手な失敗をする訳にはいかなく、また、どんな危険が潜んでいるかわからないからである。

 ちなみに、僕とみそらはそれで無くとも基本的に行動を共にしている。

 僕とみそらは同期入学、それ以前に中等部からの付き合いということもあり、1年の時からタッグを組んできた。

 言ってしまえば、いっつも一緒にいる仲のいい男友達みたいなものだ。

 みそらも一応女の子なので、こんな事を直接言ったら僕が燃やされかねないので言わないけど。

 だから、常にある程度の連携は取れている、はずだ。

 ……それでも趣味とか性格が合わないことはよくあるのは仕方ないとして。


「おーい、そろそろ終わりそうか?」

「……もうちょっと、待って……」


 旧校舎前の通りの舗装されていない土の地面にチョークで簡易的な人避けの魔法陣を描いて行く。

 このチョーク、市販されている魔道具ではあるが、地面が土でもコンクリートでも水たまりでも魔法陣が書けてしまうのでとても便利な代物だ。

 ゼミのコンビのどちらかは必ずと言っていいほど携帯している、仕事における唯一の共通した必需品である。

 最後の一角を書き終えると、魔法陣がほんのり青白く発光を始めた。

 これでとりあえずの準備は完了だ。

 こういうのは苦手なので、いつもどこか間違えていないか不安を抱えているが、みそらは苦手どころか全く描けないので僕が描くしかないというのは、このコンビの数少ない欠点だろうと毎度の事ながら考えてしまうものだ。

 みそらが待つ旧校舎の入り口前に向かう、


「終わったよ、そっちはちゃんと準備してきた?」

「あたぼうよ、ほれ!」


 みそらは左手をパーの形に広げて僕に見せてくる。

 その薬指には絆創膏が巻かれていた。


「うん、大丈夫そうだね」

「あんだけ口うるさく準備ガー、準備ガーって言われたらな」

「……何かトゲのある言い方だな」

「よっしゃ!行くぞ!」


 僕の小言を綺麗に無視してみそらがズンズン玄関に向かって歩いて行くので、後に続く。

 と、すぐに古びた鉄製のドアノブに手を掛けた所で彼女の動きが止まる。


「どうした?」

「……魔法錠、壊されてるな」

「あ……、本当だ」


 砕けた魔法錠とチェーンの破片が足元に転がっている。

 魔法錠とは文字通り魔力を練りこんで掛けられる基礎的な防衛魔法の一つだ。

 術者の技量にもよるが、魔法錠は一般的にはその練り込まれた魔力の分だけ、普通のチェーンよりも頑強に出来ているのが普通である。

 技量に関しても、この魔法錠を掛けたのはおそらく管理責任のある学園の職員のはずなので、ある程度の水準は期待できると考えられる。

 つまり、この旧校舎はそこらの人間がいくら頑張っても破られない程度のセキュリティーが確保されていたはずだ。

 そして、これが壊されているということは、一般人ではない何者かの手が加えられたということに他ならない。

 先程の水上さんとの話で感じたキナ臭さが、一気に危険性を孕んだ臭いに変わり、緊張感が走る。


「……これは僕達二人だけで勝手に行くのは危険かもしれない。一旦帰って準備を整えてからーー」

「ーーいや、行くぞ」

「……え?」

「中はどうなってるか分からない、このままにしておく方が危ないだろ」

「ちょっと待てって、みそら!」


 みそらがドアノブを回し、思いっきりドアを引く。

 瞬間、青白く光る濃い魔力の残滓が混ざった風が流れ出してくる。

 この残滓の濃度は普通じゃない、確実に中で何かが起こっている事を物語っていた。


「……匂うな」

「………………」

「ハル、アタシの後ろから離れるなよ」

「……ああ」


 僕も腹を決める。

 力を込めて、一歩旧校舎に踏み込む。

 広い玄関ホールが広がっていて、カビ臭さの混じった埃が宙を舞っていた。

 上の階への階段が二つ、そして左右と正面に三本廊下が伸びていたが、正面の廊下の先へと魔力の残滓は濃くなっているのが明らかだった。

 念のため、全ての教室を確認しておきたかったが、ここまで露骨に怪しいと流石に正面の廊下沿いから調査による取りかからざるを得ない。


「罠か、こりゃ?」

「その可能性も考慮して行かないといけないな」

「ま、それはそれで構わないけどな」

「縁起でもない事言うなよ……」

「ヘッ!」


 みそらの背中に続いて、真っ直ぐに歩き始めた。

 古い木造だから、歩くたびに床板が歪な悲鳴を上げる。

 左右に教室が並んでいて、一つ一つ目を配りながら進んでいくが、怪しい箇所は特に見当たらない。

 時刻は昼を少し過ぎたあたりのはずだが、どの部屋もカーテンが締め切られていて、どことなく空気が淀んでいる感じがする。


「……なあ」


 不意にみそらが口を開く。


「どうした?」

「ここ、バンドの練習に使えるんじゃねぇかな、って」

「こんな時にもバンドの話かよ」

「思いついたもんは仕方ねぇだろうよ」

「……どうだろう、学生部にでも掛け合ってみたら、案外許可取れたりするんじゃない?」

「これだけ広くて何もなかったら練習だけじゃなくて、学園祭の時とかにあの玄関ホールとかでライブ出来そうだよな」

「えっと、前にここの地図を見た事があるけど、確かこの正面の廊下の突き当たりが大きなホール?体育館?だった気がしたから、そっちの方が良いんじゃないかな」

「おっ、マジで?そりゃ良いや、下見しとかないとな……っと」


 みそらが足を止める。


「……下見云々の前に、アタシ達の目的地がそのホールだったみたいだな」

「……濃いな、残滓」


 見ると、魔力の残滓はホールへと向かって明らかに濃くなっていた。

 入口のドアは閉まっていて、中がどうなっているのかは分からない。

 ドアの前に立ち、みそらがノブを握る。


「……心の準備は出来たか、足手まとい」

「足手まとい言うなよ、仕方ないだろ?」

「ヤバくなったらお前だけでも逃げたって構わないぜ」

「なるべくそうはならない事を祈るよ」


 この見えないドアの先にはどんな危険が待っているかも分からないというのに、彼女はいつものごとく余裕の表情だ。

 僕にはそんな余裕はない。

 気を引き締める。


「うし、行くぞ」


 掛け声と共にカウントを始める。


「……1」

「2のーー」

「「ーー3!!!」」


 二人で思い切りドアを蹴破りホールに突入すると、随分と開けた空間が目の前に広がった。

 物も無ければ、人もいない。

 文字通り大きな箱のような空間だった。


「……何だよ、誰もいないじゃねーか」


 みそらなりに覚悟をしていたのか、拍子抜けしたような顔で呟く。

 他の教室では閉まっていたカーテンが、何故かここだけは所々閉まっておらず、床を不気味なまだら模様に照らすように光が差し込んでいた。


「一応、少し調べてみよう」


 ホールを少しばかり歩いて進む。

 残滓はやはりここだけ異様に濃く、恐らくここ数日の間にここで何らかの魔法が使われた事に間違いは無さそうだ。

 危険性が低いと既に判断したのか、みそらはあからさまに興味が無い態度でホールの真ん中を大股で歩いていく。


「確かに、ここなら余裕でライブ出来そうだな、てか、ここまで広いとあたしじゃ埋まらんなーっての」

「だいぶ広いもんな」

「この半分くらいの広さが丁度良いんだけどな……って、んあ?」


 みそらが何かに反応する。


「何かあったか?」

「ああ、多分アタシらの探し物はこれだな」


 彼女がそう言って指さすのは、ホールの奥の方の床だった。

 僕は少し離れているのではっきりとは見えないが、確かに不自然な魔力の残滓の集合が見て取れる。

 近づくと、それが円形の魔法陣だと分かった。

 3メートルはあろうかという程の直径の、えらい大きな魔法陣だった。


「……ハル、何か分かるか?」

「うーん、僕も魔法陣は苦手だからなぁ……、みそらは分かる?」

「人払いも描けないアタシにこんなのが分かると思うのかよ」

「確かに、悪かった、謝るよ」

「おい、バカにしてんだろテメェ」


 見たことのない魔法陣で、サイズ的にもそれなりに手の込んだものだと考えられる。

 少なくとも、一般的なものでは無い。

 では、何の魔法陣だろうか?

 魔法陣というのは、いわゆる触媒みたいなもので、あらゆる魔法を安定して発動させる為に用いられる。

 さっきみそらがゼミ室でタバコにノーモーションで火を点けたのも、それだけの技量と経験、素養があるから出来るのであって、僕は指を擦るというステップが必要なのと同じように、それらが足りない魔術師は何かしらのモーションを挟む必要があり、更にそれ以上の初心者、初めて火を点けるような見習い中の見習いは魔法陣を用いる必要があるという話である。

 扱う魔法の難度、規模によって安定性というものは変わるので、慣れていても一々魔法陣を用いる慎重な人間もいるにはいる。

 そういった事から、他愛もない物から本当に危険な魔術まで様々な可能性が考慮されるし、最悪、トラップが仕掛けられている事もあるので、僕達にとってはポピュラーであるが故に厄介な代物だといえる。

 下手に用途が何だったのか予想がつかないから、危険性が分からないのだ。

 特にこれは見たことの無い形式、というか、とても癖が強い形式の魔法陣であり、尚の事予想が難しい。


「ちょっと読んでみるよ」


 とりあえず、いつも通り外周の円沿いに書かれた文字列を読見上げる事から始める。

 文字列の内容を把握できれば、ある程度は用途が理解出来るかもしれないので、魔法陣を見つけたらとりあえずこの作業から解読は始まる。


「何々、『土くれ、人の形宿して魂を欲する。その魂、野次馬の如き卑しき偽善者の……』」


「……っっ!!!ハル!避けろ!!!」

「えっ?」


 声に驚いてはっと顔を上げる。

 目の前には……、影。

 いや、暗闇?

 僕目掛けて巨大な黒いモノが高速で迫っていた。


「……なっ!?」


 油断していた。

 気付いた時にはもう遅かった。

 瞬間、全身に衝撃が走る。


「がぁっ!?」


 僕の身体は弾丸のような速さで弾かれ、宙を舞った。

 叩きつけられたのは、ホールではなく廊下の床板。

 そこから何度も水切りのようにバウンドし、果ては転がるような形で玄関ホールの外へと続くドアに激突した。


「かはっ……!?かっ……あっ……」


 全身に走る激痛。

 衝撃で肺が圧迫されたせいかうまく呼吸が出来ず、意識的に呼吸をしようにも、口からは空気が漏れ出すような音が鳴るだけだった。

 立ち上がろうとはするが、身体はピクリとも動いてはくれない。

 やがて、腹部から込み上げる異物感が一気に喉元、そして口にまで到達し、吹き出すように赤黒いどろりとした液体が溢れてくる。


「あっ、うぁ、あ……あ……」


 何が起きたのか、未だに理解が出来ない。

 さっきまで魔法陣の文字列を読んでいたはずなのに。

 自分がホールから弾き飛ばされた事も、何故こんな事になっているのかも。

 身体は芯から末端までじわじわと鉛のように重くなっていき、このまま目を瞑ったらきっと再び開ける事はないだろうと、それでも目を瞑ってしまいたいという思考が脳を支配していった。

 ただ、霞む視界の先で、小さな人影と巨大な人影が動いているのだけが写っていた。


「逃げろっ!ハルアキ!!!」


 その言葉に、意識を取り戻す。

 何かの拍子にまた途切れてしまいそうな程希薄な意識だったが、それでもこの場から逃げるには十分だった。

 辛うじて動くようになった二つの腕だけで、力づくで身体を引きずって動く。

 少しずつ、一歩ずつ、命を繋ぐようにドアへとひたすら向かっていく。

 後ろでは争う音が聞こえる。

 きっと、みそらが時間を稼いでくれているのだろう

 その意思を無駄にしない為にも、僕は必死で逃げる。

 そうして、ようやくドアノブに手が掛かったが、力が足りずすぐには開かない。


「……ぅぅぅああああ!!!」


 残りの力を振り絞って、ドアに思いっきり身体ごと突っ込んでいく。

 開いたドアから飛び出した僕の身体は、再び地面に叩きつけられた。

 床ではない、外の、土の地面。

 べたりと吸い付いた頬から伝わる冷たさは、力尽きる寸前の僕の脳と意識の熱をじわじわと冷ましていく。


「……み……そら……」


 重さに耐え切れず、ゆっくりと閉じていく瞼の隙間。

 薄れていく視界。

 どこまでも落ちていく僕が覚えている最後の記憶は、パンッという甲高い何かが弾ける音と、目の前のドアの窓ガラスが真っ赤に染まる光景だった。

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