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燃えよオキマル その1

【大日本魔術学園 F棟 地下1階 望月・L・オボロゼミ室】

安部晴明(あべはるあき)


昼過ぎのゼミ室に緊張が走る。


「お前……、今なんつったよ?」


理由はもちろん彼女、僕の相方(バディ)である「不死鳥の魔術師」こと、祠堂(しどう)みそらだ。


「アタシの聞き間違いなら良いんだが……、試しにもっかい言ってみろよ」


いつになく不機嫌な彼女はこれでもかという位に眉間に皺を寄せている。

そんな表情で暖炉の前の大きなソファに行儀悪く寝転がっているものだからその迫力はかなりのものだ。

普段からあんなもんだろう、なんてよく知らない人は思うかもしれないが、いくら彼女と言えども流石に理由なくあそこまで鬼のような(僕の得意とする鬼ジョークだ、とても面白いだろう)風貌はしていない。


そう、理由があるのだ。

それは、彼女の前に立つ一回り小さな女の子。


「聞き間違いじゃないですっ!みそら先パイっ、今日一日オキマルの相方(バディ)になって下さいっ!」


晴れて今年度から僕とみそらの一つ下の後輩になった、隠岐(おき)まる子の発言だ。

一つ下とは言ってもそれは学年の話であって、年齢としては一回り位年下であり、後輩というよりいもうとみたいな存在としてゼミでも可愛がられている。

何でも、特別待遇、特例中の特例での飛び級進学でここに来たらしいが、その理由は僕もみそらも良く知らない。

このゼミに入れられたという事もあって訳ありかもしれないし、聞きづらい所があるのだ。

どこか気になったまま、もう2ヶ月が経とうとしている6月手前の今日この頃。

何だかんだ色々あったが、やはり春の4月5月というのは過ぎるのが早いものだ。


「お前、頭大丈夫か?」


うん、うん。

みそらの言いたい事は分かる。

そもそも話が通じてないというか、まずオキマルの言葉が圧倒的に足りていない。

意味不明なお願いだ。

事情を知っている身の僕としては非常にもどかしい所だ。

もし流れがあまりにも悪くなったら、割って入らなければいけなくなりそうである。


「大丈夫ですっ!」

「なら尚更何言ってんのか分かんねぇよ」

「言葉の通りですっ!今日だけで良いので、オキマルとコンビになって欲しいんですっ!」

()だよ」

「そんなっ!?」


そりゃそうだ。

ぼくだってそう言うだろう。


オボロゼミに限らず、一般的に危険の付き纏う仕事をする魔術師は効率、安全その他諸々を考慮して、コンビという二人組を作るのが鉄則だ。

ただし、その相手は解消するまでは必ず一人だけ。

年単位、長い人は死ぬまで、あるいは後の世代までそれを解消する事無く、互いの意思を汲み取り、連携を高めていく。


何故二人組なのかは説明するまでも無い。

魔法は万能では無く、同じ術式、同じ触媒を用いても絶対に同じ魔法は発現できないからだ。


そこには、それぞれの個性が現れる。

その個性を完全に把握し、完璧な連携作業に繋がるには莫大な時間と労力を要する。

僕とみそらだってゼミに入って一年弱、それ以前から組んではいたが、完璧な連携とは程遠い。

だからこそ、長い期間をかけて一人を見つめていく努力が必要とされるからだ。

それを二人、三人と増やしていく事なんて、土台できやしないのだ。

魔術師が初歩の魔法を習う以前の常識のような話である。


それでも、オキマルは折れずにみそらに向かう。

多分、彼女はその常識を理解していないから。

というより、そういう要求をしている訳では無いから。


「みそら先パイに断られたら、オキマルはおつかいに行けなくて困るんですっ!ゼミ長に怒られちゃいますよーっ!」

「……おつかい?日高さんのお願いだってか?」

「そうですっ!オキマル、いつもゼミ長の仕事を手伝ってるんですけど、今日はゼミ室の備品が色々減ってるからっておつかいを頼まれたんです。でも、オキマルは甘さがどこにあるのか知らないですし、もし知っていたとしても、そもそも方向オンチなので一人じゃ行けないんですよっ!」

「何で店の場所知らねぇんだよ、お前も学園の学生なら一回は行った事あるだろ」

「行った事無いから困ってるんですっ!」

「……つまり、あれだな?アタシに今日一日付き添いをすれって言ってんだな、お前は?」

「そうですっ!そういう事ですっ!」


何とかこんとか、話がようやく繋がってきた。

よくやったオキマル。

とりあえず、僕が出る幕はなさそうだ。


「だから、みそら先パイお願いしますっ!」

()だよ」

「そんなっ!?」


全然よくやってなかった。

断られてるじゃないか。


「そもそも、何でアタシなんだよ。日高さんは無理としても、アリアさんとか、そこの鬼みたいな(ツラ)ボンクラとかいんだろ」

「おい、誰がボンクラだ」


何で僕に飛び火するのか。

それ以前にこの僕のどこがボンクラだというのか。


「アリア先パイは仕事で出てますし、そこのボンクラ先パイではダメなんですっ!オキマルはみそら先パイが良いんですっ!」

「待て、オキマル。お前は僕の後輩だろう、その言い方は流石にあんまりじゃないのか」

「そこ、黙ってろ。アタシは忙しいんだよ、他を当たれ」

「オキマル、知ってますよ。アリア先パイが今日は何にも予定が無いって聞きましたっ!」

「……次のライブの準備とかーー」

「次のライブは再来週の土曜日なので問題無いって聞いてますっ!アリア先パイにっ!」

「……新曲の練習がーー」

「新曲はこの前のライブで発表したばっかりだからもし練習があるって言われても嘘だから騙されないように、ってアリア先パイが言ってましたっ!」

「クソッ!何であの人はそこまで知ってんだよ、どんだけアタシのファンなんだよ!ガチオタクか!」

「ちなみに、アリア先パイには一緒にをチケット頼んであるので次のライブはオキマルも行きますっ!これまでライブなんて行った事無いのでこれでオキマルもライブデビューですよっ!とっても楽しみにしてますっ!」

「……お、おう、そうか。サンキュ……」


……みそらのやつ、照れてるな?

バンドの事になるとどこまでも真っ直ぐな奴だ、こういう純粋な応援にめっぽう弱いのだ。

どこまでが八乙女(やおとめ)先輩の作戦かは分からないが、その攻め方は一番効き目のある選択である。

ナイスだ、オキマル、その調子だ。


「せっかくなので、今日のおつかいのついでにライブ会場の下見とかもするつもりなんですっ!先程も言いましたが、オキマルは方向オンチなので下見は大事なんですっ!」

「まぁ、そうだな。ぶっつけ本番で迷ってライブに遅れでもしたら大変だな」

「でしょう?ライブハウスとかいう所はアウトローが集まる場所だからオキマルのような子供一人じゃ危険かもしれないでしょう?」

「そりゃあ、中にはそういう奴もいるし、そうかも知れないな」

「何より、みそら先パイのカッコいい話とか、思い出の場所とかを聞きながら案内してもらいたいですし、もしそんな事されたらオキマル、みそら先パイの大ファンになっちゃうかもしれないですよ?」

「カッコいい……思い出話……案内……」

「間違いないですっ!それに、一度話をしてくれれば、はりきって周りの友達に広めちゃうので、今日一日オキマルに付き合って頂くという事は、先パイのファンを十人、百人、いや、それ以上獲得するチャンスなんですっ!そうなれば、『Be_Can't(ベー_キャント)』メジャーデビューも夢じゃないですよっ、今後の為の参考投資ってやつですよっ!」

「百人……それ以上……メジャーデビュー、かぁ……」


みそらの瞳がぐるぐると渦を巻いている。

ああ、堕ちたな、これは。


躊躇いなく未来の可能性をあたかも確定した事実のように語る姿は、まさに詐欺師のそれだった。

オキマル、お前は何と恐ろしい奴なんだ。

今後の付き合い方を少し改めなければいけないかもしれないな、うん。


「さぁ、みそら先パイっ!あまりお時間は取らせませんっ!今後の輝かしい未来の為に、いざっ!おつかいへっ!」


畳み掛けるように最後の一押しをかけるオキマル。

みそらの選択は、果たして。


「……し、仕方ねぇなぁ!ここは優しいみそら様が後輩の為にちょっくら付き合ってやるとするか!」


まぁ、そうなるよね。

何が後輩の為だ、冗談はそのニヤけた顔を何とかしてから言ってもらいたいものだ。


脇に置いてあった財布を掴んでひょいっと跳ね上がるようにソファから飛び起き、早くもドアへ向かうみそら。


「オラ、そうと決まったらさっさと行くぞ!チンタラすんなよー!」

「あっ!ちょっと、早いですよっ!待ってくださいよ!」


先にゼミ室を出た先輩を小さな後輩が必死に追っかけて行く。

今更になって気付いたが、オキマルはいつもより少しだけおしゃれというか、可愛らしい格好をしていた。

多分、今朝からずっとこの事を想定していたんだろうな。

どこまでも可愛い後輩だ。


「楽しんでこいよー」


二人に届くように声を投げる。

僕は僕でやるべき事があって二人について行けないのを悔いる程に、二人の姿は楽しそうに見えた。

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