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闇に溶ける匂い その6

【大日本魔術学園 F棟 地下1階 望月・L・オボロゼミ室】

隠岐(おき)まる子】


 皆さま、こんばんはっ!

 オキマルですっ!


 突然ですが、緊急事態なんですって!


 さっきまでアリア先パイに手伝ってもらいながら、オキマルの課題をやっていたんですけれど、ハル先パイから連絡が入って、アリア先パイがお助けに向かう事になったのです。

 何でも、「ごくモン」(?)とかいうとても悪いヤツが現れたとかで、みそら先パイがピンチだそうで。


 オキマルはまだ現場に出た事が無いので分からないですけれど、こうやってピンチにお助けに行くって事は、なかなか無いっていうか、オキマルがこのゼミに入室してからは初めての事だと思いますっ!


 つまり、とてもレアな機会であり、とっても危ない状況だって事ですっ!


「ーーよしっ、これで準備オッケーね。それじゃあオキマルちゃん、くれぐれもお留守番頼んだわよ♪」

「はいっ!ゼミ室の安心安全はこのオキマルにお任せ下さいっ!」


 ゼミ室の前でアリア先パイを見送って、オキマルは一人になってしまいました。


 とりあえずゼミ室に戻って、ソファに座ります。


「よしっ、オキマルは留守番を任された、留守番長ですっ!」


 留守番を任された者として何をするべきでしょうか?


 ………………。


「……考えてみれば、ゼミ室にオキマル一人ぼっちって初めてで、先パイ達がいつもは何をして過ごしているのか全く知りませんでしたっ!」


 何をして過ごしているのかも分からないですし、オキマル一人でどこまで何をしていいかも分からないです。

 これはつまり、何にも分からないということですっ!


「という事で、先パイ方が普段は何をしているかを思い出して、真似してみましょうっ!」


 分からないのなら、真似をすれば良いのですっ!

 オキマル流はそこからヒントを得てから考えるって事で!


「例えば……、みそら先パイなら、ギターを弾いたりしてる気がします、はい」


 ギター、ギター、ギター。


 ………………?

 最近、どこかで見たような……。


「……ん?音?どこから……?」


 と、ここで窓がコンコンッ、とノックされた事に気付きました。


 ん?なんで窓?

 少しホラーを感じます。


 近づいてカーテンをめくると、何とそこには空飛ぶみそら先パイのギターケースがありました。


「ーーえっ!?何で!?何で飛んでるの?!?」


 とりあえず、窓の鍵を開けてあげると、5月の夜の爽やかさと暖かさの混じった空気と一緒に、ギターケースがするりと部屋に入ってきました。


 そもそも、何で飛んでいるのでしょうか?

 何で彼……、彼?は一人ぼっちで帰ってきたのでしょうか?


 謎は深まるばかりです。


 ギターケースはそのまま流れるように暖炉の前のコの字のソファに座って(?)動かなくなってしまいました。


 動かない、というより、わざわざ肩までタオルケットを被っておネムモード全開って感じです。

 そのうち、イビキとか、寝言とか言い始めるのでしょうか……?


 手紙とかも付いてないですし、アリア先パイも特に何も言ってなかったので、多分このままそっとしておいた方が良いのでしょう。

 すっごい気になりますけどねっ!


 オキマルも窓を閉めて再びソファに腰掛けます。


「次、いきますっ!」


 次は、ハル先パイです。


 ハル先パイは、いつもコーヒーを飲みながら何か書いたりしていて、大人っていうか、落ち着いてる感じがいつもしていて、いい感じですっ!

 オキマルもよく行く駅前のボトールとかフタバのテーブル席に腰掛けて、外国の新聞片手にエスプレッソ?とやらを飲んでそうなイメージですっ!

 オキマルもあれ、やってみたいですねーっ!


「でも、コーヒーが無いからなー……、ん?あれっ?……あっ!」


 ありましたっ!

 コーヒーメーカー!

 部屋の隅のガラクタの山に紛れていたので、今日まで気づかなかったですけど。

 なるほど、ハル先パイはいつもあれでコーヒーを淹れていたのですねっ?


「スイッチ、オンー!」


 パパのを見て使い方は知っているので、とりあえず沸かしてみます。


「コーヒー作れるって、何か大人みたいじゃないですかねっ?」


 俄然、テンションが上がってきましたよっ!

 気分はこのゼミのトップ、オボロ先生ですっ!

 ……いえ、後で怒られそうなので、みそら先パイ程度にしておきましょう。


 少し待って。

 出来たアチアチのコーヒー、最近用意したオキマル用のかわいい「ウォンばったくん」マグカップに入れて準備完了ですっ!


「課題はアリア先パイと一緒にやっちゃって無いからコーヒーだけ、だけど……」


 ここは、逆に考えるのです。

 一仕事終えた後、コーヒー片手にゆっくり楽しむ大人の時間なのだ、と!


「ムフ、ムフフ……!オキマル、何だかこのゼミにようやく馴染んできたのではないでしょうか……?!」


 もうオキマルはただの新人オキマルではありません。

 オボロゼミの一員、隠岐まる子ですっ!

 ……まだ、実践に出た事も無いですし、相方も決まってないですけど


「とにかくっ!このコーヒーを嗜む事で、オキマルは大人の階段を一歩登ってしまうのですっ!いざっ!」


 フーフーと適度に冷まして、一口。


 うん。

 うんうん。


 うわー!


 口に広がる木の根っこを絞ったようなこれ以上なく苦い風味。

 鼻腔を駆け抜ける豆を焦がしたようなむせ返るほど香ばしい臭い。


 まるでマングローブの根っこのあの少し開けた空間にいる張り付けられて、火炙りにされた時に鼻と口から思い切り胸いっぱいに煙を吸い込んだような感じですっ!


 つまり、これは飲む地獄です。


 飲む地獄です。


「ウェエエェッ!!!苦っ!臭っ!まっっず!!!」


 何ですかこれは、罰ゲームですか!

 こんな苦くて臭いもの、人間が口にして良いものではありませんよっ!


 これを平気な顔をして飲んでしまう大人の方々は、何かそういう魔法で飲まないと死ぬように脅されているのでしょうか。

 てか、いつもいつもコーヒーばかり飲んでいるハル先パイはどこか頭がおかしな方なのでしょうか。


「だとしたら、今後の付き合い方を少し考え直す必要がありそうですね……」


 真面目で優しい先パイだと思っていたのに、残念です。

 このゼミで信用できる先パイは、いよいよアリア先パイだけって事になりそうですね。


「やっぱりオキマルはアリア先パイ一筋ですっ!」


 と、いう事で。

 次はアリア先パイです。


 アリア先パイといえば、やっぱりあの美味しい料理ですっ!

 何を作っても本当に美味しくて、素敵なママになれそうな予感が既にビンビンしてます。

 というより、既にオキマルのママ、いや、お姉ちゃんって感じですっ!


「あ、アリア先パイといえば……」


 お腹が空いたら、鍋の中を覗いて見てね、って言われていたのを思い出しました。


 丁度、それなりにお腹も空いてきた所なので、鍋のある給湯室というか、キッチンというか、ゼミ室の隅にある料理スペースへと向かいます。


 ありました、赤くてかわいい鍋っ!

 さあ、ドキドキの瞬間ですっ!


「ではでは、オープーン!たぁっ!」


 蓋を開けると、中に見えたのは……っ!!!


「ーーヤッッター!!!カレーじゃないですかーっ!!!」


 じゃがいもゴロゴロ、人参コロコロ、しめじにチキン、ナスまで入った美味しそうなカレーですっ!

 うわー!ヤッター!すっごい嬉しいっ!


 見ちゃったものは仕方ないもので、急にゴロゴロお腹が鳴り始めました。

 頑張っている先パイ方には少し申し訳無いですが、早速食べちゃおうと思います。


 まずは、カレーのコンロをオンにします。


 カチ、カチ、カチ。


 うん、しっかり火が点きましたっ!


 温まるのを待っている間に、隣にしっかり用意してあったカレー皿にご飯をモリモリよそいます。


「ハァー、楽しみだなぁっ!カレー!」


 焦げ付かないように、おたまでカレーをクルクル回します。


 クルクル。

 クルクルクル。

 クルクル♪


 良い感じに温まって、コンロの火を止めました。


 その時でした。


「ーーピィッ?!?」


 ドカン、と後ろで何か大きな物音がしました。

 何かが床に落ちるような、そんな鈍い音でした。


 ゼミ室にいるのは、当然、オキマルだけです。

 オキマルだけ、だったはずです。


 では、この大きな物音の正体は何だというのでしょうか。


「えっ、あっ、あっ、あっ、あっ……」


 オキマル、怖くて後ろを振り返れません。

 だって、もし振り返って、()()と眼が逢ったりしたら……。


 ………………。


 ちょっと、ほんのちょっとだけ、パンツが湿ってる気がしますが、きっと気のせいでしょう。


「……あのー、そのー、す、スミマセーン、だ、誰か、いますのでしょうか……」


 ………………。


 返事は、ありません。

 作戦その1、失敗です。


 ………………。


 こうなったら、作戦その2ですっ!


 それは……。


「ーーっ!ーーっ!」


 思いっきり振り返って、またすぐに前を向く、「高速一回転」作戦ですっ!


 結果は……。


「あれっ?」


 気のせいでしょうか。

 何もいませんでした。


「ーーっ!ーーっ!」


 念のため、もう一回転しておきます。


 ………………。


 やっぱり、誰もいませんでした。

 なので、もう普通に振り返ってしまいます。


 やっぱり、誰もいませんでした。


「じゃあ、あの物音は一体……?」


 おそるおそる。

 オキマルは室内を確認します。


 ドア周り、問題無しっ!


 ソファ周り、問題無しっ!


 暖炉周り……、あれっ?


「火が、消えてる……?」


 確か、暖炉の火は点いていたはずです。

 アリア先パイがみそら先パイから連絡を貰って、それで点けたはずなので。


 そろり、そろりと近づいてみます。


 そろり、そろり。


 そろり、そろり。


 すると、暖炉の前には何と……。


「……あれ、みそら先パイ、ですか……?」

「ん……、ああ……」


 裸のみそら先パイがいました。


 ………………。


 すっ裸のみそら先パイがいました。


「ちょ、ちゃ、ちょ、ちょっと!なんで先パイ裸なんですか!!!」

「うるせぇなぁ……」


 オキマルは急いでソファに畳んで置いてあったバスローブ(アリア先パイが出る前になぜか用意していましたが、このためだったのでしょうか?)を手に取って、みそら先パイの肩から掛けます。


 みそら先パイはとても不機嫌そうな顔で俯いていました。

 ……正直、俯いていたので顔はよく見えませんでしたが、こう、雰囲気というか、何となく不機嫌そうなのは分かりました。

 女のカン、って奴です。


 それと、実はオキマル、みそら先パイの事がちょこっとだけ苦手なのです。

 ちょこっと、ちょこっとだけですよっ!


  いつも不機嫌そうっていうか、雑に言うと怖いのです。

 ハル先パイは優しくて真面目な感じがするのに、何で相方がみそら先パイ何だろうっていっつも思っちゃいます。


 そんななので、殆ど話した事も無いですし、みそら先パイもあまり話しかけてこないので、接点がありません。


 でも、流石にこの状況でこのままってのはダメですよね……?

 カゼ、引いちゃいますしっ!

 オキマル、勇気を振り絞って話しかけてみますっ!


「あの、みそら先パイ、何かあったんでしょうか……?」

「……………」


 返事はありません。

 シカト、ってやつです。

 諦めずにもう一回チャレンジしてみましょう。


「あの、みそら先パーー」

「ーーチキショウがっ!!!」

「ヒィッ!?」


 いきなり、あまりにも大きな声を出すので、オキマルはビックリして転んで尻餅をついてしまいました。


 叫んだ時のみそら先パイ、やっぱりとても怖かったです。


 でも、言葉では説明できないですけど、今日はいつもとどこか違うような、そんな気がしました。

 まるで、何かに怒っているような、悔しがっているような。


「あ……っ」


 一瞬、みそら先パイがオキマルの事を見て、何か言おうとしましたけどやっぱり辞めて、そのままソファに寝転がってしまいました。


 顔は見えません。


 きっと、眠たい訳ではないと思います。

 それくらい、オキマルでも分かります。


「……悪い、一人にしてくれ」

「…………………」


 こんな時、オキマルはどうして良いのか分かりません。


 オキマルはまだ新人で、実戦に出た事も無くて、相方も決まってない半人前です。


 先パイ方は、ハル先パイやアリア先パイはこういう時にはどうするのでしょうか。


 オキマルは、何も知りません。

 オキマルは、何も出来ません。


「…………っ!」


 でも。

 今日のオキマルは違うんです。

 このままではダメだって、今のみそら先パイをひとりぼっちにしちゃダメだって、分かるんです。


「あ、あの……」

「………………」


 返事はありません。


 でも。

 まだ、まだ諦めません。


「アリア、先パイ……」

「………………」


 返事はありません。


 それでも。


「オキマル、カレーを暖めてたんです。アリア先パイが作ってくれたカレーで……」

「………………」

「でも、まだ食べてはいなくって……」

「………………」

「それで、今からちょうど食べる所だったので、みそら先パイもどうかな、って思い、まし、て……」

「………………」


 ………………。


 返事は、ありません。


 オキマルには、もうどうしようもありません。


 これ以上は無理です、そんなの、ちっちゃなオキマルじゃ保ちません。


「あの、えっと、お邪魔して、すみませんでした。先パイ達が頑張ってるのに、オキマルは何にも出来ないので、何か力になりたかっただけで……」

「………………」


 これが、最後の頑張りでした。


 本当に、本当に振り絞った勇気の残り。

 蓋についたヨーグルトみたいな、それ位のものでした。


 先パイ、ごめんなさい。

 オキマルでは力になれないみたいです。


 諦めて、背中を向けてカレーの前に戻ります。


「そ、それじゃあ、えっと、オヤスミナサーー」

「ーー食うよ」

「……えっ?」

「カレー、食うよ。だから、早く持ってこい」

「ーーっ!!!」


 まるで、オキマルの差し出した手を仕方なく握ってくれたような。

 そんな、そんな先パイの暖かな優しさ。

 そして、オキマルが先パイの為に何かをできる、初めての機会でした。


「はいっ!すぐにもってきますっ!!!」


 寝返りをするようにオキマルの方を向いたみそら先パイは、やっぱりどこか不機嫌そうな顔をしてました。


 それでも、二人で食べる晩ご飯は、やっぱり暖かくて、楽しくて、カレーもとっても美味しくて、また一緒に食べたいと思えました。

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