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旧校舎事変 その1

【大日本魔術学園 F棟 地下1階 望月・L・オボロゼミ室】

安部晴明(あべはるあき)


 昼下がりのギターの音が響くゼミ室というのは、心を落ち着けるにはこれ以上無いほどに適している場所だと言える。

 所々ガムテープで補強してあるボロいソファーは決して座り心地が良いとは言えないが、慣れてしまえばこれはこれで味があって良いものだ。

 用途も分からないガラクタや書類の山の隙間を縫って備え付けられたコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを一口飲み、一つ伸びをする。

 こう、特に何があった訳でも無いけれど、ゼミに入って1年と数ヶ月が経って、それなりに慣れて来たというか、リラックスしていることを実感できる。

 学園での生活にも、ここでの仕事にも。

 今は特に予定も無いので魔法元素Aのレポートにでも取り掛かろうかという時だった。

 コンコンッと木製のドアがノックされ、視線を送るとガラス越しに人影が見えた。

「どうぞ」と返事をすると、ウチの学生だと思われる女の子が一人入ってきた。

 大人しそうというか、真面目そうな女の子だ。

 緊張からかどこかソワソワしていて、室内をキョロキョロと見回してから、僕の顔に目を向けた。


「……えと、失礼します」

「いらっしゃい。ご用はなんですか?」

「はい、少し調べて欲しい事がありまして……。依頼、ですか?それをお願いしたくて来たんですけれど……」


 依頼、と女の子は言った。

 ゼミで請け負っている業務の一つであり、一番数の多い物でもある。


「よくご存知ですね、誰かに話とか聞いてたりしましたか?」

「いえ、仕様書に3つ位の選択肢から仕事の分類を選ぶ欄があったので、それで多分、依頼かな?と思ったので、間違っていたらすみません……」

「なるほど」


 ゼミで請け負う業務は依頼の他にいくつか分類が有るのだが、そんな事までよく知っているな、なんて思ったけれど、そういう事なら別に驚くような話でも無かった。


「依頼で合っていますよ。とりあえず詳しいお話を伺いますので、お掛け下さい」

「はい……」


 女の子はテーブルを挟んで向かい合わせになっているソファー(お客さんが座る事を想定して僕が座ってるものより少しだけガムテープの補修が少ない綺麗なもの)にゆっくりと腰掛ける。

 僕は一旦ソファーを離れ、女の子に出す分を淹れるためにコーヒーメーカーへ向かう。

 準備をしながら、最近、少し暇だったから久しぶりの仕事だな、なんて思う。

 常にいくつか仕事がある分には構わない、僕個人の考えとしては。むしろ腕が鈍ってしまいかねないので、依頼の2、3本は抱えているのが理想的だと言える。

 内容によるけれど、面倒臭いものや、あまりに日にちのかかるもの以外であれば、の話ではあるが。

 ……まぁ、どんな内容の仕事でも基本的には断る事は無いので、考えても仕方無いのだけれど。

 淹れたて熱々のコーヒーと、ミルクに砂糖を持ってソファーに向かう。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます……」

「それじゃあ、詳しい話……の前に、仕様書、書いて来てくれたんだよね?」

「はい……」

「まずはそれを預かろうかな」

「えと、どうぞ……」


 女の子は鞄から半透明のファイルを、そのファイルから更にピラピラの紙を取り出して僕に差し出した。

 何も知らない人から見たら、簡易的な履歴書に見える紙。

 しかし、これは正式な仕様書というものだ。

 こんなピラピラでも僕達のような者に仕事を頼む時に必須になる、重要な書類なのである。

 ……必須とは言いながら、書いて来ない人も多いし、僕達も無くても普通に話を聞いただけで仕事を請け負ったりするけれど。

 一応、ゼミ室の入り口には常に大量にこの紙を山積みしてはあるのだが、面倒なのか依頼に来た人の大半は書いて来てくれないし、その気持ちも分からない訳でも無い。

 まぁ、そんな事をやっているから、後々になって「あの依頼ってどんな内容だったっけ?」とか、「あの仕事の依頼人って何て名前だったっけ?」とか困る事になるのだが。

 何にせよ、書いて来てくれる分には有難い話だ。

 受け取った仕様書の頭から順に目を通していく。

 うん、確かに選択肢の中で依頼に丸が付いているな。


「ふんふん、名前はえっと……、水上(みずかみ)さん?」

「はい、そうです……」


 仕事の担当指名も無し、日にち指定も無し、とよくあるタイプの依頼だ。

 そもそも依頼とは、危険性が確認できない、あるいは小さいと依頼人及び請負人が判断できる、少人数であたる仕事の事を指すので、厄介なものの方が少ないのである。

 全部そうだとは言い切れないのがミソであり、そういう厄介なものに限って、油断していて足元を掬われる事が多いのはあるあるの話なのだが。

 なので、今回もいつも通りと舐めてかかってはいけない訳だ。

 と、仕様書の中で気になる点を発見し、流し読みする目が止まる。


「調査場所……、旧校舎?」

「はい、そうです……」

「旧校舎って、何でまたそんな所の調査依頼を?」


 旧校舎は学園の敷地内にある古い建物なのだが、確か学園の管理で錠がかけられていたはずだ。

 その為、一般人が侵入する事は不可能であり、そんな所の調査依頼が出される事自体、変な話なのである。

 少し気がかりというか、キナ臭くなってきた。


「えっと……、この前、友達と肝試しで入ってみようって話になって、それで中に怪しい魔法陣を見つけたんです……。近くで見ても見たことのない魔法陣で、一度調査してもらった方が良いかと思ったので……」

「ふーん……、水上さんって、見かけによらず案外ヤンチャするタイプなんだね」

「……すみません」

「いやいや、謝る必要はないよ」


 別に彼女を責めてる訳ではなく、ほんの冗談のつもりで口から溢れた言葉だったのだが、謝られると、こう、バツが悪い。

 そんな空気を誤魔化すように、コーヒーを一口含んで改めて依頼書に目を落とす。

 ……ふむ、ふむ。

 うん、やっぱり旧校舎ってのは気がかりだけれども、それ以外は良くある依頼と何ら変わらないし、この場で僕が返事を返しても良さそうだな。

 特段、断る理由も無い。


「分かりました、引き受けましょう」

「本当ですか……?」

「そうだな、来週までには解決しておくので、ちょうど1週間後にまた来てください」

「ありがとうございます……!」


 水上さんは何度もつむじが見えるほど深く頭を下げた。


「そんなに頭を下げなくてもいいんですよ、これが僕達の仕事ですから」


 部屋を出る時も彼女は一度深く礼をしていった。

 まだ何もしてないのに、自分が偉くなったというか、良い事をしたような気になって、少し気が引けてしまう。

 これは、何としてもしっかりと依頼を達成しないとな。

 ……あと、コーヒー、一口も飲んでないな。

 口をつけづらい気持ちは分かるけど、勿体無いから飲んで行って欲しかったな。

 僕だって2杯もコーヒーを飲むほど好きって訳でも無いしな。

 とりあえず、仕事の段取りを考える前に、とポケットからタバコを一本取り出して咥える。

 ライターもマッチも手元に無い、でも、大丈夫。

 タバコに火を点ける位、親指と人差し指でチョイっとその先を摘むだけで出来てしまうから。

 魔法ってこういう時に便利だ。

 という訳で、タバコの先を摘もうと指を近づけようとした時

 、肩に強い衝撃が走り、ビクッと全身が反応する。


「聞いた感じじゃ、大して難しい話じゃないだろ?」

「……盗み聞きする位なら、隣に来れば良かったのに」


 力任せに僕の肩を組んで来たのは、同じゼミのメンバーの祠堂(しどう)みそらだった。

 さっきまでギターを弾いていたのも彼女だ。

 今日も絵の具のパレットの上でしか見たことないようなヴィヴィッドカラーをめちゃくちゃに混ぜた色の髪が目に障……、目立つ。

 彼女はそのまま僕の隣に座り込んで、咥えていたタバコをヒョイと抜き取り、自分で咥えてしまった。

 そして、僕のように指先を近づける事も無く、ノーモーションでタバコの先に火を点けて吸い始めてしまう。

 この程度、火炎魔法が得意な彼女からしてみれば朝飯前の事なのだ。

 僕も一度はそんな風にやってみたいものだけれど、火炎魔法はそれなりでしか無いので、出来ないのが恨めしい。

 彼女は流れるような動作で水上さんに出したコーヒーを手元に寄せて一口含む。


「あんないかにも清楚です、委員長やってます、って雰囲気の女の子の話は正面から向き合って聞くもんじゃねぇんだよ、ハルは分かってないねぇ」

「……だからって盗み聞きする必要も無いだろうに」

「ヤダよ、メンドいし」

「メンドい、て……」


 みそらは今日も平常運転だ。

 テキトーというか、下手したら僕よりも男みたいだな、って感じる時が多々ある。

 ……ん?でも、それって僕が男らしくないって事でもあるのか?

 改めて考えてみると中々悩ましい話だ。


「ま、要は旧校舎にパーッと行ってサーッとその魔法陣とやらを調べて来りゃ良いんだろ?」

「……うん」


 相変わらず雑なヤツだ。

 こんな感じで普段のバンド活動に影響とか無いんだろうか。

 てか、よくギターのコードとか覚えられたものだよな。


「でも、何で旧校舎なんだ?」

「僕もそこが引っかかったんだ。あそこは学園が管理してる建物だから、魔術錠(まじゅつじょう)がかけてある筈なのに、水上さんはどうやって入ったんだろうって」

「……ちょっとキナ臭ぇな」


 みそらが腕を組んで考えた風を装う。

 ……どうせ、その空っぽの頭では何も打開策なんて思い浮かぶまい。

 正に、考えた風そのものだ

 そもそも、ものを考える時に「うーん、うーん」なんて呟くヤツなんて都市伝説みたいな存在だろうに、逆に考えて居ませんってアピールはしているような物だぞ、それ。


「……考えても仕方ねぇ。ほら、とっとと行くぞ!」


 ほらみろ、言ったそばからとりあえず行動しようとしている。

 ……ん?


「え?ちょっと待てよ、準備も無く今すぐ行くつもりか?そりゃ駄目だろ」

「アタシとハルのコンビなら大丈夫だって!」

「いやいや、そういう話じゃなくって、簡単そうな依頼でもそんな場当たり的に行くのはマズイって。せめて八乙女(やおとめ)先輩にでも報告してからにしないとーー」

「ーーだーもう!女々しい野郎だな!アタシが行くってんだから行くんだよ!」


 むむむ。

 こうなったみそらは厄介だ。

 何とか止めたい所だが、やると決めた彼女を止められた事は一度もない。

 彼女は一人でもやると言ったらやる性格だ、それで何度僕が割りを食っていることか……。


「いいよ、何ならアタシ一人で行ってやるよ!」

「……またそれか」

「文句あんなら着いて来なくていいぜ!どうせ今の時間のハルアキなんて使い物にならないんだし!」


 みそらは勢いよくソファーから立ち上がり、今すぐにでも旧校舎に向かおうとしている。

 最悪だよ、この展開だけは避けたかったんだけどなぁ。

 ……ハァ、仕方無い。

 最後の手段を取るしか無いか。


「分かったよ!行くよ!行ってやるよ!」

「……別に、無理して来なくても良いんだぜ?」


 チラッ。

 みそらがこちらに目線を送る。


「ただし、準備だけはしっかりとすること、それと、無理そうならすぐに撤退することは約束してくれよな」


 結局、いっつもこうなる訳だ。

 これで何とかなる事も多いけれど、たまに後悔することになる。

 そして、そういう時の後悔はいつも深いというのが相場が決まっている。

 彼女だってそんな事は分かっているだろうに、それでも散歩中の犬みたいに、動かざるを得ない性分なんだろうな。

 そんな彼女とコンビを組んでいる宿命というか、腐れ縁みたいなものと、僕も半分受け入れている節があるというのも大概な話ではあるが。


「……その言葉が聞きたかった!」


 みそらはニカッと調子良く笑って引き返し、僕の胸をグーでドンッと小突いた。

 この憎めない笑顔を見ると、どうも許してしまうのだ。

 まぁ、今回もいつものように、何とかなるだろう。

 僕とみそらのタッグというのは失敗する可能性が一番低いという実績があるし、僕にだってそういった自負が全く無いと言えば嘘になるし。

 要は、僕も彼女と同じ穴の狢、出来れば早く行動に移したい人間だという話だ。


「ほら、とっとと準備して行くぞ!」

「全く、調子良いんだから……」

「細かいことはいいんだよ!大船に乗ったつもりで任せておけって!もしビビってんなら、アタシの背中に隠れてろ!」

「それは普通男の僕のセリフだとおもうんだけどなぁ……」


 ……ここ、オボロゼミは他の大学にあるゼミとも、この学園に存在するゼミとは少し違い、ある使命を受け持っている。

 正式名称では、魔法風紀対策調整委員会。

 つまり、大規模な風紀委員のような仕事をしているという事。

 魔獣の駆逐、用心棒、探偵などなど、その内容は多岐にわたる。

 その仕事は学園内は勿論、時にここ、金閣町内でも自警団に近い事までやっている。


 世の中が魔法で溢れている現代において、みんなが魔法を使えるのならそんな役割は必要ないのでは、なんて思うかもしれないが、そういう訳にもいかない事情がある。

 詳しく語ると長くなってしまうので、非常に簡潔に説明するなら、魔法が使えるっていうのはそんなに便利な事ばかりでは無いという話に尽きる。

 なぜなら、自分が魔法使いなら、その親だって、友達だって、すぐそこの赤の他人だって魔法使いなのだから。

 生活に魔法が密着しているように、犯罪にも魔法が用いられてしまっている。

 そうなると、個人ではどうにもならない厄介な相手というのも沢山いるという事だ。

 じゃあ、どうしようもない事と諦めるのか。

 そういう訳にもいかない。

 そういう訳にもいかないからこそ、僕達が必要とされるのだ。

 僕達のような、少し異端の魔術師集団が必要とされるのだ。


 時には、危険な仕事をこなす事もある。

 というか、そんな事情ありきの存在なので、何かと危険に晒される事は多い。

 それでも誰かの為に仕事をしたい、誰かの為になりたいと望む、弱者の最後の味方であり、最後の砦。

 それが、僕達オボロゼミだ。


「オラッ!何ボサッとしてんだよ!」


 尻にに突然痛みが走る。


「ぁ痛っ!……何も蹴る事ないだろ」

「ドアの前で突っ立ってる方が悪い」

「暴力焼き鳥女め……」

「あぁ?!テメェ、今何つったよ、オォン?!」

「……イエ、ナンデモナイデス」


 まぁ、危険が多いって仕事言っても案外何とかなるもんだし、それだけやりがいがあるって事だ。

 何だかんだ楽しいし、何より合法的に力を解放できるのは、こんな役割でも担わない限りは難しい。

 異端であり、特別な存在として。

 それじゃあ、今日も相方と仕事に向かうとしよう。

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