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第5話 女神の計画

「ふぅ、危なかった……」


 額に滲む汗を拭うと、カレンはそう呟く。

 リボンに家紋が刺繍されていたのは想定外である。

 もし、あの場に留まっていたら、大人達に捕まって家に送り返されていただろう。

 そうなってしまえば、両親――特に父がもっと過保護になってしまって、外出が今よりも難しくなっていたかもしれない。


「今日は討伐は諦めて家に帰った方がいいかもしれないな」


 逃げ出せたとはいっても冒険者ギルドがヴィノーラント家に報告したら

どっちにしろアウトなので、カレンはそう結論を下した。

 事を急いで、失敗したら目も当てられない。こればかりは仕方ないだろう。


 カレンは街に立ち並ぶ商店や施設などを見学しながら帰路についていると、

 甘くて香ばしい匂いが漂ってくるアップルパイを売っている店の前に、見知った人影が立っているのに気が付いた。

 灰色の髪と頭に乗った三角耳。

 うしろ姿から確認できる質素な革鎧と腰にぶら下げた剣は、先ほど冒険者ギルドに訪れていた獣人族の少女のものだ。

 名前はシャロンだと聞いている。

 カレンは迷い無くシャロンの背後に近づいて、その小さな肩に手で触れた。


「こんにちは、こんなところで何をしているの?」

「え?」


 シャロンは驚いた表情で振り返った。

 まん丸で大きな灰色の瞳と少し日に焼けた肌。

 隙間が開いた口から覗く、常人よりも大きくて尖った犬歯がとても愛らしかった。


「さっき冒険者ギルドにいましたよね?」

「は、はい。ボクに何か用ですか?」

 

 シャロンは小首を傾げて、カレンを見つめる。

 その視線で完全にカレンはノックアウトされてしまった。

 ケモ耳属性に加えてボクっ子!?

 連れて帰って、一晩中撫で回したい。

 カレンはそんな衝動を、心中に押し隠してにこやかに続けた。


「いえ、私と同い年くらいなのに、冒険者をしている子がいたから少し興味が湧いたんです。私の名前はカレンスフィーナと言います。よろしくお願いします」


 完璧なまでの外面を利用して、カレンはシャロンの警戒心を解きほぐしにかかる。

 シャロンはまんまと騙されたようで、おどおどしつつ頬を赤らめながら自己紹介した。


「ボクはシャロンって言います。よ、よろしく」

「はい、よろしくお願いします。シャロンさん、私のことは気軽にカレンと呼んで下さい」

「カレ、ンさん……その、ボクなんかがそんな気安く……」


 シャロンがカレンの純白のワンピースを上から下まで眺める。

 どうやらシャロンはカレンがいい所のお嬢様だということがわかって、気後れしてしまったようだ。


「私、同世代のお友達が一人もいなくて、だからシャロンさん、いえシャロンにお友達になって欲しくて声をかけたの。シャロンが私とお友達にはなりたくないというのなら仕方ありませんけれど……」


 しゅんとした表情と上目使いカレンはそう言った。

 前の人生でも、色々なパーティなどに無理やり参加させられていたこともあって、上辺だけの対応には慣れっ子なのだ。


「いえ! その……ボクでよければお友達になってください。ボクもあまり友達はいなくて……だから、とっても嬉しいです」

「ええ! よろしくね! シャロン!」

「う、うん。よろしく……カレン」


 キャーー可愛い!!

 ケモ耳のお友達ゲットだぜ!

 それにしても、初対面の人にいきなり声をかけられてこんなにすんなり友達になってくれるとは、シャロンちゃんって結構警戒心薄そうだな。将来が心配だ。

 よし、友達になったからにはちゃんと面倒見てあげよないと!


「アップルパイが食べたかったの?」

「うん……妹達にお土産で買ってあげたかったんだけど、お金が足りなくて」

「妹がいるんだ! 何人?何才!?」

「えっと、二人いるんだけど。三歳と四歳だよ」

「そうなんだぁ。シャロンに似て可愛いんだろうなぁ」

「やんちゃだけどとってもいい子達で可愛いよ」

「じゃあ妹達のためにパイを買って帰ってあげよう! お金は私が出すからさ!」


 カレンは懐から銀貨を一枚取り出す。

 まだ使ったことは無いが、以前に父のライルにねだったら数枚の銀貨を貰えたのだ。

 この一枚で約一万円くらいの価値があるはずなので、アップルパイはお腹いっぱい食べてもなを余るくらい買えるだろう。


「そんなの悪いよ! カレンのお金なのに!」

「じゃあ交換条件よ。私に冒険者の話を聞かせてくれない? それならいいでしょ?」


 カレンがシャロンに接触したのは、ただ可愛かったからという理由もあるが、それだけではない。ホントだよ?

 書庫で見つけた冒険者の資料には冒険者のなり方は書いてあったが、冒険者という職業についてはあまり触れられていなかった。恐らく、あまりに当たり前すぎる情報なのだ。

 そこでカレンは彼女に目をつけたというわけだ。冒険者の事を知るには冒険者に聞くのが一番手っ取り早い。


「ほんとうに、いいの?」

「うん! じゃあ早速買ってくるね!」


 アップルパイを少し多めに包んでもらい。

 二人は街の中心部にある広場に移動した。そこには天を向いたドラゴンの像があり、牙が並んだ口から水が噴出している。話を聞くと、この噴水は街の名物にもなっているらしい。

カレンは噴水の周りにいつくかあった石のベンチに腰掛けて、シャロンを手招きする。


「うーん、おいしい!」

「ボク、甘い物なんて久しぶりに食べたよ」

「喜んでくれてよかった。じゃあ早速だけど、冒険者について詳しく聞かせてくれる?」


 そこからカレンは、冒険者についてシャロンにあれこれ質問した。

 冒険者というものは、依頼としてモンスターを討伐し、それで報酬を貰って生計を立てる仕事というのは、カレンの認識を間違っていなかった。

 冒険者の強さはランクで振り分けられており、全部でS~Fランクの七段階があるらしい。もちろんSが最上級で、Fが最下級である。

 たまにSSクラスの冒険者が現れるらしいが、それは規格外の強さということなので省いてもいいだろう。


 そして、この世界に存在するモンスターにも同様のランクが存在し、S~Fの七段階で振り分けられているようだ。

 Fランクの冒険者ならFランクのモンスターを、AランクならAランクで、というような強さや難易度の目安があるようだが、それは一対一を想定したもので、大抵は同じランクのモンスターを狩るのに三人以上で挑むようだ。それなら不足の自体にも対応できるからだそうだ。


 ちなみにシャロンはEランクの冒険者だが、ずっとソロで活動している。それは、まだ六歳であるシャロンとパーティーを組みたがる冒険者がいないからという理由からだった。

獣人族というのは、カレンのような人族と違い身体能力に優れた種族らしく、まだ幼いシャロンもそれなりの強さを秘めているのだろうが、シャロンのEランクという評価はFランクのモンスターを地道に討伐してきた成果だそうなので、仕方が無いことなのだろう。


 ランクは冒険者ギルドが定めた審査をクリアすれば上がるようで、昇格すればより報酬が多い上のランクの依頼を受けることができる。

 最上級のSやAランクくらいになれば、国から直々に依頼を任されたいすることもあるらしい。


 国家に命じられた重大クエストでドラゴンや巨人を打ち倒して武勇を立て、

富と名声を手に入れ、また強敵を倒すべく世界を旅して回る。

 実に心踊る話だが、今のカレンに旅は少し早いだろう。まだ自分の力がどれくらいなのかもはっきりと把握しているわけではない。

 それに、あの〈ウィング〉の魔法が書いていた本には、まだ気になる魔法がいつくか記されていた。

 それを習得してからでも遅くは無いだろう。


「シャロンはなんで冒険者になったの? やっぱり英雄譚とかに憧れたから?」

「ううん、ボクはお金を稼がないといけなかったから……実は怖いからあんまりモンスターと戦うのは好きじゃないんだ」


 苦笑いするシャロン。まだカレンはモンスターを見たことが無いから、想像することしかできないが、もし本気で自分の命を奪いに来る敵が目の前に迫っているとすれば、カレンもきっと怖い思いをするのだろう。

 そう、カレンが前の人生で友人のストーカーがナイフを持って襲い掛かって来た時も、多少は恐怖した記憶がある。無我夢中で行動したため、恐怖は薄れていた。しかし、あれと似た感情を日常で受けるのは、気の弱そうなシャロンには辛いことかもしれない。


「じゃあさ、私の家に来ない? お父様には私が話をつけておくから」

「え?」


  これはほんの気まぐれだった。

  シャロンを不憫に思ったカレンがなんとなく提案した打開策。

  カレンの家は広い。だから使用人の人手はいくらあっても足りないだろう。

  サラやハンナはいつも忙しそうにしているのはよく見ていたので、きっと大丈夫だ。

 

「私の家でメイドとして働くの、そうすればもう怖い思いはしなくて済むなずよ?」

「いいの? 私なんかが?」

「うん! 帰ったらさっそく聞いてみるね!」

「ありがとう」


 シャロンが泣き笑いのような表情で頭を下げた。

 そんな顔をされれば自然とやる気が湧いてくる。

 カレンは勢いよくベンチから立ち上がると、シャロンに手を差し伸べる。

 顔を上げたシャロンがその手を取ろうとしたその時――。


「わっ――!?」


 突如現れた男達に口を布で防がれ、カレンは流れるような作業で大きな袋に詰められる。

 カレンが足先まですべて隠れると、入り口を縄で縛り上げた。

 そして一番大柄な男がカレンの詰まった袋を肩に担ぐと、あっという間に男達は走り去っていった。


 その場に一人残されたシャロンは何が起きたか状況を飲み込めていない様子だったが、

灰色の耳をピンと立てると広場の真ん中で友人の名を叫び、シャロンは男が去っていった方向に走り出したのだった。



―――――



 カレンの誘拐から二時間ほど前。

 ハーリンツの街の路地裏に建てられた薄暗い倉庫に、複数の人影があった。

 そのほとんどが薄汚い格好をした男だったが、赤髪の男と銀髪の女の二名からは只者ではない雰囲気がひしひしと伝わってくる。


「あなたたちにいい情報を持ってきてあげたわ」


口を開いたのは銀髪の女だった。

顔の半分を覆い隠すヴェールとゆったりとしたローブから察するに、恐らく彼女は占い師という職業だろう。


「おい、占い師の姉ちゃん。俺達のアジトに無断で入り込んで、いったい何の冗談だ?」


銀髪の女に答えたのは赤髪の男。

どうやら彼がこの集団のリーダー格らしく。赤髪の男の声に反応した仲間が口々に汚いヤジを飛ばす。


「聞いて損はないと思うわよ? 『赤獅子』さん」

「ほう、俺の二つ名を知っていてこんな礼儀知らずマネをするとは、いい度胸じゃねぇか」


『赤獅子』というのはここらでは有名な盗賊団の頭の二つ名だ。


「ふふ、ヴィノーラント家に復讐するチャンスだと言っても、礼儀を重んじなければいけないかしら?」

「なに?」


女の一言で、一気に空気が張り詰める。

ヴィノーラント家。

それはここハーリンツや広大なヴィノーラント平原を領地にする貴族の名だ。


「どういうことだ?」

「ふふ、ヴィノーラント家の一人娘が家出をしたらしいわ」

「どこでそんな情報を?」

「秘密よ」


 銀髪の女が蟲惑的な笑みを浮かべてそう言った。


「なぜそんな事を俺達に話すんだ?」


 赤獅子と呼ばれる赤髪の男は、女の表情に惑わされるとこ無く

 腕を組むと、銀髪の女に問う。


「あなた、弟がヴィノーラント家のせいで投獄されているらしいじゃない。実は私も身内をやられてね。復讐してやろうと考えていたんだけれど、私には力が無い。そこであなた達に目をつけたのよ」


 その言葉を聞いた瞬間。

 睨むように疑いの視線を銀髪の女に向けていた赤髪の男の眼光が鋭く光る。


「くくく、そうか。お前は目の付け所がいいな!」

「ふふ、娘の名前はカレンスフィーナ。今は冒険者ギルドに向かっているわ」

「聞いたか野郎共! 必ず攫って来い! 今の俺は気分が良い。身代金は山分けでもかまわねぇぞ!」


赤髪の男の声に、男達が歓喜する。

そして己の仕事を全うするべく、ぞろぞろと倉庫から出て行った。


「くくく、感謝するぞ占い師。お前にも分け前は弾むぜ」

「そんなものはいらないわ。変りにこの剣で娘を殺してくれる?」


 女がローブの下から取り出したのは豪華な装飾が施された黄金と銀でできた宝剣だった。

 その場違いな輝きに赤髪の男の瞳が、大きく開かれる。


「復讐、か。お前、どこかの貴族だったり……」

「詮索はお勧めしないわ」

「それもそうだ。くく、それじゃあ俺は行くぜ。次ぎ合うときは祝勝会だ」

「楽しみにしておくわ」


 赤髪の男は宝剣を受け取ると、それを愛でながら倉庫から出て行った。

残されたのは占い師の女ただ一人。


「うふふ、上手くいったわね。ごめんねカレンちゃん、これもあなたの神位を高めるための大事な試練なの。そのためにわざわざ神器を手に入れて来たんだから」


 占い師の仮面を外した女神が、まるでこの場からカレンが見えているかのように呟く。

 赤髪の男を上手く誘導できたのは、ただあの男がヴィノーラント家に恨みがあったからだけではない。

 いきなり現れた占い師の女の言葉を鵜呑みにする程、あの盗賊団の頭は馬鹿ではないだろう。

 なんといってもこの辺り一帯で目立った悪行を行える唯一の男なのだから。

 『盗賊Lv5』『剣士Lv4』――まっとうに冒険者として活動していれば、Bランクに相当するだろう職業レベルを持つ強者。

 しかし相手が悪かった。

 神に逆らえるのは同じ神の力を持つ者だけだ。

 

「でも二つ目からは自分で集めるのよ? これ以上肩入れしたらたぶん他の神にバレちゃうだろうから」


「私がプレゼントした魔法の本も気に入ってくれたみたいで良かったわ。カレンちゃんは〈ウィング〉が気に入ったみたいね」


「幼少時から高度な魔法を使っていると、魔法の扱いがとても上手くなるの。それを利用したらきっとあの男達なんてイチコロよ。頑張ってね」


 すべては女神ラフィーアの計画通り。

 危険の少ない貴族令嬢に転生させたのも、高度で有用な魔法が書いた魔導書を書庫に忍ばせたのもすべては愛するカレンのため。

 溺愛するカレンを神の領域に踏み入らせるために、わざわざ下界にまで下りてきた女神は、最期にそう呟くと突如空間に開いた穴から、天界へと帰還していった。

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