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第2話 異世界転生しました

瞼を開くと、そこはまた見知らぬ場所だった。

ぼうっとした頭を巡らせようと試みるが、なんだか寝起きのような気分で上手くいかない。

真っ先に目に飛び込んできたのは、ウェーブのかかった金髪の美女の顔だ。たぶん外国の人だろう。

彼女は満面の笑みを浮かべえて綺麗な碧眼で可憐の事を覗き込んでいる。

どうやら可憐はこの美女の胸に抱かれているらしい。それが何故だかすごく安心できた。

身体には感触の良い布が巻かれていて身動きが取れない。

というよりも、なんだかいつもと体を動かす感覚が違っているような気がする。


(ああ、さっきよりも頭が働いてきたな……どこだろ、ここ)


だんだんはっきりしてきた頭で、可憐は懸命に状況を分析しようと試みる。

何故だか首が動かないので、眼球だけで辺りを見渡す。

ここは恐らく大きなベッドの上だ。天蓋の付いたベッドにレースのカーテンが垂れ下がっている。映画などでよくお姫様が使っているものによく似ていた。

部屋はかなり広い。可憐の部屋も一人部屋にしてはかなりの大きかったが、ここはその比ではなかった。そして、真っ白な壁には精緻な装飾が施され、大きな絵画が一つ飾られている。家具のすべてが洋風の物だった。


(全然知らない場所だな……なんで私、こんなところで美女に抱っこされてるのかな)


ふと傍らを見ると、今まで気づかなかったが金髪の美女に寄り添うようにベッドの淵に座っている男がいた。

優しそうな顔つきのその男は、美女に親し気な笑みを向けて腰に手を回しているようだ。

そしてもう一人、丸い眼鏡をかけ黒いローブのような衣服を纏った中年の男がその隣に立っていた。そして、その男が優し気に微笑んだ後、口を開く。


「元気そうな女の子で何よりです。では、わたしはこれで失礼します」

「そうですね、周りの風景に興味深々なのかしら。うふふ。はい、ありがとうございました」


 中年の男はそう言ってすたすたとこの部屋から出て行ってしまった。

 一体誰だったのだろう。いや、今はそんな事より元気な女の子という言葉が引っかかった。


(私の事を見ながらそう言ってたよね? どういうこと? 元気かはともかく、そんなの……)

当たり前。それともまた勘違いされたのかな。

そう思った時、可憐はふと生前――というよりも、意識を失う前の記憶を断片的に思い出した。


(あれ? たしか転生するって女神様に……。 男に生まれるはずじゃ……さっきの会話、日本語じゃなかったのになんで理解できたんだろ? しかもたぶん今の私赤ん坊だよね? じゃあこの二人が私の両親?)


記憶が戻り、状況を呑み込めば呑み込むほど可憐は混乱していく。

可憐は手足をバタバタ動かして、わけもわからず暴れる。


「あらあら、どうじたの? 怖くないわよ。お母さんがついてますからね。貴方の顔が怖かったのかしら?」

「いやそんなことは無いと思うぞ? ほら、私にもその子を抱かせなさい」

「嫌よ。あなた不器用なんだから、それよりも早くこの子の名前を教えてください」


微笑ましい新しい両親の会話に、可憐も少しだけ落ち着きをとり戻す。それに、今から自分に授けられる新しい名前というのにも興味があった。


「ふふん。プリンセスでどうだ? こんなにも愛らしい子なんだからぴったりだとおもわないかい?」


自信あり気に胸を反らすな新しい父の口から出たのはとんでもない名前だった。


(おいお前何考えてんだ!? 可愛い娘になんていう名前つけようとしてるんだこの男は! 私を社会的に殺す気かこいつ!? ああ、詰んだ。いきなり詰んだわぁ。次の人生はもっとセンスのいい親の元に転生させて下さい)


 これだけは絶対に阻止しなければと思った可憐は、必死に手足をバタつかせて、大声で泣きわめいた。


「あらあら、この子は気に入らなかったみたいよ?」


(そう、そうです。何でも構わないので他のをお願いします!)


「うーん、そうかー。いい名前だと思ったんだけどな……。

 じゃあこんなのはどうだ?」


(それでいいんだ。ちゃんと娘の将来を考えていい名前つけてくださいお父様)


「プリキュア」


(いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!)


可憐は母の腕から無理に抜け出すと、父の腹に蹴りを入れる。

どうにかしてこの窮地を脱しなければ、そう思い。可憐は必死に喚きながら、父に抗議するが生まれたての赤ん坊の姿では当然言葉は伝わらない。


「おふっ!? これも気に入らないのか? 困ったな……」

「でもその名前、私は気に入りましたよ? 可愛らしい名前ではないですか」


 困ったように頭を掻いた父に向って、母は肯定的な意見を述べた。

 もちろんこの世界では馴染みの無い名前だろう。

 だが、元の世界ではお馴染みすぎるのだ。ニュースで報道されちゃうよほんとに。

 可憐は、自分が国民的アニメの名前を呼ばれるところを想像するだけで悪寒が走った。


「うっ、頭が……」

「どうしたんですか? 貴方……」


 可憐が言葉にならない声で必死に思いを伝えようと足掻いていると。

 急に父が頭を抑えて顔を顰めた。

 心配気に延ばされた母の手を制すると、父は顔を上げて口を開いた。


「大丈夫ですか? お医者様を呼び戻した方が……」

「カ……レ、ン……」

「はい?」

「カレン、名前だよ。いま急に頭に浮かんだんだ」


(おおおお! これは何という奇跡! 言葉はわからなくてもちゃんと私の心は伝わっていたのですね、大好きです、お父様!)


「カレン……いいじゃないですか、すごく綺麗な響きです。ほら、この子もこんなに喜んでいますよ」

「ああ、本当だね。じゃあ決まりだ。この子の名はカレンスフィーナにしよう!」


(おいー! なに余計なものつけてるんだよ! さっきの大好きは撤回だ。でも、君にしてはよくやったんじゃないかな。最初のよりは数億倍マシだからね。それでよしとしよう)

(そんなことより……)


 可憐改めカレンは自分の置かれている状況を整理する。

 異世界に無事に転生できようだ。

 要望どおりの姿でなく、どうやら性別はまた女になってしまった。

 そしてこれが一番の問題なのだが、周りの様子から察するに、かなりのお金持ちの家に転生してしまったようだ。

 女神ラフィーアには、庶民の家庭に生まれたいと言ったのは間違いないので、これも話と違う。

 

(こうなると、本当にここが異世界なのか不安になってくるな……ってあれ? 天井のシャンデリア、あれ宙に浮いてるよね? それに炎が蝋燭なしで灯っているように見えるな、ってことはやっぱりここは異世界か)


カレンは僅かな手がかりでそう結論付けた。


(一番の問題は、お金持ちの家庭に生まれてしまったってことなんだよね……)


前の人生はそのせいで、拘束されたような苦しい生活を強いられたのだ。

なんとしてでもそれだけは回避したい。


(いろいろ考えていく必要がありそうだな……はああ、むにゃむにゃ……なんだか、きゅうにしゅごく眠気が……)

 

「あら? この子一瞬微妙な顔をしましたけど……うふふ。あれだけ暴れたから疲れたのね。おやすみなさい、カレンスフィーナ……」



―――――



西園寺可憐が生まれ変わってから一年の月日が経った。

その間にわかったことがたくさんある。

この世界での可憐の名はカレンスフィーナ、

長いので新しい父と母はカレンと省略して呼んでいる。

だから前世の名と大した変わりはない。ちょっとだけ洋風色が強くなっただけだ。


そしてフルネームは、カレンスフィーナ・フォン・ヴィノーラント。というらしい。

少し覚えにくいが、自分の名前なので自然と頭に入った。

そして父は、爵位を持った貴族だった。

カレンは驚いたことに貴族のお嬢様としてこの世界に生を受けてしまったようだ。正直、初日にあの部屋の内装を見てからこれはかなりのお金持ちかもしれないとは思っていたが、まさか貴族だったとは驚いたものだ。


だがそのおかげで、この一年間は手厚く育てられてきた。

母のルシールは子育てを乳母に任せることもなく、自分の母乳で育ててくれたし、眠る時もいつも同じベッドで眠ってくれる。

父のライルは少しでも暇があれば仕事を抜け出してカレンに会いに来るほどの溺愛っぷりだ。二人ともカレンの事を愛してくれている。それがとても新鮮だったが、だからこそ両親の事はカレンも愛していると胸を張って言えるだろう。



少し前からやっと歩けるようになったカレンのもっぱらの趣味は、

家の中を散歩することである。

家といっても馬鹿にできないのが貴族というもので、

カレンが住んでいるのは大きなお屋敷だ。。

街から少し離れた位置にあり、四方を大きな庭と自然に囲まれたこの屋敷は【ベルフラット邸】というらしい。

 ちなみにすぐ傍に広がる街の名は【ハーリンツ】というらしいが、カレンはまだ一度も行ったことが無い。


この世界に貴族の娘として生を受けたということは、まえの人生のように政略結婚など、人生を縛られるような運命を押し付けられる可能性が非常に高い。

 だから、カレンはこうして幼少時から情報収集に励んでいるのだ。

 カレンはこの世界では早く自立する必要がある。絶対に前の人生のように箱入り娘として何の力も持たない人間に育つわけにはいかない。

 

 問題はどうやって自立するのか、だ。

 何か一芸に秀でていればその可能性は高まるとカレンは考えている。例えばよくあるファンタジー世界のように、剣士として力をつければ、騎士や勇者になれるかもしれない。

 そうなれば、もし貴族のしがらみに捕らわれていたとしても、何の力も持たない箱入り娘よりも大きな発言力を持てるだろう。

 そういった可能性を広げるために、カレンはこの世界についてもっと詳しく知る必要があった。


(さぁて、今日はどこを探索しようかな?)


お城の探索というのは思いのほか楽しいもので、カレンはうきうきした気分で1階の広い廊下をよたよたと歩いていた。

もっと早くに色々な場所を探索したい気持ちはあったのだが、さすがに四つん這いでしか移動できない子供から目を離すような親では無かったようで、両親が仕事でカレンにかまえない時は、城内で働いているメイドに面倒を見てもらっていた。


(メイド服は大好きだけどさすがにあのお婆さんには萌えないな。今日はあのメイドさんが忙しいみたいだから自由なんだよねー。)


城内で雇われているメイドは全員で十人ほどいる。その中でカレンの世話を任されているのが、一番のベテランお婆さんメイドのアダニスなのだ。

彼女はどんな仕事でも完璧に遂行するような性格なので、御守を任されている時は抜け出す隙もない。だから今日は三日ぶりの城内探索だ。


(るんるんらんらん。おっ、向こうからなんかいい匂いするなぁ。行ってみよう。)


仄かに香る甘い匂いの先には厨房と思わしき部屋があった。

カレンは僅かに開かれたままになっている扉から中を覗き込んだ。中では若いメイドが二人で料理を作っている。


(こんなところに居たのねメイドさん。ぐふふ、じゃあ早速スカートの中でも覗いちゃおうかしら、メイドさんはご主人様にエロい目に遭わされる運命なのよ。悪く思わないでね)


音を立てないように室内に忍び込み、カレンはよたよたとメイドさんに近づいた。しかし、頭の端に追いやられていた理性が、警鐘を鳴らす。


(おっと危ないところだった。見つかったら元の部屋に戻されちゃうんだった。それにしてもいい匂いだな、これは、もしかしてアップルパイ?)


転生してからというものの、ミルクか味の薄いどろどろの離乳食しか口にしていないカレンには少々刺激が強かったようて、自然と唾液が分泌される。


(じゅるり……ああ、美味しそうだな。ん? あのメイドさん何してるんだろ?)


パイを焼いている竈の他に、もう一つ使っていない竈がある。一人のメイドがその前にしゃがみ込んで、薪に向かって手を翳していた。


(冷え性なのかな? もう、言ってくれれば私が温めてあげるのに、むふふ。あれ? でもよく見たら火がついてないぞ)


「〈ファイア〉」


メイドがそう言うと、手の平からゴルフボールくらいの火の玉が飛び出し、薪がメラメラと燃え上がった。


「えっ!?」


(何ですか今の!? 魔法? 魔法で間違いないよね!?)


この世界に来た理由の一つとも言える存在。この世界に転生して初めて目にした魔法に、カレンは舞い上がる。


「あら? お嬢様。こんなところで何をしているんですか?」


(あ、見つかっちゃった……)


「ほんとだ。お嬢様がいるじゃん。うわー、可愛いー。抱っこしてもいいかな? いいよねー」


魔法を使っていた黒髪のお淑やかそうなメイドの声に反応し、

近寄ってきたもう一人の赤髪のメイドがカレンを抱っこした。


「うわー。頬っぺたぷにぷにー。もう、食べちゃいたい!」


(元気なメイドさんだな。顔は素朴だけど凄く愛嬌があって可愛らしいですねお嬢さん。どうぞ食べてくださいな、今晩は親、帰って来ないんだ)


「ハンナさん。お嬢様に失礼ですよ?」

「そんな固い事言わないの、ほらお嬢様も喜んでるし、あはははくすぐったいってー」


カレンは子供という肩書を利用して、素朴な顔とはギャップのある胸に顔を埋めて両手でもみしだいた。


(ほぉら。ここが良いんでしょう? メイドさん)


「もう。ここは私がやっておきますから、ハンナさんはお嬢様を部屋まで連れて行ってもらえますか?」

「オッケー。じゃあ行こうか、お嬢様」

「みゃ!」

「うふふ。かーわいー!」


上機嫌で了承したアンナは、カレンを抱いたまま厨房を出て、廊下を歩く。

カレンはその腕の中で、さっき見た光景を思い出していた。


(それにしても魔法か……まさか本当に存在したとは、これは物にしないわけにはいかないな。でも魔法なんてどうやって覚えたらいいんだろ?)


(まぁそれはおいおい考えていくしかないか。私の理想、自由な異世界ライフを送るためには魔法の習得は必ず役に立つ、そんな気がする。絶対に習得してやるぞ)


次の人生こそ自由気ままに暮らしていくと心に誓っていたカレン。

その決意をさらに燃やすことになった魔法という存在。


(私は次こそこの世界でやりたいことを我慢せずに、自由奔放に生きていくんだ!)


改めてカレンはそう心の中で決意表明をしたのだった。

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