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第1話 行き遅れ女神ラフィーア様

瞼を持ち上げるとそこは見知らぬ空間だった。

何でできているのかさっぱりわからない黒っぽい壁と天井に囲まれた立方体の部屋。

可憐は冷たさを感じない床に横向きに寝転がっていた。

自分がどんな状況に陥っているのかわからなかった。

そこで、可憐はふと目覚める前の最後の記憶を思い出す。


(たしかさっき刺されたんだよね? ということはここは天国かな?)


どう考えても病院だということは無いだろう。

そう直観で思った可憐はなんとなくそう結論づけた。


(死んだっていうのに、あんまり悲しいとか思わないな。まあ死ぬ瞬間に悔いも無かったし、私にしては上出来な最期だったよね)


腹部に手を当ててみると、傷口が無くなっている。

おまけに服に空いていた穴も塞がっているようだ。


やっぱりここは天国のようだ。

でも可憐が想像していた天国とはかなり雰囲気が違っている。

本当に何もない寂しい空間だ。

ここで、永遠に朽ちることなく閉じ込められるのだとしたら、

ここはきっと天国では無くて地獄に違いない。


(でも私悪いことなんてしてないと思うんだけど。

 うーん、やっぱり心当たり無いし……あ、

 もしかして虫を殺したとか家畜を食べたとか

 そんな理由で地獄行きになちゃったりするのかな?

 もしそうだとしたら人間に生まれた時点で詰んでるじゃん)


可憐はそんなことを考えながら、ゆっくりと体を起こした。

立ち上がってみて身体を捻ったり跳ねたりしてみるが、

生前と特に変わったところは無いようだ。


(どうしよ。とりあえず探索してみたり? 

 といってももう端まで見えてるんだよね。

 それとも隠し扉とかあったりする?)


 可憐はとりあえずこの空間を一周してみようと試みて、

 一番近い壁に近づこうとした。

 その時、後ろで何かが光輝くのを目の端で捕らえた可憐は、咄嗟に背後を振り返った。


 黄金の光の粒がこの立方体の空間の中心に集まり、何かを形作っていく。

 だんだんとその原型が姿を現し、光の粒が人の形になっていくのがわかった。

 可憐は目の前で起こっている不思議現象に目を奪われ、呆然と立ち尽くしている。


 そして完全に人の形となったそれは、絶世の美少女だった。

 風に舞うようにふわふわと広がった流れるような銀髪。

 同じく銀色の瞳が光を反射して煌いている。

 長い睫毛も形の良い眉毛もすべて銀髪だ。

 神々しいほどの純白のドレスからはみ出た

 人間離れした綺麗な白い肌には当然染み一つ見られない。


 地面から数センチを浮遊していた美少女が床にふらりと着地する。

 水の中に入っているかのように揺れていたドレスと銀髪も急に重力が

 戻ったみたいにすとんと落ちた。

 そして、時間を置いて現れた玉座のような豪華な

 装飾が施された銀色の椅子に美少女が腰かける。

 見せつけるように組まれた足が艶めかしく、可憐は胸の鼓動が速くなるのを感じた。


「ようこそ転生の間へ」

「め、女神様!」


 微笑を浮かべた女神のような美少女。

 しかもどことなく、自分が丹精を込めて育て上げた。ゲームのアバターに似ている。

 可憐は自分の目の前に降臨した絶世の美少女に、欲望を抑えきれずにそう声に出しながらじりじりと詰め寄った。


 

「そう、私は女神。女神ラフィーア。

 でも黙りなさい下賤な男がこの場で発言することは許しません。ちょ、ちょっと寄らないで! 待て! お座り! 言うことを聞きなさい! そう、そうよそのままじっとしていなさい。さもないとひどい目に遭わせるわよ」


 ちょっと息切れ気味の女神ラフィーア様が、ギロリと可憐を睨みつけている。


(怒らせちゃった。ひどい事ってなんだろう。ちょっと興奮するな……

というかもっと近くで美少女を拝みたかっただけなのに、

あわよくばあんな事やこんな事をしようと思ってはいたけどさ……

だって女神様だよ? たとえ天罰が下ったとしても私は後悔なんてしない。絶対にだ!)


 可憐は自分の欲望のままに行動することに味を占めたのか、理性のリミッターがゆるゆるになってしまったようだ。

 ともあれあれだけ嫌がられれば可憐だって、無理やり近寄ったりはしない。

 可憐は捨てられた子犬のような顔をしながら正座していた。


「はぁ、これだから男は、イケメンだからって根は一緒じゃない……私を見るなり毎回毎回毎回毎回欲情して!! ああ! なんで私がこんな仕事しなくちゃいけないのよ!! 同期はみんな旦那見つけて主婦やってるっていうのに私はいつまでこんな雑用押し付けられないといけないの!?」


三十過ぎのOLみたいな表情で、女神ラフィーアは頭をくしゃくしゃに搔きむしる。その様子は鬼気迫るものがあって、可憐は女神ラフィーアに同情のようなものが芽生えた。


(ああ、荒れてるなこの女神様。そっか天界?にも色々あるんだな……ちょっと同情しちゃった。そうだよね、苦労なんてどこの世界にも付き物だよね)


 可憐も生前は苦労したものだ。

 お金にこそ困らなかった人生だったが、

 それ以外は何も無いといっても大げさでははなかっただろう。

 兄達には召使のようにこきつかわれ、

 父はいつも可憐の意思など考えない。


 そんな記憶を思い出すと、

 何故だか可憐の瞳から熱いものが一筋流れ出ていた。

 たぶん、やっとあの家から解放されたのだと実感できたからだろう。


「なによ、私に同情しているの? 男の同情なんて必要ないわ。貴方たちがいつも獣のような顔をして私に迫るから、そのせいで私は男嫌いになったんだからね! それが無かったらこの私が行き遅れるなんてありえなかったんだから!!」


 鼻を啜りながら半泣きで女神ラフィーアは可憐に怒りをぶつける。可憐は女神ラフィーアにますます親近感を覚えた。

 男が苦手なのにおっさんと結婚させられそうになった自分と、結婚したいのに男嫌いになってしまった女神ラフィーア。二人の境遇は似通っていた。


「あの、一つ訂正いいですか?」

「なによ! 喋るなって言ってるでしょ!? でも一言だけならいいわよ」


 女神ラフィーアはまた声を張り上げたが、一言だけならいいらしい。

 さすが、女神様は心が広いようだ。


「えっと、私、女なんですけど……」

「え?」


 可憐の言葉に、女神ラフィーアは固まってしまった。

 そしていきなり素早く動き出して空中に手を延ばすと、

 何も無い空間に手をつっこんだ。腕を引くと、

 書類のようなものを手に持っていた。

 手首から先が消えているところをみると、

 あれは恐らく別次元に繋がった穴だったのだろう。

 ラノベとかゲームによくあるやつだ。


 女神ラフィーアは書類をぺらぺらとめくると、

 すぐにお目当てのページがあったようで手を止めて瞳を左から右へ往復させる。


「髪型が全然違うじゃない。 でも、たしか写真は一年更新だったっけ……? あ、本当だわ。女って書いてある。えへへ、ごめんね。ラフィーアちゃん勘違いしちゃった、てへっ」


ぶつぶつと口を動かしたあと、

女神ラフィーアは舌をぺろりと出して拳で頭をこつんと叩いた。


(うむ、可愛いから許す! 可愛いは正義なのだ!)


「誤解が解けてよかったです」


 心の声を表に出さずに、可憐は首をかしげて微笑んだ。



―――――



「へぇ。可憐さんも男の人苦手なんだぁ」

「はい、私もあまりいい思い出が無くてですね」


 可憐と女神ラフィーアはすっかり打ち解けて、

 転生の間で話に花を咲かせていた。

 同じような境遇が二人の距離を埋めるいいきっかけになったようだ。

 とはいっても、可憐が女の子が好きだということはもちろん隠している。

 せっかく仲良くなれたのにそんなことがバレてしまえば、

 気持ち悪がられるに違いないと可憐は思っていた。


「それにしても、すごく顔が綺麗よね可憐さん。髪を伸ばしていたら凛とした雰囲気がもっと増すんでしょうね。こっちの髪型もすごく似合っているけれど」

「そうですか? そんなこと初めて言われました。こんなに美しいラフィーア様にそう言ってもらえて光栄です」

「やだもう、美しいだなんて!」


 女神ラフィーアは、頬に手を当てながら空いた方の手で

 可憐の背中をバシバシと叩いた。

 おばさんみたいな反応する女神だな、と可憐は思った。


(ラフィーアさん結構ちょろそうだな、もしかしてワンチャンあったりする? 

おっと危ない、涎が出るところだった。まずはさりげなくアプローチしてみるか)


「それにしても、男みたいな格好してるわよね。

似合ってるからいいんだけど、ちょ、ちょっと!?」


いきなり女神ラフィーアが顔を赤く染めて、過剰な反応を見せた。


(あれ? さりげなくアプローチしてみたんだけど駄目だった? んーこういう経験無いから難しいな。もしかしてドレスの裾から手を入れるのはやりすぎだったたかな?)


「ちょ、どうしたの? 可憐さん、そ、そこは……きゃん」


すべすべの太ももに手を滑らせると、

女神ラフィーアは耳まで真っ赤にして可愛らしい声で鳴いた。

その声のせいで可憐の理性の壁は崩壊してしまう。


「ラフィーアさん……」

「可憐さん……やめっ、んっ」


 可憐は生前に生まれて初めて欲望のままに

 行動した生前の出来事を思い出していた。

 そう、この感情、高揚感。忘れられないこの感覚。

 可憐は思っていた以上にこの感情の虜になっていたらしい。

 

そしてドレスをはだけさせた女神ラフィーアの唇を奪おうと、

床に押し倒し、顔を近づけたその時。


プルプルプルプル


玉座の方から何か音が聞こえてきた。

突然のことに、可憐も意識をその音に奪われる。


「あ、携帯が、出ないと……」


女神ラフィーアは可憐の腕の下からするりと抜け出すと、

 乱れたドレスを整えながら玉座の前でスマホに似た何かを耳に当てた。


(くそぅ。なんだよ、このお約束の展開は! というか携帯ってなんだ? なんでそんな夢の無い物持ってるんだよ)


「お疲れ様です、ラフィーアです。あ、はい。ゼウス様。はい、はい、はい、申し訳ありません。はい、承知しました。はい、それでは、はい」


 頭を幾度となくぺこぺこと下げながら

 誰かと会話をする女神ラフィーアを見て、可憐はやっぱり女神様にも色々あるんだな、

 としみじみと思った。


「はぁ……」


 一気に老け込んだ顔になった女神ラフィーアは疲れたように玉座に腰を下ろした。ため息を吐いて肘置きに腕を置き、顎を手に乗せるその姿は上司に嫌味を言われたOLのようだった。


「どうかしたんですか?」

「後ろが詰まっているみたいだから、早く仕事を片付けろですって……いつも口だけ出して何もしないくせにあのじじい」


 さっき話し込んでいた時に訊いた話だと、ここは転生の間といって、死者の魂を次の肉体へと転生させるための窓口のような役割を担っているらしい。察するに、可憐の次にここに来るはずの死者達の魂が順番を待っているといったところだろう。


(ああ、もうラフィーアさんとはお別れなのか、残念だな)


きっと可憐はこの部屋を出てしまえば、次の人生を歩むことになるのだ。


「ラフィーアさん。じゃあそろそろお願いします。怒られてしまったのは私のせいなんですよね。ごめんなさい」


 可憐は恐らく可憐と話し込んでいたせいで上司に怒られた。

 女神ラフィーアに向かってぺこりと頭を下げた。


「いえ、可憐さんは悪くないわ。私も久々に楽しくお喋りできて楽しかったから……それに……」


 女神ラフィーアはそう言って微笑んだあと、

 ほんのりと頬を赤く染めて声をしぼませていった。


「そうですか、ならよかったです」

「え、ええ。えっと、可憐さんは最期に人を救って亡くなられたんですね。それなら次の人生は平和な日本で、裕福な家庭に転生させてあげましょう」


 資料をぱらぱらとめくると、女神ラフィーアは笑顔でそう言った。

 だが、可憐はその台詞に顔が強張るのを感じた。

 それではまた前の人生と同じ繰り返しになってしまうかもしれない。

 確率的には低いだろう。その条件でも幸せな家庭はいくらでも存在しているはずだ。

 でも、可憐は生理的にその条件を受け付けることができなかった。


「できれば他の条件でお願いしたいんですけど……」

「え? でも、その条件以上の物は無いわよ? 他の世界は危険だし、あなたが居た世界ならお金が幸福度のほとんどを占めているんだけれど」


 可憐は今とんでもない情報を訊いたような気がした。

 聞き間違いじゃなければ今ラフィーアは他の世界という言葉を発したはずだ。

 これは確かめなければならない。


「ラフィーアさん、いま他の世界って言いましたか?」

「ええ、言ったわよ。でも別の世界はモンスターとかがたくさんいて危険だから、可憐さんみたいに立派な最期を迎えた人は送ったりしないから安心して」

「もしかして、その世界には魔術とかケモ耳とかエルフとかいたりしますか?」

「そりゃ、異世界には魔術はあるし、獣人種も亜人種もいるけれど……」

「じゃあその世界で!」

「え?」

「その世界に転生させて下さい! お願いします!」


(よっしゃキタコレ! 実はちょっとだけこういう展開を期待してました。ケモ耳、エルフ耳をぺろぺろしたいとずっと前から思ってたんです!)


 可憐はその場に頭を擦り付けた。

 生まれて初めて、いや死んでるから正確には違うけれど、

 可憐はファースト土下座を女神ラフィーアに捧げていた。


「そ、そこまで言うのなら構わないけれど、本当にいいの?」

「はい! 構いません!」

「さすがに、それだけじゃあ引け目を感じるから何か転生時に希望は無い? さっき言ったように裕福な家庭だとかそういうの」

「じゃあ、ごく普通の一般家庭に転生させてください。あとできれば男に転生して、美少女の幼馴染と妹を希望します」

「わ、わかったけれど、マジ?」

「マジです!」

「マジですか……」


(ここまでお膳立てすればきっと次の人生は楽しい物になるだろう。転生後の私、次こそはきっと自由気ままに楽しく暮らすんだよ)


「その設定でどうぞよろしくお願いします!! では最後に失礼して……」

「きゃっ!」


 可憐は女神ラフィーアに歩み寄ると、ぎゅっと抱きめ、

 ふわふわの銀髪に鼻を埋めて匂いを嗅ぐ。

 これでやるべきことは全部やった。

 

 (女神様! マジ感謝です!) 


――――――


(もう、いきなりこんな大胆なことして、何なのよこの子は……でも、あれ、なんだろうこの気持ち……)


 女神ラフィーアは可憐に熱い抱擁をされて、

 久しく無かった胸の奥に熱いものが込み上げてくる来るのを感じた。

 この少女を自分のものにしたい。

 そんな欲望が女神ラフィーアの心を染め上げていく。


(でも駄目よ。私は女神で、この子は下界人。決して結ばれることはないわ。しかもこの子は男に転生して、あの危険な世界で暮らすのよ。きっと長生きはできないし、男になったこの子を私はきっと嫌いになる)


 自分の気持ちをどうにか押さえつけて、

 女神ラフィーアは自分に抱きついたままの可憐を転生させようと、

 彼女の身体に手をかざそうとしたその刹那。

 女神ラフィーアの脳内に一つのアイデアが浮かんだ。


(ん? でもそんな条件私が呑む必要なんてあるのかしら? これは単なる私の善意なのだし、少しくらい違ってても文句を言われる筋合いはないわよね? でも、天界人と下界人が結ばれることなんて……あ!)


(神になった異世界人……たしか神の領域に足を踏み入れた人間が天界に受け入れられた例があったはず。なら――この子も神の領域に達することができれば……)


(この子と私は結ばれる――)


女神は静かに笑い、その小さな血色の良い唇をぐにゃりと歪めた。


―――――


「では、転生してもお元気で、可憐さん……」

「…………」


耳元で優しく囁かれた女神ラフィーアの言葉を合図に、

可憐はゆっくりと頷き、瞼を下ろした。


そして身体が温かな光となって消えていく。可憐はそれを見なくても感じることができた。やがて、瞼の裏を写していた視界が真っ白になって、可憐の意識が遠のいていった。


「では可憐さん……またお会いしましょう……」


最後にそんな言葉が聞こえた気がしたが、

そう思った時にはもう可憐の意識は完全に光となって消えていた。

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