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 進み出た陽太に視線を向けたのは、シャムルだった。サラード・ランはシャムルの黒髪を三つ編みにして遊んでいる。

 できるだけ親しみやすい笑顔を浮かべながら、陽太はシャムルに深くお辞儀をした。

「初めまして。僕は日村陽太と言います。サラード・ランを呼び出すはずが、手違いで呼び出された異世界人です。カリンさんの家にお世話になっています」

 シャムルは呆れたように息を吐き、額に手を当てると、陽太に向き直った。

「とばっちりを食らわせて、悪いことをした」

「いえ、問題ないです。カリンさんに出会えたことは、僕の人生で最高のことですから。ご報告が今になりましたが、僕はカリンさんとお付き合いをさせていただいています」

 シャムルに不安げな視線を向けていたカリンが、ものすごい勢いで振り向いた。美少女の顔には何重もの「?」マークが浮かんでいる。シャムルは「ほう」と目を細めた。

 陽太は胸に手を当て、微笑んだ。

「カリンさんは素晴らしい猫で、見ず知らずの僕に衣食住のすべてを与えてくれました。見た目は可愛いし、性格は優しいし、皆にも好かれていて。ちょっともう、これ以上の猫、いや人、いや生き物はこの世にいないんじゃないかと思っています」

 顔をひきつらせたカリンが視界の端に写る。なんの罠か、と言ってそうな顔だ。

 と、サラード・ランが割って入ってきた。

「ちょっと待て、どこの誰より、シャムルの方がずっといい女だぞ! 美人だし気は強いし男気がある! 俺の妻になる女だ!」

 子供っぽく頬を膨らませる様子は、小学生の弟を想わせた。

 陽太はわざとらしいかと思いつつ、首を傾げる。

「へえ。では本当に、あなたは彼女と結婚するのですね?」

「話を聞いていなかったのか。もちろんだ。シャムル、檻の中なら、おはようからおやすみまで、ずっと一緒だよ!」

 腰に手を当ててふんぞり返る美形に、陽太は心の中でにやりと笑った。

「では、あなたがシャムルさんと夫婦として共に暮らす場合に、あなたにも役割が発生することを知っていますか?」

「役割?」

 サラード・ランは不思議そうに長いまつ毛を瞬かせる。

 陽太は沈痛な面持ちで、あくまで親切そうに言い聞かせる。

「はい。夫は金を稼ぎ、食べ物を確保し、洗濯、掃除、庭の草むしり、薪割、風呂焚き、家畜の世話などの家事を毎日こなさなければなりません。朝は日が昇る前に起き、寝るのは毎日深夜です」

 銀髪の青年は想像したのか、顔を顰めた。

「では妻は何をするというのだ」

「女性にしか子供は産めません。そのために、我々男は身を粉にして、女性が快適に生きるために、彼女達の下僕となって働くのです」

 もっともらしく「僕も将来はそうします」と誓う。

 サラード・ランが顔をしかめた。陽太の言うことをまともに受け取ったのだ。

 普通に考えればおかしな話だ。だが、彼はそれに気づかない。教えてくれる人がいないからだ。

 好きな人を幸せにする方法も、彼は自分の価値基準で決めてしまう。それなら今日は、結婚生活=檻とは、あながち間違った解釈の仕方ではないと教えてやろう。自分の頭と口先だけで文明を発展させてきた、人間の知恵をくらえ。

「……そんな生き方は、俺は拒否する。第一、俺は誰かのために早起きとか、世話とか、したくない」

 サラード・ランは、つんとそっぽを向いた。

「へえ。シャムルさん、こんな旦那さんでいいんですか?」

 困ったような声音でシャムルを見る。

 察しのいい英雄は渋面を作り、首を振った。

「絶対に嫌だ、というより困るな。妻として、夫が身を粉にして働いてくれるほどの魅力がないのかと不安になるし、喧嘩も絶えなくなるだろう。外聞も悪いし」

「よ、世の中の男すべてがそんな生き方をしているわけではないだろう!」

「いやいや、僕があなたに嘘をつく理由はないですよ。ガイアードのご夫婦、僕の話は間違っていますか?」

 地団駄を踏むサラード・ランから二匹のガイアードに視線を移すと、雄が簡潔に答えた。

「私は獣だがこの命、妻に尽くすためにある」

 さすが妻のために猫を攫っていた男。愛情が半端ない。

 村長を言いくるめた陽太に感謝しているような視線を向けてくるので水を向けてみたが、見事に空気を読んでくれた。凶暴さより知能の高さを褒めてやってほしい。

 サラード・ランは助けを求めるように周囲を見回した。しかし、味方は現れない。

 サラード・ランがシャムルと結婚すれば村に住むかもしれない。ガイアードを受け入れるだけでも大変な決断だったのに、気分屋で我儘で厄介な力を持つサラード・ランが村の仲間に加わるとなると、最悪だ。

「ちくしょう! さすがの俺も、太陽を遅く沈めて遅く昇らせるなんて、できない!」

 サラード・ランは悔しそうに叫んだ。

 問題は早寝早起きなのか、と突っ込んだのは、陽太だけだったのだろうか。それ以外はどうにかなるのか。

 目に涙を浮かべて、サラード・ランはシャムルの両手を取った。

「すまない、シャムル。君のことは大好きだけど、俺は夫としてまだまだだ。いつか太陽さえも操れる術を身に付けたら、また会おう」

「お前は飽きっぽいだろう、無理するな」

 お前にもできないことがあるってわかってほっとしたよ。

 棒読みで生暖かく微笑むシャムルに、サラード・ランは感極まったように頷いて、いきなりその場から消えた。

 来た時と同様、瞬きをした一瞬。

 目を開けると、その場には青年の髪の毛一本もなくなっていた。

「……いなくなった……?」

 誰かのこわごわとした呟き声が洞窟に吸い込まれる。

 一瞬後、猫達の歓声が上がった。

 

 空に太陽が戻ったこと。英雄が戻って来たこと。サラード・ランが消えたこと。

 オルゾン村の盛大な祭りは、昼夜構わず一週間続いた。

次が最終話です。

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