ラミュータの森で
『出会いの鈴』→『出逢いの鈴』に変更しました。
よろしくお願いします。
学校から帰宅し、ついこの間作った唐揚げに対抗して母親が作ったチキン南蛮を食べてからベッドに倒れこむ。
少しぼーっとした後に、やっていない課題が無いかを確認して鉄環の天使Ⅳを頭にかぶった。
「ダイブ、AWL」
一瞬の浮遊感の後に宿屋のベットで目覚める。
由梨菜は今日ダイブが少し遅れるそうなので、アイテムの整理をしたりクエストの情報を調べたりして待つことにした。
ローウルフの毛皮、ローウルフの爪、ボールシットの翼。
平行して開いた検索ウィンドウで、ラミュータのお使いクエストで使えそうなアイテムを調べピックアップしていく。
「ええと、"本革職人はボタンが欲しい"でローウルフの爪。"羽の折れたサキュバス"でボールシットの翼。"お金持ちの乞食"でローウルフの毛皮が必要、と」
他にもある採集アイテムをあらかた調べ、ついでに食料もあるか調べる。
食料というのは、お祭りの屋台でもあったようにAWLでも食べることができる。
だが、それはプレイ時間に応じてお腹が減るのを一時的に解消する為という目的のもと設定されたいわば娯楽アイテムだ。
美味しいものを食べられ、擬似的に満腹感を味わえる。
ちなみに、安全のために本当の空腹の感触とは違う感じになっている。
その感覚を具体的に説明するのは難しいが、そうでもしないと何かしら悪影響がでるのかもしれない。
そんなことをつらつらと考えていると、宿屋の今座っているベッドの隣のベッドにポリゴンが集まり始めた。
ゆっくりと形を作っていき、パリンっという音ともに弾けるとそこにはハクアのアバターが生成されている。
ハクアは周りを見渡してから体を起こし、俺を見つけた。
「遅れました、先輩。こんばんはです」
「こんばんは。遅れるのは聞いてたし、整理できたから大丈夫だよ」
「そうですか。それなら良かったです」
由梨菜は、俺がもう少しで整理が終わることを伝えると装備を設定しはじめていた。
美麗な白銀と僅かの黄金でできた鎧。
昨日みたいな和服もすごく似合うが、こういった洋装も似合うのはすごい。
武器も似た意匠となっている。
「さて、行けそうか?」
「はい。今日はどうするんです?」
「簡単にこなせる街の収集系クエストのクリアと討伐系クエストのクリア……と、いきたかったんだけど一つ重要な事に気がついたからそちらを優先していこうと思う」
クエストの概要を見ながらアイテムを確認したときに気がついたある重大なこと。
RPG系ゲームをやったことのある人なら、誰もが経験したことがあるであろう事態。
「経験値あげついでにアイテム収集だな。アイテム足らねぇ」
妖怪一足りないにとり憑かれたらしい。
各種アイテムがほんの少しずつ足らなかった。
◇ ◇ ◇
いつも通り、宿屋から出て『出逢いの鈴』を使う。
アイテムストレージに戻し、数秒待ってユリナが来るのを待った。
「こんにちはです、先輩っ! 本日もお願いしますっ」
「こんにちは。今日はモンスターを狩っていくよ。装備の耐久値は大丈夫そう?」
「バッチリです!」
リアルでは夜だが、AWLでは今がお昼過ぎ。
よし、なら準備万端。
街の近くの森に向かう。
ラミュータの森は、第一の街のブレアイーストとは違って道が少し荒い。
ユリナと由梨菜に手を貸してサポートをしつつ、ゆっくりと道を進んでいく。
「さて、この辺でいいかな。お昼だし、ボールシットは出現しないからその他のモンスターの素材を集めつつ経験値ためようか」
「ボールシットはコウモリですし、仕方ないですね。コロコロしてて可愛いんですが……」
ユリナがそう続けた。
たしかに、ふわふわの毛が生えていて羽と顔のあるボールみたいな感じではあるけどそこまで愛着を持ってるとは思わなかった。
お祭りの屋台の景品でレッドホットベアの着ぐるみ手袋を貰っていたし、毛がふさふさなのが好きなのだろう。
「──来ます。恐らくですが、ハウンドドックが五匹ですね」
「了解。何匹か引き付けるの頼んでいい?」
「もちろんです」
由梨菜が頼り強く答えた。
ハウンドドックというのは、AWLの森や荒れ地フィールドにでる犬型のモンスターだ。
ローウルフより牙も図体も小さいが一度にくる数が多い。
そうユリナに簡単に説明をしている間にハウンドドックがこちらにたどり着いた。
「"ソウルヘイト"。先輩、三匹引き付けたので残りの二匹お願いします」
「了解! いくよユリナ、できるだけサポートはするから一匹受け持ちお願い」
「わかりましたっ」
ソウルヘイトは相手の注意をひくスキルだ。
ターゲットして発動可能な代わりに、相手よりレベルが二十は高くないとまず成功しない。
まあ由梨菜は既にレベル102。全く問題ない。
目の前のハウンドドックに軽く剣を当て、一匹のターゲットになる。
ユリナも同様に一匹を引き付けていた。
数分もしないうちに俺もユリナもハウンドドックを倒す。
そして、由梨菜が一人で抑えている三匹のうち一匹ずつを新たに引き付けて同じように処理をした。
それを繰り返すようにして狩り続け、気がつくと一時間が経過していた。
「どのくらい素材は集まりました?」
「クエストクリアすると少し余るくらいだな。充分だ。なんか拾い物もあったしな」
俺もユリナもレベルが上がり、スキルの練度も上がった。
素材ももちろん集まり、目的はしっかりと果たせただろう。
ついでに落ちてた騎士剣を見つけて拾い上げたくらいだ。
一時間も集中して動いたため、空腹状態になった。
持ってきた食べ物を出そうとしたら、その前に由梨菜がストレージからバケットを取り出していたので少し待つ。
「その、空いた時間に作ってみました。サンドイッチです」
バケットに綺麗にサンドイッチが並んでいる。
どれも新鮮な野菜が見え、食欲がそそられる見た目だ。
「食べていいか?」
「どうぞ。いただきます」
三人で同時に口をつける。
うーむ、自分は料理をそれなりにしてきたつもりだったがやはりこれはそれ以上だ。
由梨菜の料理の手腕は、ゲーム内でも変わらないようだった。
◇ ◇ ◇
少し柔らかめの草の上で飲み物を飲みながら休む。
バケットの中のサンドイッチは既に全員の腹に収まっていた。
「さてさて、帰りますか?」
「そうですね。次は討伐系クエストを受けてから来ることになります」
「疲れましたぁ~」
街に向かって歩き始める。
もちろんその道中にも何体かモンスターは襲ってくるのだが、空腹でなくなったお陰でさらに良い連携をしながら難なく撃退をした。
街の高い建物が見えるようになった頃。
どことなくざわざわとしているのが聞こえた。
しかも、どうやらざわざわしているのはプレイヤーではなくNPCのようだ。
森のそこかしこから何かを探すような声が聞こえる。
首を捻りながら進むと、道を塞ぐようにして二人の長槍をもった騎士が立っていた。
そして、その後ろには銀髪をポニーテールに纏めた女性騎士が立っている。
「そこの三人、止まれ!」
「一つ聞きたいことがある!」
見たことのないイベントだ。
今まで、ラミュータでこんな事態にあったことはない。
頭に疑問符を浮かべながら一応立ち止まる。
「お主ら、森の方から来たな? そこで何か見なかったか?」
「何か、とは?」
「我々騎士の仲間や、騎士の物だとわかる物をだ」
長槍騎士の後ろから銀髪の女性騎士が質問をしてきた。
目はキツめ、どうやら嘘がないかを確認しているようだ。
「俺たちはモンスターを狩っていただけだし、その辺の物は何も見てないな」
「……先輩、騎士剣拾ってませんでした?」
「前言撤回。拾ってました」
言われて思い出した。
前までに経験していないクエストだし、一時間も狩りをしたあとだったからすっかり忘れていた。
「拾った? すまないが、少し見せてもらっても良いだろうか」
「わかりました。ええと、これです。この騎士剣が落ちてたので拾いましたね」
アイテムストレージから騎士剣をアイテム化。
それを手前にいる長槍騎士に渡す。
「それ以外は見ていないですね。それであってます?」
「ああ。これは確かに私たちの使用している剣だな」
長槍騎士にその剣を手渡された女性騎士が検分をする。
どうやらこの女性騎士は上の方の階級らしい。
「……すまないが、一つ頼み事をしたい。とりあえず、私をこの剣を拾った所まで案内してくれないだろうか?」
女性騎士の頭に赤いマーカーが点灯した。
イベントの重要NPCの目印だ。
そして、視界の端の邪魔にならないような位置にウィンドウが開く。
そこには、"消えた騎士団員をさがせ!"と表示されていた。
由梨菜と視線を交わしてお互いの意向を探る。
俺としては、特に急く用事もないのでこのまま受けるつもりなのだが。
由梨菜は、先輩にお任せします、とアイコンタクトで返してきた。
「わかりました、お受けします」
「本当か!」
──消えた騎士団員をさがせ! を受理しました。クエストを開始します。
視界の端のウィンドウにそう表示された。
目の前の女性騎士が銀髪を揺らして喜んでいるのを見て、選択が恐らく正解だったと感じた。
「──ところで、君の後ろにいる方に見覚えがある気がするのだが、良ければ名前を教えていただけないだろうか?」
「ひゃいっ!? ユ、ユリナです」
「ユリナ、ユリナか。どこかで聞いた気のする名だな。さて、どこだったか……」
俺と由梨菜の後ろにいたユリナは、なぜかすごくテンパっていた。