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VRMMOでリアル恋愛を模索してみる。  作者: 棗 御月
最終章 やがて二人は
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最終話・これから二人で歩く道



 レストランから出て、歩くこと十五分。

 いくつかの裏路地のようなところも通り、少しずつ道から外れながら歩いて行った。そして、小高い丘を登るようにして、曲がりくねった道路を登っていく。繁華街のメインストリートから離れたからか、人通りは極端に少なくなっていった。

 目的の場所は、いくつかの小さな階段や坂を通って、ようやく登り切ったその先。


「わぁ……!」


「ここ、いいとこでしょ? 綺麗な景色なのに穴場なんだ」


 視界に広がるのは、今日歩いた綺麗な街並み。お洒落街を見渡すことができて、それでいて星も綺麗に見える小さな丘上の公園が今日の最後の目的地だ。

 少し高いところにあるからか、遊具は全部丘の中心の方に集まっている。景色が良く見えるところは、遊具よりも街側に設置されたベンチだ。眼下でキラキラと揺らめく、電飾の色とりどりの光に目を奪われている由梨菜を座らせて、近くの自販機に走る。

 自販機は、公園の端に赤いものが一つポツンとあるだけ。その少ないラインナップの中から、温かいココアを選んでコインを投下。その動作を二回繰り返す。

 缶を二個掴んで、由梨菜の所に戻る。


「ほい」


「あ、ありがとうございます」


 由梨菜は右手だけ手袋を外して、プルタブを引っ張る。プシュリ、という音が重なって、わずかに聞こえる街の喧騒に溶けていく。

 それから少しの間、少し熱いココアを啜る音だけが響いた。ほぅ、と白い息を吐き出して、由梨菜にこえをかける。


「……今日一日、どうだった?」


「楽しかったです。あんまりこの繁華街に来ないというのもありますけど、友達と来るのとは全然違う感じでした」


 二人の間は、拳二個分ほどの距離。近そうで遠い、少し手を伸ばせば届きそうな、でもためらってしまう。もう少し詰めたいようで、でもこれ以上近づくのは怖くて。

 お互いの呼吸すら聞こえるせいで、由梨菜が小さく笑いをこぼすのさえ聞こえる。


「今思い出すと、服選びの時の先輩の顔は少し面白かったです。なんであんなに緊張していたんですか?」


「……女子の服なんて選んだことが無かったから、自分のセンスに自信が持てなかったんだよ」


 そこでまた一口ココアを啜る。なんで冬に温かいものを飲んだ時は、すぐに口の中が乾いた感じがするのだろうか。冬の夜に温かいココアは物凄く眠くなるけど、その辺はどうか。そんな、何でもないようなことすら話したくて。

 吹き付ける風に冷える顔とは裏腹に暴れだしそうな口をごまかすように、プラプラと足を揺らす。


「『Angel Frontier』はすごかったね。AWLも景色には力入っている方だと思うけど、そんなレベルじゃなかったと思う」


「ですね。少し変な表現かもですけど、何と言うか……天国みたいでした」


 どこを見ても優美な景色は、確かに天国とか天界という表現が正しいかもしれない。誰かが願った理想の世界をそのまま具現化したような夢景色。あのクオリティがもし家庭用で出るなら、衝動的に手を出す可能性が高いと思う。

 でも、きっとその時が来ても、1人だったら満足はできない気もする。一緒の景色を見て、一緒に笑える人がいなければ。


「夕ご飯のレストランも、すごくよかったです。ああいう感じの落ち着いた雰囲気が好きなので、堪能している間はずっと幸せでした。友達とだと、いつも派手なところばかりなので」


「特に加奈ちゃんはそういう所好きそうだもんね。スポーツセンターとかも平気な顔して行きそう」


「行きますよ。翌日の筋肉痛を除けばとっても楽しいです」


 そこまで話して、また二人の間をわずかな沈黙が包む。既に半分を切り、冷め始めたココアはわずかに膝を温めるだけだ。二人して色とりどりの景色の方を向いていながら、きっと景色とは違うものが見えていて。

 この静かな時間でさえも、全く苦じゃない。


「これからも、俺と一緒に同じ景色を見てほしい。隣で歩いてほしい。大好きだ」


「先輩……」


「由梨菜。俺と付き合ってくれ」


 こっちに顔を向けた由梨菜と視線が交錯する。真っ直ぐな、それでいて潤んだ瞳に飲み込まれそうになるのを耐えて、真正面から見つめ返した。由梨菜の手が固く握られた音さえ聞こえそうだ。わずかな身じろぎすら出来ない、もの凄く長く感じる時間が流れる。

 そして、ついに由梨菜が口を開いて。


「私も好きです。大好きですっ……!」


 感極まったような告白と、その声に弾かれるようにして近づく距離。拳二個分のすき間は、気が付けば埋まっていた。


「…………」


「んっ……」


 二人ともが衝動に身を任せて、唇を重ねる。

 寒いのと緊張で感触なんてほとんど分からない。それでも、目の前の少女への愛おしさは感じる。胸を満たしていく熱に身を委ね、そっと目を閉じて、そして。


「……ぷはっ……」


 十数秒の接触が終わり、お互いにぎこちなくなりながら相手を見る。

 こういう事をするのは初めてだったから、作法も、離し時も分からなかったのだ。目は開けるのか閉じるのか。リードはするべきなのか。そもそもリードってなんだ、初めてなのにどうやるんだ、と刹那脳裏に流れた不安は、実際にした時には消えていた。

 その感覚が、いざ終えてからぶり返してきたのだ。

 でも、それは由梨菜も同じだったようで。


「……その、変じゃなかったでしょうか。歯はぶつからなかったと思うんですけど……」


「えっと、大丈夫だったと思う……」


 本当に、少し前とは全く違う沈黙ばかりだ。そっと指を絡めて、静かに景色を見つめる。

 少しの間そうしていると、視界の端に白いものが映った。


「雪……?」


「ホワイトクリスマスですね。天気予報では、降るか五分五分だったはずですけど」


 その言葉でようやく思い出した。

 鞄を漁って、仲から綺麗に包装された小さな箱を取りだす。


「はい、メリークリスマス。開けてみて?」


「えっ、あ、ありがとうございます! ……わぁ、綺麗な髪飾り……」


 箱から取り出して、ゆっくりと全体を見ている。街の光と、雪で綺麗に照らされた青と紫の蝶の髪留めは、いっそう美しく見えた。


「でも、私プレゼント用意できてないです……」


「ああ、いいよ、それは。俺も今日用意したやつだし。どうしても気になるなら、後日でいいよ」


「では、後日でお願いします……」


 本当に申し訳なさそうにしているから、もう一度だけ気にしなくていいと言っておいた。そうしないと本当にずっと気にしそうだったから。

 由梨菜が髪留めを鞄にしまうのを待って、そっとその手を握る。雪も降ってきたし、これ以上はまたいつかの未来に先送りしよう。


「そろそろ、帰ろっか」


「はい、先輩」



◇ ◇ ◇



 時は数日過ぎ、一月一日。深夜に家族で行く近所の神社参拝が終わり、一度寝て、その後の朝十時。俺は少し離れた大きな神社へ電車で向かう。

 恐らく同じ目的の人たちですし詰め状態の電車をなんとか乗り継いでいって、少しまばらになった人の波に流されるように目的地へと歩いていく。その合間である店や屋台、ベンチで分かれていくからか、目的地にたどり着くころには割と通りやすくなっていた。

 大きな鳥居のある本殿から二階下の、少し広くなっている場所の端で人を待つ。目の前に広がるのは、様々なお御籤で一喜一憂する人たちの姿だ。

 子供たちが無邪気にはしゃぐ姿に和みながら時間をつぶしていると、下の階段から上がってくる人が目に入った。

 由梨菜だ。


「ごめんなさい、遅れてしまいましたか?」


「いや、時間より早いよ。人通りが多かったし大変じゃなかった?」


「人が多いときは大変でしたけど、途中からは普通に歩けました。大丈夫ですっ」


 煌びやかな白を基調とした着物。赤の大きな華が描かれている。手には小さな巾着、髪は割と派手な簪で留められていた。顔には軽く化粧がされていて、程よく赤く染められた唇が色っぽい。

 全体的に清楚で、それでいて大人な雰囲気も感じる装いだ。


「その着物、似合ってるね」


「あ、ありがとうございます。基本的な着付けや小物まで、ほとんどお母さんが用意してくれたんですよ。似合っていたならよかったです」


 そう言って嬉しそうに微笑む彼女は、一段と美しく見えた。

 くそう、俺も羽織袴を着てきたらよかった。道中の店で何度か見かけて気になってはいたんだけど、洋服で見栄え良くしてきたし良いか、とスルーしてしまったのが悔やまれる。


「さっそく行きますか?」


「少し待って。あの二人がそろそろ……といってたら来た」


「よっすお二人さん! 随分と仲がいいようで」


 来たのは拓真と加奈ちゃん。

 拓真は髪までバッチリ整えて、お気に入りの黒いダウンコートに似合う格好だ。きっと姉に助けてもらったんだろう。自信満々で視線を向けてくるし、本人的にも自信があるに違いない。

 加奈ちゃんは黄色を基調にした派手めな着物だ。簪からネイルまで全てにおいて主張している。かといって変ではなく、あくまで快活な感じの範囲で止まっているのは流石だ。

 そして案の定拓真が揶揄うように声をかけてくる。


「いやー、ついに付き合ったんだって? クリスマスもデートをされたようで。このこの~!」


「そういうお前もクリスマスはデートしたんだってな。後輩の子に散々アピールされて、健気に思われてようやくした告白はだいぶヘタレてたらしいけど、なんて言ったんだ?」


「……なんでそのことを知ってる!?」


 もちろん加奈ちゃんに聞いたに決まっている。

 詳しくは知らないけど、あのクリスマスの日、加奈ちゃんが勝負に出たらしい。それによってようやく決心がついたというか、決心を付けざるを得なくされた拓真は勢いよくヘタレた告白をしたんだとか。それを加奈ちゃんが由梨菜に報告して、その話を俺が聞いた感じ。加奈ちゃんとしては、ようやく告白してもらえたのは嬉しいもののもう少し格好よくしてほしかった、と嬉しそうに愚痴っている。

 一方的に揶揄えると思い込んでいたのにカウンターを食らって意気消沈している拓真を尻目に、御手洗で手を洗い、いざ本殿へ向かう。

 すっ、と横から差し出された由梨菜の手をそっと握る。付き合い始めてからこうやってさりげなく甘えてくれるようになったのだ。それがとても嬉しい。


「見てくださいよ拓真先輩。あれが理想のイチャイチャカップルです。愛なんて叫ぼうとしなくていいんで、愛を示してください」


「なーんで俺と同じで付き合った経験が無いはずのお前はさらっとそういう雰囲気になれるんだー! おかしいだろ!」


 後ろで騒いでる一名は無視して階段を上がる。

 十数人の列に並び、四人で他愛ない話に花を咲かせた。学校のこと、色々な行事のこと、家族のこと。そして偶然会った委員長とも少し話して、お幸せに、と言ってもらえた。

 前の人が終わり、退いていく。それに合わせて進んで、四人で横一列に並んだ。何となく四人の代表で鈴を鳴らしておく。

 何となくただの五円や十五円では味気ない気がしたから、二十五円を賽銭箱に投げて二礼二拍一礼。


 ――これから、何度も困難はあるかもしれないけど。


 ――二人で頑張って乗り越えていくつもりなので。


 ――――どうかこれからも、幸せでいられますように。 


 季節外れの少し暖かい風が吹き抜けていったような、そんな気がした。



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