夕ご飯は少しおしゃれなレストランで
ゲームセンターを出て、再びおしゃれ商店街を歩くこと二十分と少し。
この通りもだいぶ人が増えて、あちらこちらで楽しそうな声がしている。ある人たちは店の中で談笑をしているし、ある人たちは男子だけなことを嘆きながら肩を組んで笑いあっている。
そんな中、俺たちが入ったのは、メインストリートからは少し外れた位置にある小さなレストラン。周りより少し高いところにあって、窓から外を歩く人たちが見えるけど、二重窓になっているらしく喧噪は届かない。道はずれで、このあたりの店にしては珍しくあまり主張していないからか、店内の人は少ない。
そんな程よく静かな、それでいて学生にとっては少し背伸びな店だ。
「結構冷えてきたね」
「はい。手袋持ってきていて正解でした」
店内は程よく温かい。上着は脱いで、席の端にまとめて畳んでおいた。メニューをそれぞれで広げて、内容を見ていく。この店はあくまで静かで雰囲気があるという所に重きを置いているらしく、メニューは和風も洋風もあるようだ。それも、いかにもな和風定食やお洒落な洋風定食、単品のみそ汁まで取りそろえるという充実っぷり。最近の流行とかが分からない身としては、選択肢が多い店というだけでもありがたかったりする。
お互い悩むこと数分。それぞれが良さそうなものを見つけ、お互いの様子を見ようとして……偶然タイミングが重なった。
「……」
「……」
そのまま少しの間、無言で視線を交わした。そうしているとだんだん可笑しくなっていって、どちらともなく小さな声で笑いが漏れる。なんでもないはずのその笑いはなぜか勢力を増していき、店の雰囲気的に大きな声で笑えないのが辛くなってくるほどだ。
目尻に涙を浮かべながらも何とか笑いを抑えて、店員を呼んでオーダーを伝える。
「ご注文どうぞ~」
「えっと、鮭のパスタお願いします」
「和風ハンバーグのセットで」
お互い和風という所は被っていたようだ。由梨菜は醤油ベースの鮭パスタ。何と、風味だけでごまかしたりはせず、丁寧にほぐされた身と大き目なブロックの鮭がふんだんに使われているらしい。他にも野菜も多そうだ。
ちなみに俺の頼んだ和風ハンバーグのセットは、こぶし大のハンバーグに和風ソース掛けたものと大きなエビフライが二本、漬物二種と季節のみそ汁のセットだ。割と多めのセットのようだけど、それはあくまでこの店やお洒落通り基準。男子高校生からすればちょうど良いか、むしろ足らないくらいかもしれない。寒いせいで空腹な今ならさらっと食べられるだろう。
既に店にほのかに漂う香りは、この店のソースやタレのレベルが高いことを教えてくれる。そのせいか、さっきから小さく腹が鳴り続けていた。
きゅう~。
「……失礼しました」
「いや、俺もさっきから少しなってるから大丈夫」
どうやら由梨菜も同じような状況らしい。
必死に逸らすように話題が振られる。
「そういえば、知っていましたか? 加奈、今日は拓真先輩とお出かけしていたらしいですよ。家の門限のせいでそろそろ帰らなきゃいけないらしいですけど」
「え、拓真のやつそんなこと言ってなかったぞ」
「たぶん、隠していたかったんじゃないですか? その、私たちがこうしているのは、加奈が向こうにいる時点で伝わっているでしょうし」
きっと拓真のことだから、加奈ちゃんから聞いたことで後々揶揄おうという算段だったのだろう。だけど、一歩頑張った加奈ちゃんに押し切られるようにして一緒に出掛けたに違いない。そしてそれを俺に知られたら拙いから、という事だろう。
だけど残念だったな。お前と加奈ちゃんが繋がっているように、加奈ちゃんと由梨菜、そして由梨菜と俺も繋がっているんだ。
由梨菜を経由して、加奈ちゃんにツーショットの写真を頼んでおいた。それを送ってもらって、いざ拓真が揶揄ってきたら見せてやればいい。
「加奈ちゃんから、『了解!』ってきました」
「あの子、こういう悪だくみ好きそうだからなぁ。たぶん拓真は少し渋るだろうけど、少ししたら押し切られて写真が送られてくるはず」
その予想通り、それから数分もしないうちに楽しそうなコメントと共に写真が送られてきた。案の定、加奈ちゃんは服装とポーズ含めバッチリ決まっているのに対して、拓真は装いもポーズもぎこちない一枚だ。よし、もしいつか話題を出して来たらこれでカウンターできる。
「えっと、先輩……加奈ちゃんが私たちのツーショットも欲しいって……」
「……拓真に写真送らないなら、いいけど」
「送らないそうです。個人使用だから、って」
「俺たちの写真の個人使用って何するんだ……」
まさか、一人の時に眺めてニヤニヤするってことじゃないだろうな。
とりあえず、机の上に二人で身を乗り出すようにして、写真を撮る。由梨菜はどうか分からないけど、少なくとも俺はこんな体勢で写真を撮ったことがない。実際に見せてもらった写真に写る二人の姿は、拓真と似たり寄ったりのぎこちなさだった。
由梨菜が写真を送ってから少し経つと、スマホが着信を告げる。
加奈ちゃんからだ。
『この写真が、いつか変にならないで撮れるようになるといいですね!』
うるさい。
ようやく頼んだメニューが届いた。加奈ちゃんのには雑にスタンプを適当に選んで送信、後はもう知らないふりで通すことにした。
「「いただきます」」
由梨菜はフォーク、俺は箸を手に取って食べ始める。
エビフライは想像以上におおきめだった。もしかして、頼んだ人によって微妙に量を変えていたりするのだろうか。サクサクと食べ進めていると、不意に由梨菜が顔を上げる。
「そうだ、どれか少し食べる?」
「いいんですか?」
「いいよ。美味しいのに独り占めしたらもったいないからね」
そういう事なら、と由梨菜も微笑んでパスタを差し出してきた。こっちは箸だから少し変な感じになりながら、数本を引っかけて口に運ぶ。
すると、途端に口の中いっぱいに鮭と醤油の香りが広がっていった。鮭は異なる加工をされることでわずかに違う味が重なっている。醤油は香りや味としてはしっかり働きながらも、決して主張しすぎていない。程よいバランスが完全に作り出されていた。
「おいしいなこれも」
「こうなると、今食べている真っ最中なのに他のメニューが気になります」
由梨菜の方もかなり満足げにしている。エビフライは二本あったから一本あげた。サクサクプリプリでとても食べ応えがある。ハンバーグの和風タレも鮭パスタソースに負けないほどいい仕上がりだし、一食や一口の幸福度がすごい。
それぞれ皿を戻して、自分が頼んだものを再び食べ始める。
うーむ、漬物とみそ汁も味わい深い。白味噌が塩辛すぎないな。どこの味噌を使っているんだろうか。
匂いから店の雰囲気までがマッチしたら、食が進まないはずがない。
気が付けば、目の前の皿から料理は綺麗に消えていた。
「満足でした~」
「満足はしたけどまた食べたい……」
気が付けば、窓から見える人通りは最盛期を迎えている。一様に幸せそうな顔で、それぞれの世界を歩いている。
事前に聞いた由梨菜の門限は二十一時。送る時間のことを考えると、行けるのはあと一か所という所だろう。
「この後はどうします?」
「時間的に最後になるだろうけど、行きたいところがあるんだ。行くのにそんなに時間はかからないはずだけど、いいかな?」
「いいですよ。それじゃあ、行きましょうか」
二人とも荷物をまとめ、最後に忘れ物がないかだけざっと見まわす。椅子の下まで確認して、大丈夫なのが分かったので会計へ。
由梨菜には先に外へ行ってもらって、代金を支払ってから外に出る。二重扉を出れば、吐く息が白く染まる寒空が待っていた。さっきの食事と室温で程よく温まっていたはずの体がゆっくりと冷やされていくのを感じる。
遠くから聞こえる『ジングル・ベル』と、控えめに装飾されたモミの木を背に、それを眺める由梨菜に声をかけた。
「それじゃ、行こうか」
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