いつもと違う、いつも通りの朝
AWLの攻略を終えた、次の日。いつも通り電車に揺られながら、俺はものすごく悩まされていた。
普段しているように由梨菜が電車乗ってきて、朝の挨拶を交わす。そして、他愛ないことを話しながら駅に着くまでの時間を過ごすのがいつもの状況だ。
それに昨日はやっとAWLの攻略が終わった。ゲーム自体で言えば他にも何人もヒロインはいるから厳密にはクリアではないかもしれないが、一応ユリナルートはトゥルーエンドを迎えられた。そして、そのことは一緒に見ていた由梨菜も知っているはずだ。
だから、昨夜は気が付いた時にはログアウト状態になっていた由梨菜にすぐにメッセージを送った。結局返信が来たのは今朝で、それも簡潔な一言だけだ。
横目で様子をうかがう。地下鉄なのに窓の外を見ているその瞳には、きっと何も映っていない。朝は挨拶を返してくれたし、話題を振れば普段ほどではないにせよちゃんと返答がある。その時の話し方や態度からして、嫌悪感やなにか嫌なことがあったという様子ではない。
ただ、話している時に目があえば逸らされるし、そのくせどこか申し訳なさそうにもしていて……。
由梨菜の嫌な面を見たとか、不快になったのか、と言われれば違うと断言できる。
どうしてこうなったのか、どうしたらいいのかさっぱり分からないのだ。
「それでは、その行きますので」
「おう、一日頑張って」
そんな普段は絶対しない会話をしてそれぞれの階へと別れる。
内心のどこかでは、昨日の攻略完了した時の話、そしてただの世間話がしたいだけだと思っていながら……言い出せなかった。
◇ ◇ ◇
時間は少し過ぎて、三時間目が終わったところ。
英語、数学、古文を乗り越えた俺は机に突っ伏していた。
「ああああ~」
もしどちらかが体育や音楽といった体のどこかを動かす授業だったなら、もう少し違っただろう。数学と英語と古文という、座学の中でもぶっちゃけ頭を使う時間が短い授業が重なったせいで、何度も朝のことを考えてしまった。その結果悪い想像が爆発し、結果この様である。
思わず声が漏れるほどの憔悴は初めてだった。
「……朝から死んだゾンビみたいな顔してたけど、今はより一層死んでるな」
「ゾンビはもう死んでるだろ……」
「さらに死んだみたいだって言ってんだ」
うなだれる俺の机に座ったのは拓真だ。購買で買ったであろうパックの抹茶オレを片手に俺を見下ろしている。教室で一番話すことが多い間柄なだけに、不自然な様子には朝から気が付いていたのだろう。ついに奇行を取り始めたから声をかけに来た違いない。
「で、どうしたんだ?」
「わからなくて困ってる」
そう簡潔に言うと、案の定困った顔をされたので一からどんな状況なのかを語って聞かせた。一緒にAWLをやっていることは元から知っているから説明自体は簡潔に終わったのだが、由梨菜の反応とかに関しては自分の主観が入ってしまうせいか自信が持てない話し方になってしまったのだが。
そして、話し終えると拓真も困ったような表情を見せる。
「んー、姫城ちゃんがどういう気持ちなのかとかは実際に見ていなければ本人でもないからな……。というか、お前の方が圧倒的に姫城ちゃんと話した回数多いのに分からないんじゃ俺はお手上げだよ」
「まあ、そうだよな」
「話は変わるが……いや、変わってないな。湊、前に俺が言ったこと覚えてるか?」
「言ったこと?」
「お前のしたい事の本質は何なのかちゃんと考えろってやつ」
そう言われて思い出した。シミュレーションゲームの禁忌を犯した次の日、拓真に「もう少しでいいから、お前のしたい事の本質、考えてみるといいんじゃね。大切なこと、目先の大ごとのせいで見失ったらどうしようもないぞ?」と言われたのだ。
表情で思い出したことを悟ったのか、拓真は話を続ける。
「お前が姫城ちゃんとあのゲームの攻略はじめたのって何でだった?」
AWLを由梨菜と始めた理由。
それは、告白の返事を待つ間、可能な限り女子の──由梨菜の気持ちが分かるようにするためだったはず。偶然にも名前や容姿が似ているキャラを見つけたから、何かの参考になればと思って始めたのだ。
だが、蓋を開けてみれば、どうだろうか。
ユリナの本当に求めている事だった『一緒にいる』ということも中々わからず、半ばカンニングじみた方法を使ってようやく気が付くという為体。ヒロインの気持ちに気がつけていたかと言われると、大いに気が付けていなかったという他無いだろう。
そして、もしゲームの効果があったとするなら、今こんなに悩んでいたりはしない。当然、現実にはセーブやロードのような便利機能も、別のプレイヤーも、なんでも覆せる禁忌の方法も存在しないのだ。
拓真の言った本質。
俺のやりたかったことは、由梨菜と心を通わせることだったはずなのに。
「ま、俺のできるアドバイスは一つだよ。分からないときは分かる人に直接聞くのが手っ取り早くて確実だ。お前と姫城ちゃんは、もし正面でぶつかっても最悪の結果にはならない程度の関係だと思うぞ。お前も、そのくらいの自信はあるだろ?」
「そうだな。ありがとな、拓真。今日の昼休みにでも聞いてみるよ」
休み時間は残り一分程度。話が終わったからということで自分の席に戻っていく拓真の背中を見ていると、手の中でスマホが震えた。画面を見ると、メッセージアプリからの通知だ。
そして、届いた内容を見て……再び机に突っ伏すことになった。
『すみません、今日は友達に誘われたのでお昼はその子と食べます』
律義なメッセージの内容に、授業開始のチャイムを聞きながら『了解~』と力なく返す。
真正面から話せないときはどうしたらいいですか、拓真センセー。
頼りになる親友は、既に教科書を開いていた。




