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VRMMOでリアル恋愛を模索してみる。  作者: 棗 御月
誰かの心を知るオレンジの国
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ついに見えた景色



 騎士団が隊列を揃えて一斉に前衛に駆けてくるのと入れ替わるようにして、ユリナと後衛に下がる。

 どうしても気になって騎士団の方を見てみると、その理不尽なまでの力に圧されてはいるものの、今回はしっかりと耐えられているようだ。必ず数人単位で攻撃を受けて、少しでも崩されたら周囲がすぐにカバーに入る。魔王に取り巻きがいないからこそできる、強気な囲いだ。

 ユリナもその光景を見て、多少は落ち着きを取り戻したようだった。立った三人であの前線を支えるというのはとても辛かったし、何より神経を使う。


「見ての通り、騎士団はきっちりと抑えてくれている。差からこっちもやることをやろう」


「はい!」


 ユリナが剣をしまう。わずかに手を前に翳し、目を閉じて集中する。

 これで、邪魔さえされなければ三十秒後には強力な魔法が放てるはず。


 そう思って視線を向けたログを見て、思わず声を漏らした。


「え……?」


 三分四十二秒。想定の五倍以上の数値に思わず思考が固まった。そして、何とか思考力を回復させてユリナの方を見ると、顔中に汗を浮かべながら呪文を詠唱している。

 その様子を見て、原因にようやく考えが至った。

 聖属性魔法の熟練度が足らないのだ。


 魔法は、当然だが使えば使うほど熟練度が上がっていき、その分上位魔法の発動にかかる時間や負担は減り、威力や射程が強化される。極端なことを言えば、たった今使い始めた属性の魔法であっても最上位魔法自体は使える。しかしそれには通常の何倍も準備時間が必要な上、射程が数メートルという全く使い物にならない魔法になるのだ。

 ユリナは数ある魔法の中で、魔女の館を攻略する過程で繰り返し使ったことで聖属性魔法の熟練度が一番高くなった。悪霊(レイス)やお化けの類の魔物に効果的だから使う回数が増えただけであって、特別才能や特性があったわけではない。さらに言えば、ユリナが通わされていた学校は()()()()であって、魔法学校ではないのだ。

 旅に出てからの期間は、内容は濃くても期間自体は短い。それ故に圧倒的に熟練度が足りていないのだ。


「──我は光の護り手。世界を照らす聖者たらんとする者なり」


 ユリナは最上級魔法の最後の一つ前の節を唱えてから、ゆっくりと瞼を開ける。詠唱自体は、最終節の魔法名を叫ぶだけで発動する。だが、視界の端のログに表示された時間は無慈悲にも三分という時間を示していた。


「センパイ、手を……手を握っていてくれませんか」


「手? ああ、いいよ」


 もし魔王が来たときは直ぐに剣を抜けるようにだけして、ユリナが差し出した左手を両手で握る。そうすると、僅かだが両方の指輪が反応し、光が強くなった。

 ユリナがそれを見て、少しだけ表情から苦痛が消える。対になる指輪が反応して聖属性の力が強まったからだろう。ログの残り時間も減少していた。一分三十秒を切り、だんだんとカウントを進めていく。

 騎士団も、少しずつ押し込まれてはいるものの何とか持ちこたえているようだ。


「さすがにこの数は鬱陶しいね。塵芥だとしても集まればいい迷惑、ということかな?」


「その余裕がどこまで持ちますかな?」


 騎士団の陣形には当然老執事さんがいる。少しでも強引に陣形を崩そうとすれば介入して魔王のテンポを壊して対処してくれているようだ。行けるこれなら、あの魔王にもダメージを与えられる。

 残り三十秒を切った。自然にユリナとつないだ手に力が入る。指輪が共鳴して、光が強まるのを感じる。

 残り五秒。

 ユリナがつないでいない方の手を、魔王に向けて翳す。それと同時に騎士団に合図を送る。


「皆さん、離れてください!」


「いきます! 『不可侵の聖域(サクソスエア)』!」


 騎士団が一斉に飛び退ると同時に、魔王の足元と頭上三メートルの所に巨大な魔法陣が展開される。幾重にも重なって威力の増した聖魔力が音をたてて降り注ぎ、世界を明るく染めていく。

 しかも、この魔法は分類上は結界魔法に当たる。つまり、この聖魔力の怒涛からは逃げることはできず、魔族は全身を焼き焦がされるのだ。

 終わった。誰もがそう思っていた。


「ふむ、こんなものか。未成熟な術士とはいえ、少々期待はずれだな」


 魔法陣から溢れ出た光の奔流と、魔を拘束する鎖が魔王を襲う。全身を絡めとられた魔王は、それでも不敵な笑顔を見せた。

 魔王の体を聖属性の魔力が焼く音は聞こえるし、その体はだんだんと削れていってはいる。なのに、その余裕が崩れない。


「範囲の設定が甘い。だから威力が高まらない。選んだ魔法自体は俺の撃滅に足るが……こうも未熟ではな」


 魔王は絡みつく光を泰然と受け止め、さらに全身から闇属性の魔力を放出した。球状に広がって魔王を包み込み、現状以上に魔王にダメージを与えさせていない。それどころか、徐々に押し返して完全に防御をしている。全身を縛っていた鎖は無残に砕かれて光の粒子へと還ってしまった。

 徐々に魔法陣が薄れ、ついにサクソスエアが止まる。


「ふむ、こんなものか。騎士団はたった一人の侵攻を止める事すらできず、頼みの綱の娘っ子の魔法は火力が足りん。潮時だな」


 魔王が一歩を踏み出す。それに圧されるようにして、騎士団は一歩を下げてしまった。その様子に嘲笑を浮かべて睥睨する魔王に、負けじと一歩を踏み出せる者は僅かしかいない。

 だらりと下げられていた剣に、さっき放出してみせた闇属性魔力を纏わせた。


「さて、そろそろ片づけるとしよう。そして、その初手は手堅くいかせてもらう」


 濃縮された闇魔力が、はち切れそうになりながら剣の周囲で渦巻く。大上段に構えられたその剣が、次にどのような軌道を描くかは容易に想像がついた。

 騎士団の中心ごと、俺とユリナを貫く気だ。


「死ぬがよい」


 直前の光景のせいで騎士団はそこに道を開けてしまった。あんな一撃を食らったら必ず死んでしまう。そんな生存本能が魔王への恐怖に打ち勝ち、一歩下がってから動くことのなかった体が反射的に避けたのだろう。

 つまり、一直線に魔王のまほうが届く環境が整ってしまったのだ。

 ユリナは直前のサクソスエアを撃ったせいで魔力が枯渇し、すぐに動ける状況にない。今から動いても間に合わないだろう。

 だから、俺が前に出る。それでもこのままなら魔王の魔法は俺ごとユリナを焼き尽くしてしまうだろう。それでも前に出るのを止めず、剣を振りかぶって()()()使()()


「エンチャント!」


 魔王が剣を振り下ろしてから魔法が届くまでに発動出来て、かつ対応可能な魔法はこれしかない。剣に聖属性を纏わせて、闇魔力の怒涛と正面からぶつかった。

 そう、魔法はやろうとするなら誰でも使えるのだ。たとえ最上級魔法であっても。

 だからといって使い物になるかは別だ。例えばそう、俺が今使った聖属性のエンチャントはあまりにも脆い。魔王の魔法には一秒たりとも耐えられずに消え去るだろう。

 たとえそうだとしても、今の俺にユリナを守らないという選択肢はありえなかった。


「ぐっ……!」


 手元で指輪がまばゆい光を放ち、そして剣にまとわりついていく。魔王の魔法に触れた端から消し飛ばされても、次から次へと覆うことで何とか拮抗する。その攻撃に物理的にも押されて徐々に後退しながら、それでも絶対に剣を引かなかった。

 そしてついに魔法が途切れる。視線の先、魔王はさっきまでの楽しそうな笑みを消していた。


「今のは、後ろの小娘共々消し飛ばすつもりで撃ったものだ。お前に魔法の素養があるようには思えん。万に一つもなくお前らは死ぬはずだった」


「どうだかな。まだまだやりようはあったかもしれねえぞ? 実際こうして二人とも生き残ったしな」


「……気に食わんな。気に食わん。俺は想定通りに物事が進まないことが嫌いだ。なぜ蒙昧な塵芥どもに俺の道が妨げられなければならん? 俺はお前たちが死力の先を尽くして、己の領分を超えてみせてようやく見える存在だ。俺は、このような理不尽は好かん」


「グチグチうるせえぞ魔王サマ。お前にとって理不尽だったとしても、俺はこうやってユリナを守ったぞ」


 挑発ともとれる言葉に反応したわけでは無いだろうが、さらに表情を無くした魔王が無言で剣を握る手の力を強めた。それに対してようやく復帰した騎士団が立ちふさがる。


「ユリナ、もう一回『不可侵の聖域(サクソスエア)』の準備をしてくれるか?」


「マナポーションを飲めば準備はできますけど……でも、どうするんですか? またさっきのをやられたら……」


「大丈夫。考えがある」


「……わかりました。すぐに準備します。なので、その……手を、お願いします」


「了解。魔王が来たら離すことになるけど、それは許してほしい」


 おずおずと差し出された手を握る。それに安心したのか、目を閉じて浪々と詠唱を始めた。

 恐らくだが、魔王は騎士団を退けて俺たちを狙いに来るだろう。戦い始めた時にはあった楽しそうな雰囲気は完全に消えて、見るものを全て刺しそうな気配を放っているのがここまで伝わってくる。今度は手を抜いたりせずに早々に騎士団を蹴散らすに違いない。

 そうなれば、魔法を詠唱している途中のユリナを守りながら魔王とやり合わなければならないのだ。


「ぐああっ!」


 さっきまで対処できていた陣形も、魔王が繰り出す圧倒的な力の前に早々に崩壊の兆しが見えている。三人がかりで盾を構えても蹴りの一撃で体勢を崩されるのだから仕方ないともいえるが。ましてや、さっき一度竦んでしまっているのだ。そんな相手に対して向かっていくのはとても恐ろしいだろう。

 幸いにも第一目標を俺たち二人に定めているからか、騎士団に死者は出ていない。しかし、既に半分を超える人数が戦闘不能に追い込まれている。


「人間風情が俺の邪魔をするからそうなる。身の程を知れ、塵芥ども。これ以上邪魔するようであれば、容赦なく殺すぞ」


 その宣言をしてからの攻撃は、猛烈なものだった。剣の一振りで数人が吹き飛び、蹴りが繰り出されれば構えた盾をへし曲げながら強引に道を開く。綻びた包囲網を埋めようと距離を詰めれば魔法によって全身を焼かれる。

 老執事さんは最後目で残って善戦したものの、突きだした剣先を掴んで遥か後方に投げ捨てられてしまった。

 魔王の目の前にいるのは、もう俺とユリナだけだ。


「魔法を使うにはまだ少々の時間が必要そうだが……さて、どうする?」


「平和的にお帰りいただけるなら今すぐにでも話がつくけど、そんなつもりは毛頭ないだろ。だったら結論は決まっている……エンチャント!」


 剣に聖属性のエンチャントをかけて、そっとユリナの手を離して魔王へと駆ける。助走をつけた一撃は容易く防がれてしまったが、構わずに追撃を繰り出す。強すぎる一撃をなんとか受け流し、隙を見て反撃をする。その大半が防がれてしまうとしても、そのほとんどがダメージになっていないとしても──決してあきらめない。

 もし。もし焔揺鬼と何度も戦っていなかったら、この魔王との剣戟の勝敗は一合目で決していただろう。幾度もループをして戦ったおかげで、力の強い相手との戦い方を覚えられた。上位の実力の剣術への抵抗力を得ることができた。

 もし、ホロウ・ケイオスクノッヘンと戦っていなければ、合間に飛ばしてくる魔法に対処できずにやられていただろう。不意打ちや想定外の位置からの攻撃にも何とか対応できているのはあの戦闘のおかげだ。

 そして。


「……魔王。お前はさっき、死力を尽くして本来の己の領分を超えてようやく手が届くと言ったな」


「言ったな。それがどうした?」


 視界の端に移るログを見る。残り三十四秒。この数字が何を表すのかは言うまでもないだろう。


「俺は今から、俺という剣士の限界を超える。──聖光の神よ、我が願いを聞き届けたまえ」


「なにっ……!?」


 そう。俺は、今なお繰り出される魔王の攻撃をいなしながら詠唱を開始した。

 その魔法は。


「──魔を誅し夜を照らす神よ、我が誓願を聞き届けたまえ」


「最上級魔法だと? この俺と戦いながら魔法を詠唱するとはな……貴様まさか、俺を愚弄しているのか?」


 たった今ユリナが魔力を練り、仕上げている最上級魔法。聖属性を使ってこなかった俺のログには、十三分四十八秒という絶望的──否、不可能の領域と言って差し支えない秒数が表示されている。

 どこからどう見てもただの無駄な動きだ。それどころか、詠唱の文言を間違えないように集中したら魔王の攻撃を受けきれない可能性が格段に高まるだろう。

 そんなことは分かっている。だが、それでも詠唱を続ける。


「──我が目前に災厄来たり。その者、世界を脅かす深淵の魔なり。されど、我が力は災厄に届かざれば」


「──その力を授けたまえ。我に魔を誅す力を与えたまえ」


 全身に捌ききれなかった攻撃の余波による裂傷が作られる。それでも何とか声を絞り出して詠唱を続けた。視界端のカウントは、三秒を切っている。

 これなら間に合う。そう判断し、一層激しさを増す攻撃に耐えながら最後の一節を唱えた。


「──我は光の護り手。世界を照らす聖者たらんとする者なり」


 そして、ユリナの発動したものとちょうど重なるようにして魔法発動のトリガーを引く。


『『不可侵の聖域(サクソスエア)』』!


 魔王の上下を、眩い聖光の魔法陣が覆う。光の怒涛があふれ出し、魔王を襲う。鎖が魔王を完全に拘束して、神の裁きから逃げる事を認めない。直前まで俺と剣を交わしていたせいで対応が遅れた魔王が俺を睨みながら魔法に包まれた。

 だが、これではさっきの展開の焼き増しだ。魔王はその強大な力で魔法を壊し、今度こそ俺たちにとどめを刺すだろう。ましてやユリナはこの魔法の発動に全力をかけたことで体力を使い果たしていて、俺は全身が怪我だらけ。せっかくリスクを冒して詠唱した魔法も、準備時間不足で失敗判定になるだろう。

 だから、俺は左手を魔王に翳した。()()()()()()()、左手を。


「うおおおおっ!」


 指輪がユリナの魔法と共鳴して強烈な光を放った。

 そう。俺とユリナの聖魔法は、この指輪によって共鳴する。そのおかげでユリナの魔法の効果は高まり、聖属性をほとんど修練していない俺でも魔法が高い水準で使えるようになるのだ。

 魔法陣からあふれ出した極光が、魔王に漫然と降り注いでいた状態から指向性を持った状態へと変化する。そして、共鳴した俺の魔法である()()()()()()に軒並み流れ込んだ。


「まさか、貴様……このために無理な魔法を!?」


 魔王の驚愕した声に、満面の笑みで返答をした。

 魔力を練る時間が足りず失敗するはずだった魔法は、結界という機能を維持するためだけに変更したことで何とか制御ができた。これで魔王は、ダメージは受けなくとも絶対に逃げることができない。

 そして、その目の前にいる俺の手には、最上級魔法の力を取りこみ、その上で共鳴によって強化されたエンチャント付きの剣がある。


「これで……終わりだっ!」


 渾身の力で魔王の体を切り裂いた。剣の全体から聖魔力があふれ、刃そのものを溶かしながら魔王を襲う。その光の奔流は、魔王の闇魔力をまるごと包み込んでいく。塔の壁すら貫いて世界を埋め尽くしていく。


 そして、ようやく光が収まった時には──魔王の姿は跡形もなく消えていた。


「やった、のか?」


「やった……やりましたよ、センパイっ! 勝ちましたー!」


 そう言いながら飛びついてきたユリナを受け止めきれずに倒れこんだ。

 胸元に弱々しい力でしがみつきながら、しきりに喜んでいる。俺も一緒になって喜び、ボロボロの体ではしゃぐのだった。

 そうして喜んでいると、老執事さんたちがやってきた。


「お二方、おめでとうございます。このような異形に立ち会わせていただけた事、感謝いたします」


「こちらこそありがとうございます。皆さんの協力がなければ勝てませんでした」


「それはありがたいお言葉ですな。さて、この塔はじきに崩れるでしょう。魔王の居住ということもあって多少は猶予があるでしょうし、あそこの大穴からの景色を見てみてはいかがですかな。ちらりと見ただけですが、なかなかの絶景でした」


 そう言いながら指さした先には、さっきの攻撃で空いた大穴があった。その穴のすき間からは、小さなバルコニーのようなものが見える。

 確かにこの高さから見渡せば、絶景間違いなしだろう。二人で大穴に近づく。そして、いざバルコニーから見えた景色は。


「わあ……!」


「これはすごいな……」


 そこには、一面の花畑が広がっていた。

 塔の侵攻によって一切塵殺され、暗黒の瘴気が晴れていくのが見える。そして、その瘴気が消えた端からゆっくりと緑が戻り、その上を色とりどりの花が埋め尽くしてゆく。

 まさに、二度と見ることができない絶景が広がっていた。


「……あの、センパイ。この旅が終わった時か、大きな区切りがついた時には絶対に言おうと思っていたことがあるんです。聞いてもらえますか?」


「うん、いいよ。どうした?」


 ユリナご俺の方に向きなおる。胸の前で不安そうに手を結びながら、それでも毅然と言葉を続けた。


「センパイが好きです。初めて会ったあの日の私は、自分というものを無くしかけていました。それを助けてもらっただけじゃなくて、こんなにたくさんの思い出を作れた。貴族家の娘じゃなくて、一人の人として見てもらえた。こうして、隣に立ってくれたことがとても嬉しいんです。だから、センパイ。どうか、これからもずっと私の隣にいてください……!」


 万感の決意と、一縷の不安。

 そんな彼女らしさの詰まった告白は、とても心に響くもので。


「うん。これからもずっと、一緒にいたい。……好きだよ、ユリナ」


「センパイっ……!」


 再び胸に飛び込んできたユリナを、今度はしっかりと支えて抱きしめる。嬉し涙を流すユリナの頭を優しく撫でた。


 ──Congratulation。


 視界いっぱいに、その文字が見えた。

 長かった旅が、ようやく終わりを告げたのだった。



◇ ◇ ◇



 コツ、コツ、と硬質の靴音が塔に響く。

 それぞれ労ったり、重症の者に処置する騎士団を視界の端に収めながら、由梨菜は塔の中を歩いていた。塔のほとんど中心を歩いていながら騎士団に気づかれないのは、高い隠密スキルによる恩恵だ。もう必要ないのに解除することを忘れている。

 そんな由梨菜が一心に見つめ、また近づいているのは──大穴から見えるバルコニー。あの二人が今も話しているだろう場所。

 すぐにたどり着いたものの、なぜだか二人のいるところに入っていく勇気が出せなかった。仕方なくすぐ横の壁に背中を預けて、マナー違反と知りながら聞き耳を立てる。

 そして聞こえてきた会話は、状況からして当然で、そして──何より()()()()()()ものだった。


『これからもずっと私の隣にいてください……!』


『うん。これからもずっと、一緒にいたい。……好きだよ、ユリナ』


 同じ読みで、同じ関係のはずなのに。どうしてこんなに聞きたくないんだろう。

 どうして私はこうしてコソコソと隠れていて、あの子は気持ちを打ち明けているのだろう。

 どうしてこんなに──胸がモヤモヤするのだろう。


 泣きたい、と思った。どうしようもないくらいに悔しかった。

 反射的に手が動いて、気が付けばログアウトボタンを叩きつけるように押している。そんな自分に驚く間もないまま、視界は眩んでいく。



 そして、その一瞬後には、見慣れた天井があった。

 バーチャルギアを頭から外して隣のラックに置く。そして、その動きのまま、ベッドにうつぶせになった。とても眩しいものを見たせいか、視界を暗く覆いたくて仕方なかったのだ。


 どうしてあそこにいたのが私じゃないんだろう。もし私があそこにいたなら、こんな思いはしなかったはずなのに。

 どうして私には好感度のメーターが無いんだろう。それさえあれば、自分の気持ちがわからないなんて悩まなくて済むのに。


 どうして今、私は泣いているんだろう。


 もっと早くこの気持ちに気がつけていたらよかったのだろうか。

 自分でさえ曖昧な感情を、知ることができていたら。


「いいな……いいなぁ、¨ユリナ¨は……っ!」


 制御できない感情が暴れだすまま、誰も止められない。

 溢れる涙を拭う事もできない。


 気が付かない間に寝落ちるまで、ずっと。





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