泰然たる魔王
あの後、リフレッシュをした俺たちはすぐに老執事さんたちの所に戻った。ちょうど集まっていた幹部級の騎士さんたちや老執事さんには少し生暖かい目で見られたような気がするけど気にしないようにした。
俺たちが装備を整えている間に、幹部戦で待機班だった騎士たちが少しだけ斥候として塔の中に攻め込んだらしい。とは言っても魔王の部屋までは行っておらず、あくまで塔の中を観察するにとどめたとのこと。
「そしてその斥候の結果、塔の中では幹部戦の時のような幻惑は無く、モンスターは少量ということがわかりましたな。しかもそのモンスター程度であれば我々の騎士団だけでも十分に対応可能とわかりました。なので、御二方は魔王戦まで力を温存しておいてくだされ」
「いいのですか? 普段とは違う行軍で、しかも魔王の情報はほとんど無いんですよ。力を温存したいのはお互い同じなのでは?」
「よいのですよ。それに、我々が姫様より仰せつかったのはあなた方の補助。であれば、道程の火の粉くらいは掃わねば面目が立たないのですよ。それに、そんな恩知らずな行軍をしたとあれば帰ってから姫様にどんな罰が与えられるか分かったもので話ありませんからな」
これ以上食い下がるのも意味がないと思って、そこで納得した。いくら余分に持ってきたとしてもポーション類の消費はできるだけ抑えたいし、何より安心感や安定感に繋がる。何より彼らは騎士だ。守ることに関しては彼らの方がうまいだろう。
というわけで、塔を攻める団のうち、二番目の隊に混ぜてもらうことになった。これなら安全に魔王の部屋まで行けるだろう。
だが、それでも完全に安心はできない。なので一応由梨菜を呼んでこの後のことを話しておいた。
「たぶん次の戦いが決戦になる。これだけ状況を整えていても不安があるから、できたらまたどこかで隠れて見ていて欲しいんだけど、いい?」
「了解です。恐らく派手な手出しは出来ませんが、大丈夫ですか?」
「大丈夫。危なくなっても絶対に何とかしてみせるから、安心して見ていて」
そういうと、由梨菜は少しだけ複雑な表情をした。ゲームの中だから詳しい感情までは読めないけど、何となく沢山の感情が入り混じっているような気がする。そして、由梨菜自身もそれを持て余しているようだった。
俺は、その表情と視線に何と言ったらいいのかわからなかった。きっと由梨菜も、今がどんな気持ちで、何を言われたらその靄が晴れるのかはわかっていなかったに違いない。
その濁った雰囲気をどうにかしたくて、でもどうしたらいいかわからない。
「それじゃ、その、よろしく」
「わかりました。頑張ってください」
だから、そんな当たり障りのない言葉しか口からは出てこなかった。
◇ ◇ ◇
隊を整えて塔に侵入してから五分と少し。俺たちと騎士団は、思ったよりもあっさりと魔王の部屋の前にたどり着いていた。
幹部の塔とは違って、ほとんど妨害工作のようなものがなかったからだ。モンスターはいても低レベルのガーゴイルやゴーレムだけ。呪いも幻惑もないまま、ただ黙々と螺旋階段を上る時間が続いていた。やはり塔の大きさは外見と内部は大きく違っていて、かなりの長いわいだ登っていたように思う。
そうしてようやくたどり着いた扉は、高さ八メートル、幅三メートルにもなる大扉だった。
先頭の隊の隊長が扉に手をかけて、一気に押し開いた。
「広い……!」
魔王のいる空間は、体育館四つ分もありそうな大部屋だ。たくさんの大きなステンドグラスに、見上げる大天井には荘厳な天井画が描かれている。そして、その空間の奥、玉座に魔王は座ってた。
見た目は完全に人間と同じで、気だるげに肘掛けで頬杖をついている。所々はねた髪と閉じられた目からはあふれ出る自信が感じられた。緩いケープのような服を纏う姿は人間とほとんど遜色ないだろう。
だが、その頭に延びる一対の黒い角が、彼の種族が魔族だと主張していた。
騎士団と共に部屋になだれ込み、即座に陣形を整える。そして、その視界の端で由梨菜が影に行って隠密スキルを使うのが見えた。フローラズ王国から貸し出された騎士団をふんだんに使った構えはとても堅牢で、動いていないにも関わらず肌身を震わせる威圧感を充分に押し返している。
ようやく瞼を開き、緩慢な動作で顔を起こした魔王は小さく呟く。
「来たか、人間」
紫紺の瞳は、反射的に鳥肌を立たせる。
「本音を言えば、オレ自身はな、お前ら人間に特に思う所はなかったのだ。殺し、殺され、一度会えば領土や命を奪いあう。忸怩たる思いをしていても、同胞に悲しみが生まれていたとしても、それが我らの摂理だと思っていた故な」
その威圧感のせいで、魔王がゆっくりと立ち上がろうとする姿を見ながら、一歩も動けないでいた。
「だが、それはそれ、だ。我が幹部の中でも、貴様らが倒した二人は我にとっても惜しく、また近しい者だった。殺し殺されるのが摂理とはいえ、オレの部下を殺した罪は償ってもらう。こうして面を合わせたのだ……その程度は覚悟しているだろう?」
魔王は玉座の段を下りて、腰に手をあてた堂々たる姿でこちらを睥睨した。力の波動だけで周囲の空間が歪むのを見ながら、武器を構える。
指輪から光が漏れ、ユリナがこちらに視線を向けた。それに頷きを返して何なら魔王に笑顔さえ向けてみせた。
それに少しだけ驚いた表情を見せた後、楽しそうに口端を歪めてみせる。
「生き残りたいというのであれば、その団結を見せてみせよ。……行くぞ」
こうして、魔王戦が始まった。




