結ばれる手と、
ボスがいなくなったことで崩れだした塔を急いで脱出し、あらかじめ騎士団と決めていた合流地点に向かう。体力を回復して、疲労の溜まった体を引き摺るようにして歩いた。
疲れのせいか何となくユリナとの会話もほとんど無いままだ。正確には、話しかけようとすると即行でそっぽを向かれるというのが正しい。ユリナ側も何度か話しかけようという動きはするものの、そのたびになぜか萎むように下を向いてしまうので結局他愛ない会話ばかりになってしまうのだ。表情からして、原因は悪い事ではなさそうだからいいけど。
そんな、なんとも言えない空気のまま歩くこと数分。ようやく見えてきた分かれ道には、既に騎士団が集まっていた。こちらに気が付いて手を振る兵士さんや先頭にいる老執事さんの表情からして、焔揺鬼討伐は上手くいったらしい。
「どうでしたか、焔揺鬼は」
「後半の狂乱状態では数名の負傷者が出ましたが、それ以外は何も。塔の眩むような構造は少々厄介ではありましたが、そこは隊長格が定期的に声をかけることで何とかなる範囲でしたしな。そちらも上手くいかれたようで何より」
「ええ。かなり苦戦はしましたが、何とか」
実際かなりの辛勝だったのは間違いないし、どこかで対応が遅れていたら結果は正反対になっていただろう。斎庭の覚醒が大きな決め手になったとはいえ、それもユリナの救出が遅ければどうなったのかわからないのだから。
お互いの現状確認もそこそこに、次の話をし始める。さっきまでの幹部はあくまで前哨戦、本命はこれから戦う魔王なのだから。
「それで、魔王はいかがなされる?」
「幹部二人のいた塔と三角を作っていた、向こうに見える塔にいるのは確かでしょう。問題があるとするなら、強さがわからないということでしょうか」
焔揺鬼は何度も戦った経験があるし、クノッヘンも塔の仕様から何となくのあたりはつけられていた。だが、こと魔王に関しては全くと言っていいほどに情報がない。弱点がわからなければ姿かたちも不明な状態だ。予想では聖属性が効きやすいとは思うのだけど。
なので、どちらかというと対応力という面を重視した方法をとることにした。
「たぶんですが、魔王のいる場所はたとえ塔であっても広いと思うんです。外見と違うというか……」
「おそらくですが、内部の空間を捻じ曲げておられるのでしょうな。外から見た時はある窓も、いざ内側に入ると光んはいるところなど見当たらなったですなぁ。それで、どうされる?」
「広いなら、この数の騎士団が腐らずに済みます。なので、色々な広さでの布陣の見直しと、塔を登る際の細かな襲撃対策だけお願いします。いざ戦闘が始まって、こうした方が良いというのがわかったらお伝えしますので」
特に老執事さんからの訂正や修正は無い。厳密には情報が無さ過ぎてできないのだろうけど、最低限今とれる策として間違ってはいないようで安心した。すでに老執事さんはそばにいた兵士に要点を伝えて、各隊長格に伝令に走らせている。
恐らく、これで魔王の部屋には安全にたどり着けるはずだ。
「すぐ出られますかな?」
「ええ。できるならば今日中に倒してしまいたいですからね。幹部が消えて侵攻はかなり遅くはなっているみたいですが、一刻も早く解決した方がいいでしょうから」
「ですな。そして、魔王が消えれば暴走し凶暴化した魔獣たちも消えるはず。では、あなた方も手早く荷物を確認して備えてくだされ。あなた方の準備が整い次第出ることにしましょうぞ」
そういって老執事さんは背を向けて騎士団の方に歩いて行った。
振り返ってユリナの方を見ると、視線が合った瞬間に反射的に顔を背けられてしまう。……俺、本当に何かやらかしてしまっていないだろうか。どれだけ考えても原因らしいシーンや言動は見当たらない。ユリナの方も反射的に動いているようで、その後は何とか顔も視線も合わせて話してくれるのだけど。
そんなこんなで、木陰に移動して装備の確認を始めた。物資に関してはバレンシア国を出る前に余分に補充してあるからほとんど問題ない。装備の消耗も手持ちのアイテムで何とかできるレベルだ。おそらくユリナも似たようなものだろう。
ちなみに由梨菜は今も隠密スキルで影から見てくれている。もし不慮の事態があればすぐに伝えてくれるはずだ。
「えっと、装備どう? 大丈夫?」
「はい、なんとかっ。補修道具で何とかなるレベルです。ポーションも持ちすぎなくらいありましたっ」
表情はいまだに謎のこわばり方をしているけど、今回は割と普通にいつも通りな会話ができた。緊張は伝わってくるけど、気になるほどではない。でも、この会話は装備確認完了の確認だ。であれば、すぐに老執事さんたちの所に向かわなければいけない。
それがどうしても名残惜しい気がしつつ、それでも立ち上がるために足に力を籠める。そして、いざ立ち上がろうとしたときにユリナに呼び止められた。
「あ、あのっ!」
「どうしたの?」
「もう少しだけでいいので、お話してからにしませんか?」
ダメ元故の不安がにじみ出た目が目の前で揺れていた。俺の袖をつかむ指はわずかに震えている。
その表情がどうにも見ていられず、気が付いたらその場に座りなおしていた。
「あ、ありがとうございます」
「いいよ、俺も少しゆっくりしたかったし。そうだ、何か飲みながら話そうか」
「私も何かつまめる物だしますね!」
ユリナがバレンシア国で買った小さな味付き麩菓子を取り出したのを見て、こっちは飲み物の入った小さな瓶を二本取り出して間に置いた。そして、銘々に手を伸ばしてつまみながら、なんでもないような話をしていく。
そして、麩菓子の小袋が一つ空くころには、二人の手は緩く結ばれていた。なんてことはない、ユリナが無言でうかがうように差し出した手を取っただけ。まるでそこで偶然重なっただけのような自然ささえ含みながら、二つの手は重なっている。
ただそれだけのことが、とても心地よかった。




