光が示す先は
極大のビームは、周囲の墓標ごとユリナの全身を焼き焦がしていた。不気味なだけだったボス部屋に一条の空白が出来上がる。だが、その線上では怨恨が意志を持ったような黒い炎が揺れて、攻撃が終わてなお地面を焼き焦がす。
そしてユリナは、その中心で体中から黒炎を揺らめかせながら立ちすくんでいた。
視界の端のHPバーは今でもわずかながら体力が残っていることを示している。だけどユリナはそこから動けないでいた。
「あ、あああああああ……いや、やだ、いやいやいやいや……」
か細い声が漏れている。その声はすでに狂気に染まっていて。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
次の瞬間には、ユリナは頭を抱えて蹲り、慟哭しながら──滂沱の涙を流していた。
◇ ◇ ◇
──目の前に光線が迫ってきたところまでは、記憶にあった。あっと思った時には目を閉じて、全身が痛くなるのをなんとか耐えてた。
すぐそこにセンパイがいるはずだから。私が倒れそうになっても支えてくれるって、わかっていたから。だから、大丈夫。私ができないところはセンパイが、センパイができない事は私が。そうやって支え合うことが、センパイの教えてくれた支え合うって事だから。
目を開けたらきっと、すぐ隣にセンパイがいる。
そのはずなのに。
「どこですか、ここ……?」
気が付けば私は、黒一色に塗りつぶされた世界にいた。
上も下も見えなくて、何にも感じられない。座っているのか、立っているのか、それすらわからなかった。手は動く気がする。でも足の感覚はボンヤリしていてわからない。
とにかく確実なのは──ここにはセンパイはいないということだった。
「あ……」
ゆっくりと、だけど確実に。体を不快な感覚が包んでいく。何もないこの空間で、初めて感じたのは──どこまでも落ちていきそうな浮遊感。
全身に鳥肌が立ったのがわかった。でも、そんなのより早く体中が闇に包まれている。口が勝手に震えながら動いて、か細い声を出しているのが聞こえた。自分の声のはずなのに、まるで他人の声みたいで。
気が付けば、闇は首元まで迫ってきていて。
「あ、あああああああ……いや、やだ、いやいやいやいや……」
嫌い。怖い。寒い、痛い苦しい苦い辛い痒い気持ち悪い──
『そうだ』
嫌。嫌なの。自分だけが違って。自分だけ除け者で。無理して頑張って。それでも一人で。
『受け入れなさい』
低い家柄の女児の中では誰よりも努力して。それでも、お父さんもお母さんも認めてくれなくて。もっと無理して。でも無理だった。気が付けば騎士学校を飛び出していた。
そして、センパイと出会って、それで。
『お前はもう──独りぼっちさ』
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
きっと私は、自分の心が壊れる音を聞いた。
視界が完全に黒く染まる。自分の体が吹き上げる黒炎が原因だと、心のどこかが冷静になってただただ認識していた。
自分がとても大きな掌に持ち上げられているような感覚が全身を襲う。視線を感じて目だけを上に向かせても何もいない。でも、目の前に何かが確かにいるのはわかる。
飲み込まれると思った。目の前にある、歪んだ口元に。もう顔の中ほどを過ぎた¨黒¨に。
自分という殻が音を立てて砕けそうになって、それが嫌で。緩慢な、それでいて必死に目の前に感じる顔を避けるように手を翳して。
視界の端を、一条の光が流れるのを見た。
「あ……?」
なんでか妙に気が惹かれた。どうしてかわからないままに、それを視線で追う。
見えにくいから僅かに体を捩ると、その光も同じようにして動く。右に、左に、ゆらゆら頼りなく。
そして、ようやく焦点が合うとそれは、自分の左手に填まった指輪だった。
「あっ……」
その声は、ついさっきとはまるで違う生気のある声。
黒く染まり燃え上がる体の中で唯一燦然輝く指輪は、まさしく希望の光だった。騎士学校を飛び出してからの、危なくも楽しい日々。学校では教科書の中でしか見なかったモンスターや、そのままだったら一生味わうことがなかったであろう経験が脳裏に次々に蘇る。思い出すだけであふれ出る気持ちは、バラバラに砕け散りかけた心をゆっくりと癒していった。
またセンパイと楽しいことをしたい。見たことのないものを見たい。一緒に笑って、一緒に努力して、ずっと隣にいたい。
センパイに、会いたい。
いつかの占い師さんが、自分の心がわからなくて困ることがあるかもしれないと言っていた。それが不安になり、弱さになると。だから頼れる人がいることを忘れるな、と。
でも、もう全部わかりました。
私はセンパイが──好きです。
頼るだけじゃなく頼ってもらえるように。後ろじゃなくて、隣にいられるような。
そんな力を、どうか──私に、ください。
指輪はお互いの願いや気持ちに応じて千差万別に進化をしていく。どちらかだけでは上手くいかないものが愛であるがゆえに。
そして、その片割れの少女の揺れ動いていた気持ちは今、ようやく定まった。
指輪が力強い光輝を放つ。二人の願いを叶えるために。何よりも純粋な少女の願いに応えるために。
あふれ出た光がユリナの全身を包む。それでも勢いは止まらず、目を向けられないほどの力を解き放ち、そして──
──暗闇の世界は散り散りに砕け散った。
光を取り戻す世界を覗き込んでいるのは、今一番見たい顔だ。倒れた体を抱き起して一心不乱に名前を呼んでくれている。それだけで心が満たされていくのを感じる。
何と言おうか。そんなことを悩む間もなく、口が勝手に言葉を紡ぐ。
「──ただいまです、センパイ」
「──ああ、おかえり、ユリナ」
◇ ◇ ◇
全身を覆う闇から解放されたユリナは、全身から神気のようなオーラを放っていた。今までの戦いでしてきたエンチャントを遥かに凌ぐ、誰の目にも明らかな高位の力を感じるのだ。
何より、ユリナがその力を確固たる自信と共に行使しているのが伝わってくる。
「今なら何でもできそうです」
「そうだな。じゃあ、手始めにあの怪物を倒してしまおうか」
「はいっ!」
今まで聞いた中で一番力強い声だった。
自信と信頼は力になる。隣にいる誰かはきっと、今日を歩く活力になる。目の前の苦境がどうにでもなりそうな全能感はまるで翼のようだ。
ユリナが静かに剣を構える。その目は、確りとクノッヘンの核を見据えていた。
その視線に怯えるように、クノッヘンは次々と虚空から幽鬼の腕を繰り出してきた。後を追うように闇色のオーラも勢いを増して、今までの何倍も狂化されていく。いつの間にか体力も全回復していたが、少しも恐怖は感じなかった。
「なんだ、その目は……! 人はいつか裏切るのだ! 裏切り、蔑み、闇討ちすることしかできない低俗な種族だ! 故に我らが王も貴様らを見放したのだ!」
「そうかもしれないな。でも、人間は……それ以上に信じる事ができるんだ。それを証明してやる!」
「耳障りだ! ええい、もう許せん……我に魂を喰われし者どもよ、今こそ我が手中に熔け落ちるがいい!」
クノッヘンの叫び声と共に周囲の墓標が一気に火を噴き上げた。墓を要石として現世にとどめられていた魂が一気に解き放たれてクノッヘンのもとに向かう。周囲の墓標が燃え尽きて消えていく中、魂群の怒涛は目にもとまらぬ速さでボスの回廊を突き抜けて、
クノッヘンを拘束した。
「なっ……貴様ら、何をしている!? いや、意思があるはずがない! あったとしても我が支配を脱することなどできるはずがない!」
その疑問に対する返答は、魂群から聞こえてきた。それは、とても聞き覚えのある声。
『しょうがないでしょう? 私たちは皆、あなたが憎くてたまらない。大切な人と私たちを引き裂いた貴方を許さない。でも、そんなことよりもね』
その声は、俺たちに指輪を託し、最初の試練として立ちはだかった亡国の姫の声。
『そんなことより、彼らの結末が知りたい。私たちが歩みたかった未来の結末を。あなたの悪意を退けるほどの力を持った、可愛い可愛い後輩たちの行く末を』
誰より気高いが故に罠にはまり、その公開を俺たちに託した彼女が、未来の希望を浪々と告げる。
『だから貴方にはもう、好きにはさせない。ここで私たちと共に朽ち果てなさい!』
「おのれぇぇぇぇぇぇええええええ! 塵芥風情がぁぁぁぁぁぁああああああ!」
暴れまわろうとするクノッヘンの体がゆっくりと開いていく。まるで己の血色の心を見せつけるような動きに、魂たちの力を感じた。
光が迸る剣を構えて疾駆する。ユリナが地面を踏みしめる度に散っていく光芒はまるで流れ星のようだった。十分な助走と踏み切りをして、剣を大きく引き絞り。
「はああああああっ!」
狙い違わず、そのコアを貫いた。コアは砕け散り、剣先からあふれ出た光がクノッヘンの体を焼き尽くしていく。悪霊と化してしまった魂と共に、この世から消えていく。
「おのれえええっ!」
その言葉を最後に、クノッヘンは完全に焼き払われた。見るだけで寒気のする様相はもうこの部屋にはない。
視界の端にレベルアップのログが流れてようやく勝利を実感し、自然にユリナと高く手を打ち鳴らしていた。
やっべえ魔王に関する伏線なんにも用意してないこれラストバトルにしていいですか(ダメです)




