響く、破れた笑い声
その異形は、見た者が誰もが嫌悪感を覚えてしかるべきと言えるほどに気味が悪かった。
四本腕も蛟の下半身も、骨だからとおおよそできるはずのない動きをしながら迫ってくるのだ。性格の悪さがにじみ出た忍び笑いは止まるところを知らず、徐々に脳が浸食されそうな気さえしてくるのだから恐ろしい。
だが、心からにじみ出てくる不快感を必死に呑み込んで抜剣する。
「──いきます!」
駆け出すユリナのすぐ後ろについて駆け出す。
ホロウ・ケイオスクノッヘンは考えるまでもなく闇属性だ。であれば、当然有効打足りえるのはユリナの聖属性。故に、このバトルを有利に進めるにはいかにユリナの攻撃を当てるか、いかにユリナを守れるのかという戦いになる。その中で、俺の役目は。
クノッヘンの巨大な骨腕がユリナに迫る。まともに当たれば、抵抗する間もなく吹き飛ばされてしまうだろう。だが、それはあくまでユリナのみを対象とした時だ。
「オラッ!」
加速して一瞬ユリナに並び、その勢いをのせて剣を振りぬく。硬い骨と金属のぶつかる硬質な音が周囲に響きわたり、クノッヘンの腕はあらぬ方向に弾かれた。
「確かに強いかもしれないけどな、それでも焔揺鬼の一撃と比べると甘すぎるんだよ!」
体術、剣術に極振りしたボスの攻撃を見切り、ときに反撃してきた経験がここで生きた。奇怪な動きであってもそこにあるのは骨。であれば、武術を修めたボスの攻撃より重いはずがなければ、見切れないはずもない。
できるという確信の通り、少し手がしびれるだけで初撃の回避には成功した。しかし、クノッヘンの体にはあと三本も腕がある。順番に振るわれる腕の関節の動きをしっかりと見なければ対処は不可能だ。
徐々に思考が加速していく。さっきまでよりゆっくりになったような錯覚を味方に、リズムよく三回の攻撃を防いだ。
「はあっ!」
裂帛の気合と共にユリナの剣がクノッヘンの胸部──肋骨の一部にヒットした。剣に纏わせた聖属性によって浄化されるような音が断続的に響く。焼き焦げるような音と共にクノッヘンが纏う闇色のオーラが消えていく。
それでも、クノッヘンは引き攣ったような声を上げ続けていた。
「クヒャヒャッ、その程度か!」
嘲弄の声と共にさらに闇色のオーラが体から噴き出していく。攻撃の合間にいくつか魔法を放ってみても、聖属性以外はオーラによって弾かれてしまうようだ。威力が上がれば話は変わるのかもしれないが、魔法を準備している暇がなければ、そもそもそんな大魔法を習得するような育て方もしていない。地道にユリナの聖属性攻撃を当てていく他ないだろう。
また数撃与え、いったん離れる。あんまり長く近くにいると多腕による連撃が激しくなるうえに、大きな下半身で薙ぎ払ってくるからだ。
そうしてヒット&アウェイ戦法をしていると、ユリナがあることに気が付いた。
「あの、センパイ。あのボス、だんだん時間ごとに回復する量が増えていませんか……?」
AWLのボスは基本的に、そこまで多くはないものの数秒ごとに一定の割合で体力を回復している。だが、その回復は数秒に一撃でも当てていれば発動しないという、いわば耐久戦や毒削り防止──いわゆる物語のキャラらしくない攻略対策のものだ。
だが、言われてみればクノッヘンの回復量は異常だった。
五秒に一度、三パーセントの回復。普通のボスであれば十数秒に一パーセントという、普通に攻略していれば誤差にしかならないはずの物。それがこの頻度でされると本格的に障害物になってくる。
しかも、その量はこっちが攻撃をある程度与えるたびに、そしてクノッヘンが高笑いをするたびに増えていく。もし強い一撃を貰ってしまえば、立て直している間にかなりの量の体力を回復されてしまうだろう。
そう、こうして体制を整えている間にもグングンと回復しているのだ。
クノッヘンが久々に薄気味悪い声ではない、まともな言葉を発する。
「何か疑問に思っているようだが……この場所ではこの私は無敵。当然であろう? ここにある墓標はすべて我が惑わした者共。故に、魂となった今でも現世にしがみつき我が養分になっている。おぬしらがあがく姿を見せれば見せるほど我は我を強くする。どこまで耐えられるか、見物じゃな」
そう言いながら、まるで見せつけるように肋骨の内側にある真紅のコアを明滅させることで見せびらかしてきた。あまりにも高い魔法耐性と、剣での感触からして高い防御を誇るであろう肋骨の中に弱点があるだろうと予想はしていたが、相手から教えてくれるのはありがたい。
だが、そこに攻撃を届かせるのは至難の業だ。巨体なだけに骨と骨のすき間が大きいが、そこを正確に射抜ける魔法はオーラで相殺される。近づけば腕と薙ぎ払い。そこに分かりやすい一撃を加える手段が見当たらなかった。
無論、あのコアに強烈な一撃を叩き込めればそれだけでかなりの痛手は負わせられるだろう。その一撃の火力次第では決着さえつくかもしれない。
ならば、相手の力が上がり切っていない今のうちに決めるに限る。
「ユリナ、やるよ。全力でサポートするから大きな一撃をあのコアに叩き込んでほしい」
「了解ですっ!」
ユリナが聖属性の加護を自分の武器にエンチャント。それも、普段使っているエンチャントよりも数段上のランクのものだ。これならオーラに邪魔されることはなく、コアに強烈な攻撃を与えられるだろう。
二人そろって駆け出す。今度は俺が先頭になってクノッヘンの攻撃を捌く。
「くぅっ……!」
強化されたせいで一撃が重い。でも、防げないほどじゃない。
ユリナはもうクノッヘンの懐までもぐりこんでいる。腕による連撃で体勢が崩れている今は完全に狙い目だ。
「はっ!」
気合のこもった声と共にコアへ打ち出された一撃は──
「はい、ざぁ~んねぇ~ん!」
──オーラが凝縮することで生み出された手によって手首を掴まれることで、コアを目前にして止められていた。幽鬼の腕から先だけを切り取って具現化させたような、見ただけで生理的嫌悪を覚える見た目だ。いかにも冷たそうなその腕がズルリと蠢く。どこかに引きずり込もうとする動きは、地獄から這い出ようとする亡者のようだった。
直感的にその腕を切り落として、ユリナを抱えて後ろに飛び退る。
間に合ったはずだった。それだけの動きができたという自負が自然と生まれるほどには、いい動きをしたはずなのに。
「あ、ああ……いやぁ……嘘でしょ……?」
ユリナは完全におびえきってしまっていた。
見れば、ボスの周囲にはさっきのような腕が、数えるのも嫌になるほどの数で浮かんでいる。何もない空間を這いずり回って生者を探していた。
そして、気が付けばクノッヘンの手の平の上には鬼火が集まっている。
「ほぉれ、これはどうする?」
気づいた時にはもう手遅れ。
極大のビーム砲が、真っ直ぐユリナの全身を焼き焦がしていた。




