塔の守護者は、因縁の
兵士が全員集まってから行われたのは、作戦会議だった。
その幹部たちのことをよく知っているのは俺ただ一人。いくら精鋭とはいえ、無策で幹部に対抗しては少なくない犠牲が出てしまう。そうならないために、またその後の魔王戦も見据えた作戦を立てる必要があった。
俺は、騎士たちを使うことを決めてから、ある一つの作戦を考えていた。それは、この騎士団たちをすべて焔揺鬼にぶつけるということだ。理由は大きく二つ。
「その、焔揺鬼というやつは力自慢なのですな?」
「ええ、そうですね。多彩な剣技と巨体らしい力を武器にして戦う、危険なやつです。ですが、騎士団であれば」
「大盾と鎧、そして数で押せるというわけですな。そして使ってくる剣技についてのアドバイスまでもらえるとは……ありがたいことです」
焔揺鬼を相手にするときに気をつけなければならないのは、剛腕と、だんだんとアクセルが増していくところだ。逆に、それさえ対処できる何かがあれば焔揺鬼はある側面では簡単ともいえる部類なのだ。俺で言うなら攻撃パターンの知識、騎士団はハイレベルな装備と連携。ついでと言っては何だけど、焔揺鬼の使う技も伝えられるだけは伝えておいた。これで、騎士団側が負ける事はほとんどありえないとさえ言っていい。
そんなかんじで、会議のほとんどの時間が知識の共有に充てられた。倒した後の合流とその次の魔王のことも少しだけ話して騎士団とは別行動を開始。由梨菜にも既に別行動をとってもらっている。
「これからどうするんですか?」
「今から、騎士団が行った方じゃない幹部を倒しに行くよ」
「了解ですっ!」
元気に敬礼さえしてみせるユリナに少し和みながら、少し遠くに見える塔に向かって歩き始めた。
次の幹部は、戦ったことはないが大体の見当は付けている。
ユリナは聖属性が一番得意なのにも関わらず、自身の体を燃やし尽くすほどの呪いと即死効果のある短剣を使わせる。そんなことは普通に考えればありえない事なのだ。幹部の大体の対処法と経験、そして高いレベルを持ち合わせたユリナは、魔族性の天敵とさえ言えるのだから。
では、そのありえないはずの状況になぜなってしまったのか。
恐らくだが、もう一人の幹部は精神系──つまり、マインドコントロールに長けたボスなのだろう。いくら色々な苦境を乗り越えレベルが上がっていたとしても、一人で幹部を倒さなければならないという状況で精神が不安定になり、そのうえで疲れていたとしたら。時間をかけて念入りに心に浸食し、操っていたのだとしたら。
そんな仮説をもとに、隣を歩くユリナに作戦を伝えていく。
「たぶん、今から戦う幹部の塔では魔物からのちょっかいがかなり多いと思うんだ。だから、塔に入る前にバフをかけて、一気に幹部の場所まで行くよ。いい?」
「はいっ!」
道は知っている。迷うことはない。
焔揺鬼塔は、登る時に幻惑され、ボスはパワー系。そして今から戦うボスは幻惑系であれば、おそらく塔は力攻めをしてくるはず。であれば対策方法を教えた騎士団も、レベルが上がっている俺たちも、攻略に悩まされることはないはず。
実際、塔に悩まされることはなかった。散発的に襲ってくる蝙蝠系の敵や、徒党を組んでいるゴブリンの群れ。外であれば中ボス級のモンスターたちがうじゃうじゃイル階層もあった。さすがにそんな目に見えた危険地帯ではできるだけ域を顰めて通り抜けたけど、
そんな質と量の両方で攻めてくる塔を登ること十数分。
ようやく、ボスのいる階層にたどり着いた。
荘厳な扉の前で、緊張しているユリナに声をかける。
「ユリナ、一つだけ、今からの戦闘中気にかけていてほしいことがあるんだ」
「気にかけていてほしい事……ですか?」
「そう。たぶん今から戦うボスは、ものすごく嫌らしい戦法をとってくる可能性がある。その時は、できるだけ落ち着いて指輪に意識を向けてほしいんだ」
「指輪、ですか」
亡国の花嫁から受け継いだ、二つで一つの指輪。淡くきれいに光を反射して、指の根元で輝いている。
ユリナは、俺の伝えたいことがすべてわかったわけでは当然ないだろう。だが、その表情に信頼をのせてうなずいた。
準備はバッチリ、気合十分。
大扉に二人で手をかけて、押し開いた。
ボスのフロアは、焔揺鬼の時とほとんど同じだった。そして、その広い部屋の中には、中心に小さなローブを纏った影が鎮座している。そして、焔揺鬼の時は戦いやすいように平らだったのだが、このボスのフロアは乱雑に立てられた墓が一面にあった。その数は百はくだらないだろう。
異様な光景の中で、こちらに背を見せながら佇むローブ姿は不気味以外の何物でもない。
その影が突如に浪々と歌い上げながらゆっくりと振り返る。
「人世に迷い、巣食う闇。愚かな末路のみの道を、ありもしない一縷の希望のために歩く。間違うばかりの人は、いくら先代が間違えようと学ぶことを知らない」
それは怖気の走る歌で。
「ここは、そんな人間どもの狂気の果て。先代はいつだって己の失敗を悔いながら、それでも後に続く者に己の業を背負わせる。……そんな不安定さがそもそもの間違いだと気が付かないままに」
それは、どこまでも人間そのものを見下していて。
「なあ、どう思う、今代の愚か者二人よ。愛などという不確かなものに惑い、崩れ行く己の脆い意志は。あえて呪縛を見える形にしたにもかかわらず、それに踊らされるのは」
それは──
「まさか、この指輪を創ったのは……!」
「そのまさかさぁ。この憐れな墓標たちはかつてその指輪をつけた者たちの成れの果て。指輪に呑まれ、狂った者どもの片方だけを永遠に封じ込めたもの。死してなお、省みてなお、私の糧となる世迷子……醜いものさ。そして、お前さんらもその仲間に加えてやろうかねぇ」
──俺達にとって絶対に許せない言葉だった。
『ホロウ・ケイオスクノッヘン』
骸骨の体とと四本の腕をもち、下半身を蛟状の骨格をしていながら中空に浮かぶ巨体。ローブを被り、鬼火を浮かべたその姿は、悪魔そのものだった。




