集う力
その日の夜。俺と由梨菜は、学校で気が付いたその方法を試すべくAWLに潜っていた。
前回の最後、シミュレーションゲームでは禁忌とされる切断行為をしてまでバッドエンドと強制リセットを回避したおかげで、スタートは買い物を終えた後にもう一度セーブをしたところから始まる。
「よっと……」
セーブをした宿屋の部屋を見渡す。万が一強制リセットになっていたら、と少しおびえながらログインしたのだが、その心配は杞憂だったようだ。もし失敗していたら、最初のユリナとの出会いからやり直す羽目になっていただろう。
さて、本題はここからの攻略法だ。
俺とユリナで二手に分かれて幹部を攻略するのは不可能。ユリナが強力な呪いにかかってバッドエンドになる。そして、塔や幹部の性質上二人で幹部一人を倒してすぐに移動する方法も不可能。タイムラグのせいで倒した幹部が復活する。無論、由梨菜に片方の幹部を倒してもらうこともできない。
ではどうしたらいいのか。思いついてしまえば簡単で、二人で片方の幹部を、もう片方の幹部をそれを倒せるだけの戦力をぶつけたらよいのだ。在野の冒険者より統率力と実力があり、数が用意できて、能力にばらつきがない集団──つまり、どこぞの騎士団や軍を借りる。
一見不可能そうなこの方法は、こと俺たちにかぎって難しくなかったのだ。
自分のアイテムストレージを確認して、そのアイテムがあることを再確認した。そして、『出会いの鈴』を起動。待機状態になっていたユリナが姿を現した。
「こんにちはです、センパイ! ついに幹部攻略ですねっ!」
「うん、おはようユリナ。さて、さっそくで悪いけど、さっき決めた作戦を変えようと思うんだ。ボスの所に向かいながら話すから、ついてきてくれる?」
ユリナの中では、買い物終わりに入念に二手に分かれて攻略するという計画を聞かされたばかり。突然の変更に目を白黒させながら、それでも何も言わずに頷いてついてきてくれた。
◇ ◇ ◇
バレンシア国の外を少し歩いたところ。人の気配がなくて少し開けた場所で一旦歩く足を止めた。
いまだに説明がないせいで首をかしげているユリナの目の前で、アイテムストレージから件のアイテムを取り出す。
それはとある国に立ち寄った際の戦利品。一国の軍隊をここまで派遣させられるかもしれない、とても強い切り札でありながら、強いせいで使うのをためらい、何時しか忘れていた物。
すなわち──フローラズ王国の姫の私室直通の通信用魔法スクロールだ。
旅の中でフローラズ王国に立ち寄った際に、姫を助けたことで貰った『姫様が一度だけなんでも言うこと聞いてくれる券』である。
「あっ、それは……!」
大きな魔法陣の描かれたスクロールを見てユリナも思い出したようだ。
このスクロールをもらう時、確かに姫は軍隊でも、と言っていたのだ。であればここで使うよりほかはないはず。
というわけでスクロールを閉じている紐を開き、魔法陣の中心に触れる。奇妙な脱力感と共に、魔法陣が光りはじめた。そして、空中に懐かしい顔が映る。
『……本当はそのスクロール、使われることないかもって少し後悔していたんだけど……そんなことなかったようね』
ユリナによく似た顔つきながら、圧倒的なわがまま姫の雰囲気をふんだんに漂わせた少女。俺たちにスクロールを渡したフローラズ王国の姫その人である。
「俺も使うことなんてないと思っていたから、半分存在忘れてたよ。お荷物の底に沈んでいたな」
『だと思っていたわ。それで、そんな鞄の下敷きを思い出してまで頼みたいことは何かしら。どうせなら派手なことがいいのだけど?』
「安心してくれ、きっと派手だよ。何だったって、お前の国の軍隊を借りようって話なんだからな」
そこで姫様の顔がようやく喜色にゆがむ。上段のつもりで言った軍隊の貸し出しを本当に求められるとは思っていなかったのだろう。お転婆姫らしく、騒ぎや祭りには目がないのか早く続きを話せと催促してきている。
「いやさ、どうやら俺たちのいる場所辺りまで魔王が進行してきてな。その幹部までいるといえばどのくらい大わらわか分かってもらえると思うんだが」
『それでその軍勢の討伐に私たちの軍を使いたいのね。いいわ、面白いし協力してあげる』
「面白くなかったら助けてくれなかったのかよ」
『当然じゃない。人生、いつ何時でも楽しむためにイベントのタネをまいているのよ。せっかく出てきた芽が雑草だったら興ざめでしょ?』
フフン、と笑みをこぼしてから部屋を出ていった。軍関係の責任者や権力者に直談判で藩士をつけに行くつもりなのだろう。城の中でのヒエラルキーが国王の次なだけあって、拒否できる人はいないはず。
「あっ、でもどうやってここまで軍隊持ってくるんだろう? 距離離れてるから、馬を全力で走らせても日が暮れてこの辺りが魔王の手下に飲み込まれるぞ」
『それについてはご心配なく。そちらのスクロールを使って位置を逆探知、大型転送の魔術で送り届けます故』
「うわびっくりした。姫様の執事か」
『ええ、その通りです。お元気なようで何より』
スクロールの画面にはいつの間にか好々爺じみた執事が一人映っていた。あの時、ベランダに俺とユリナを案内した人だ。たしか姫様専用の付き人で、警護も兼ねているあたり武闘派でもある侮れない爺さんである。
『姫様はすぐにお戻りになるはずです。訓練中の者も休憩中の者も鶴の一声、「早く集まりなさい」とだけ言いながらすぐに連隊をいくつか集めるでしょうからお待ちくだされ』
そう言い終えてから数十秒したあたりで姫様は画面に帰ってきた。集まるのが遅い、突発的な事態に対して反応が悪い、と不満を漏らしながらだが。
そう言ってはいるものの、仕事は確かに果たしてきたようだ。姫様側のスクロールが移動し、見覚えのある廊下を歩いた先の大きな広場に三つの連隊が整列していた。突然の招集に困惑しているはずなのに、誰一人動かずに綺麗な隊列を組んでいる。
それを見てもなお姫様は不満げだった。
『……つまらないわ。目の前に面白そうなことがあるってわかっているのに、間近で見ることが許されないなんて』
『姫という立場の人が、魔王討伐軍に参加するなんて言語道断ですからなぁ。代わりにこの私が軍団の指揮をしてきます故』
どうやら武闘派老執事さんが軍団の指揮をするようだ。元々は軍人で、実力はあるものの何らかの理由で退役し護衛兼執事にヘッドハンティングされた他のであろうことを考えると腕がなるのだろう。
『まあいいわ。さっさと行ってきなさい』
その人声をきっかけに、広場に大きな光がともった。随所に散りばめられた魔法陣が反応し、転送の術式を発動しているのだ。
もとは通信用のスクロールだけに、端から消し炭になっていくのが見える。その影響で揺れる画面の中、ひとり言ような姫様の声が聞こえた。
『この力を使って、何としてでも魔王を討ち取りなさいよね。私が見た中で一番お似合いの二人が悲しむところなんて私は見たくないわ』
その声が聞こえると同時に完全にスクロールは燃え尽きた。
周囲に無数の光球が集まる。無造作に飛び回るだけだったその光球は徐々に光の強さと大きさを増して、綺麗な隊列に並んでいく。
そして、全ての光球が人の形になった。視界を埋める、武装した人の波。その先頭には、先ほどまで見せていた雰囲気を完全に変えた老執事が一人跪いている。
概算で、おおよそ五千人。片方の幹部、そしてその後の魔王戦のことを考えれば十分すぎる兵力と言えるだろう。
「フローラズ王国、三連隊がここに集いました。如何様にも指示を、我らが姫の友」
老執事──否、老兵の声は、自然と武者震いをさせるものなのだと初めて知った。




