表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/68

夜の森

「おはようございます、先輩」

「おはよう、由梨菜」


 電車に乗り込んできた由梨菜と挨拶を交わす。

 毎日のルーティーンとなりつつある事に嬉しさを感じつつ、それとなく由梨菜を人とぶつかりにくい方に誘導する。

 通勤ラッシュで由梨菜が人に潰されました、なんて嫌だし個人的に他人に触れさせたくないという気持ちの現れかもしれない。


「……ふぁ……」

「……眠そうですね。昨日はあのあとすぐ寝たはずですよね?」

「寝たよ。ベッドに入ったら一瞬で意識とんで気がついたら朝だった」


 由梨菜とおやすみなさいLIMEなんか嬉しい、とか思いながらベッドに飛び込んだらそのまま寝たらしい。

 朝に部屋の電気つけっぱなしにしてた事で親に怒られたのはご愛嬌だ。


「……心配要らなさそうですね。寝癖、まだ残ってます。随分とよく寝たみたいですね」

「え、本当? 直したはずなんだけど……」


 頭を撫でるようにして確認してみるが、それらしい感覚が手に伝わってこない。


『次の駅は~○○~、○○~。お降りの際は足元に注意してください』

 

 もたもたしている間に駅についてしまう。

 朝日のせいで窓ガラスも鏡にはなってくれない。


「もう、先輩ってしっかりしてそうでたまに凄く抜けてますよね」

「仕方ないだろ、人間なんだし……」


 由梨菜がどこからか折り畳み式の櫛を取り出して、寝癖を直してくれた。

 場所はどうやら右の側頭部だったらしい。


「なかなかに頑固ですね……っと、なんとかなおりました」

「ん、ありがとう由梨菜」


 電車が駅に到着した。

 ゾロゾロとした波に乗るようにして、由梨菜と電車を降りる。


 今更になって由梨菜に櫛を通してもらったのがとても恥ずかしくなってきたぞ。


 赤面する俺を心配そうに見てくる由梨菜に、なんとか笑い返して歩き始めた。



◇ ◇ ◇



「おっす湊」

「運動部らしい挨拶をどうも、おっす拓真」


 教室につき、自席に腰かけた俺の背を強めに叩きながら挨拶してきたのはサッカー部エースこと篠沢拓真。

 三年の先輩方がいなくなってからというもの、こいつがこの学校のサッカー部を引っ張っているらしい。


 二年生のクラス替えで隣の席になった初日から話しかけてきた、コミュ力の高いやつだ。


 そんな運動部エース様はもうすぐホームルームが始まるというのにクリームパンの袋をバリバリと開けている。


「……なあ、朝からそんなに食べて腹膨れすぎないか? もしくは、朝ごはん食べてないのか?」

「何言ってる、朝ごはん食べねぇと腹へって朝練なんかできるわけねぇだろ。体にも悪いしな」

「よくもまあ、そんなに食べれるな……」

「お前も運動部だろ」

「あそこはユルユルだろうが」


 俺と由梨菜の属している部活は弓道部。

 激しく動くことなんか皆無、朝練は自由練習という緩さだ。

 まあ、緩いお陰で助かることは多いし、不自由はしてない。


「そーだよなー。朝練ないから姫城ちゃんとゆっくり来れるんだもんなー」

「大声で言うなっつーの……周りの目が余計きつくなるだろ。単に一緒に登校してるだけだ」

「その単に一緒に登校してるだけ、がどれだけ敵を作るか知らない訳じゃねぇだろ」


 ちなみに姫城ちゃん、とは由梨菜の事だ。

 もし弓道部に朝練があったとしても、それはそれで一緒に来ることになるんじゃね? という言葉はとりあえず飲み込んでおく。


「まあ、俺が由梨菜と登校してるのだってなりゆきなわけだし、お前でもできるだろ」

「朝練が五時半集合でも付き合ってくれる子いるなら紹介してくれよ……」


 心当たりは一人いるんだが、まあ、黙っておくか。

 拓真も知っているやつだし、気かつくか気がつかないかの差だろう。


 そこまで話したところで始業の鐘が鳴った。

 



◇ ◇ ◇


 場所は変わり、AWL。

 セーブ地点の宿のベッドから体を起こす。


 時間は二十一時四十八分。

 由梨菜との待ち合わせの噴水に五十分にはつけるだろう。


 宿を出ると同時にポロンっと音がする。

 視界の右下のウィンドウにはこの宿の支払いが済んだことが書いてあった。

 宿の受付で払うこともできるが、待ち合わせ場所に由梨菜は五分前には来るからそこまで時間をロスしていたくないのが本音。

 なので、このシステムには結構助けられている。




 それから噴水前で待つこときっかり五分。

 予定の二十二時に遅れることなく集まることができた。


「こんばんはです、先輩」

「ん、こんばんは」


 噴水前に並んで座り、星空を見上げた。

 昼にしか、もしくは夜にしか発生させられないイベントがあるのでAWLでは七時間をだいたいの区切りとして昼夜が入れ代わる。

 今日は現実と時間帯がほぼ同じなのだろう。

 二人して空を見ながら会話を続ける。


「……今日は、初狩イベントでしたっけ?」

「そうそう。冒険者を始めたユリナを初めて狩りに連れていく日だ」

「了解です。となると、狩りをしつつ次の街まで移動ですね」


 そう言い、由梨菜が立ち上がる。

 俺も立ち上がり、アイテム欄を操作しあるアイテムを探す。


「んじゃ、呼ぶぞ」

「了解です」


 由梨菜に声をかけて、『出会いの鈴』というアイテムを現物化した。

 これは、セーブした時点で一旦行動停止しプレイヤーに干渉する事の無くなった……分かりやすくいうと、一時的に消えたヒロインを呼び出すハンドベル状のアイテムだ。

 各ヒロインとの出会いを済ませると自動的にアイテム欄に追加される。


 拳より大きめの傘から伸びる取っ手を持ち、カラン、コロンと小さくならす。

 この音がなんとも心地よい。




「お、遅れましたっ」


 ならしてから三十秒程だろうか。 

 恐らくプレイヤーが『出会いの鈴』をしまい直すための時間が過ぎ、ユリナが現れた。

 騎士学校に通っていた頃と同じ、プレート部分が小さめの胸当てとショルダー、実用性と軽量に気を使った白い剣、そしてミニスカートという出で立ちだ。


「いや、大丈夫だよ。忘れ物とか無い?」

「確認してきました、大丈夫ですっ」


 そこでユリナが俺の隣……由梨菜ことハクアに目を向けた。


「……ところで先輩、その、隣にいる女性は誰ですか?」


 序盤だと由梨菜はいてもいなくてもヒロインとのフラグに影響はない。

 なので、既に熟練度498になったらしい隠密スキルは使わないでもらってる。


「えーと、俺の冒険者としての仲間だ。仲良くしてくれよ?」

「はいっ。えーと、お名前、聞いてもよろしいですか?」


 後半は由梨菜に向けてだ。

 この会話も、細部が違うとはいえ七度目。

 最初こそ違う名前を名乗るのに慣れなそうな顔をしていた由梨菜も、すでに返答には慣れている。


「私は、ハクアといいます。よろしくお願いします。えーと、クロアせんぱ……クロアさんとは、仲間として一緒にこうりゃ……探検しています」


 ごめん、言うほど慣れてなかった。

 というか、最初の時ほどでないだけで取り乱してる。

 普段はピシッとしている由梨菜の取り乱す姿は見ていてとても微笑ましい。


「……何見ているんですか、先輩」


 ユリナに聞こえなさそうな声でぼそっと言ってきた。

 取り乱した後の赤い顔で睨まれても、怖くないな。

 

「とりあえず、始めましょうか。目指すは次の街、ラミュータですね。早めに動き始めないと深夜帯に突入してモンスターが強くなってしまうので急ぎましょう」

「ランタンあるから夜道は大丈夫だけど、アクティブモンスターには目印にされるから気を付けてな」

「了解ですっ!」




◇ ◇ ◇


「う~、夜の道って虫が多いんですね……これってどうしたらいいんでしょうか……虫除け薬は高いですし……」

「ほらほら、そんな泣き言を言わないの。慣れるしかないよ」

「うう~」


 森の探索兼街移動を始めて約三十分。

 ユリナは順調に冒険者の悩みを学んでいた。


 特にバッドステータスを着けてくるタイプの虫ではなく、森エリアで"らしさ"を出すために出ているエフェクトにすぎないのだが、やっぱり気になるものは気になる。

 由梨菜も初期の頃は突然ビクッとしたり固まったりしていたのだが、今では慣れたものだ。

 むしろ、慣れた方がいい虫の音が聞こえたりしてよかったりする。


「先輩、夜中に出るのはどういう種類のモンスターでしたっけ?」

「ローウルフ、ボールシット、あとゴースト系だな。ごく稀か、イベントで赤熊がでるらしい」

「イベ……ント? それと、赤熊、ですか?」

「あ、やべ……つい用語使っちまった……ええと、赤熊ってのは、体長三メートルくらいの赤い毛の熊だよ。大きいくせに速いから注意してね」

「わかりました~」


 AWLをプレイする一環で由梨菜にはある程度のゲーム用語を教えていたのだけど、もちろんこの世界にいるユリナにイベント等のゲーム用語は通じない。

 何やっているんですか、という由梨菜のジト目が痛い。


 ちなみに、ローウルフは基本三体から五体で連携攻撃をしてくる体長一メートル半ほどの狼。

 ボールシットはその名のとおり丸っこいコウモリだ。

 赤熊の出現率より低いらしいが、たまにボールシットがローウルフにお手玉として遊ばれているシーンが見れるらしい。


 ゴースト系は、手のひら大の火の玉状のモンスターが主流だ。

 面倒なことにゴースト系に物理攻撃は一切効かない。

 その代わり魔法はダメージの倍率が高くなるし、物理攻撃の制限があるからか経験値効率がいい。


 

 そんなことをツラツラと話ながら夜の森を歩く。

 深夜帯に突入する前にたどり着く事は、イレギュラーさえなければ大丈夫だろう。


「──来ます」


 由梨菜の気配探知に何かのモンスターが引っ掛かったらしい。

 そのしらせに歩くのを止めて、三人同時に腰から剣を抜いた。


「三体、ですね。ローウルフだと思います」

「ハクア、後ろは頼むよ。ユリナは俺と連携ね」

「りょ、了解ですっ!」


 普通なら数体が出てきてこちらの気を引いてくるローウルフは、この夜だけ動きが変わる。

 誰も囮に出てこず、草むらからの強襲で襲ってくる。


 無駄に長く感じる時間が過ぎ、ついに草むらから黒い影が飛び出してきた。

 

「ユリナは右のローウルフを抑えて!」

「はいっ!」


 右、左から同時に飛び出してきた。

 一体は由梨菜が確実に押さえるか処理してくれる筈なので安心して対応する。


 最初の強襲は下がって避けた。

 そして、ローウルフが着地したと同時に剣を振るう。


「グアッ!」


 着地のために下げていた頭にクリーンヒット。

 ローウルフは苦悶の声を上げた。


「はあっ!」


 返す剣で真横に深々と切り裂く。

 シェードが暗い森に薄緑の弧を描いた。

 ポリゴン片となって散るローウルフから目を反らし、ユリナを見る。


 伊達に騎士学校に通っていたわけではない。

 初級モンスター位なら相手取れるらしく、苦戦することなくダメージを与えていた。


「やっ!」


 気合いと共にユリナが剣を振りきる。

 ウィークポイントである首筋を斬られたローウルフはそのままポリゴン片になって消えた。


「おつかれさまです」


 由梨菜もしっかりと残りの一体を倒したようだ。



 その後も、ゴースト系が出現したときにユリナが悲鳴を上げてローウルフがわんさか来た事があった以外はさくさくと攻略が進められた。


 そして、予定よりほんの少し遅れた、AWL内時間で十一時。

 無事に次の街であるラミュータにたどり着いた。

 




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ