バレンシア国にて
がたがたと揺れる馬車の中。
常に馬車の外の警戒はしつつもゆったりとした雰囲気で、AWL最後の街──バレンシア国へ向かっていた。
「お三方、そろそろバレンシア国が見えてきますぜ」
馬車に乗せてくれているのは行商人の人だ。
魔女の館を出てから大きな道に沿って歩いているとモンスターに襲われているところを発見、助けたのが縁で乗せてもらっている。行商人らしく沢山の樽や箱も乗せているからか、馬は四頭もいた。
実はこの道は少し前までは魔物は全くでなかったらしい。最近になって出現し始めたという話は聞いていたけど、大丈夫だろうと思って護衛の一人すらつけなかったら案の定狙われてしまったんだとか。
「いやー、もし出てきても数匹だろうって高をくくってたらひどい目に遭っちまったよ。お三方に会えていなかったら今頃どうなっていたやら」
「なにか魔物が増える理由でもあるんですかね?」
「んー、あるとすりゃあ魔王がでたって眉唾な話があるけどな」
「魔王ですか」
「おうよ。北方から降りてきた勢力の一団で、最近になって名乗りを上げているんだってよ。強力な魔族で、魔物を使役しているって噂になってるぜ」
そんな勢力が下りてきているせいで魔物が活発化している、というのが今言われている見解らしい。あんまりにも突然だから商人の中では眉唾扱いらしいけど、王都とかではわりとてんやわんやしているというのが実情。
「よっし、ここがバレンシア国の門だ。ここまでサンキューな。魔王の件が気になるなら騎士の屯所にでも行ってみるといいと思うぜ。じゃあな!」
そう言って馬車は離れていった。割と気前のいい親切な人で良かった。
しかし、フローラズ王国や魔女の館にいる間にだいぶ魔王が進行してきていたようだ。今は何よりも情報集めが大切だろう。言われた通り騎士の屯所に行ってみることにした。ついでに魔女の館で手に入れたアイテムの換金場所を教えてもらえたら文句なしといったところだ。
「それじゃ、屯所に行ってみようか」
「行ってみようか、はいいですけど場所知っているんですか?」
「……うろ覚えです」
前回の時はほとんど情報収集とかはしないで、前までの情報を生かして攻略をしていた。まともな情報収集をしたのは三回目くらいまでだった気がする。そうなれば騎士の屯所なんてところは記憶からほとんど抜け落ちていた。
ああ、由梨菜のジト目が痛い。諦めて街を巡回している騎士の一人に声をかけて聞いた。
「中央通りを真っ直ぐ抜けて、大きな広場に入ったら右。少し行けば建屋が見えてくるはずだってさ。ついでにおすすめの宿の場所も教えてもらったから、いろいろ聞いたら今日のチェックインしにいこうか」
「了解です!」
教えられたとおりに道を進んでいく。事前情報の通り、この町ではどこに行っても柑橘系の匂いがした。そこかしこにオレンジ色の果物の売店があるから当然といえば当然だけど。騎士の屯所に行った帰りに一つくらいは買っておこうかな。
簡単に店先を見回りながら屯所に向かうと、そう時間がかからずに屯所が見えてきた。
「剣と盾が目印、出入り口に見張りの騎士が二人。あそこだな」
「もっと物々しい雰囲気だと思っていたんですけど、思ったよりキャッチーですね。びっくりしました」
ユリナが驚くのもわかる。
まず、騎士たちが通りがかった子供にミカンらしきものをあげているし、入りやすいようにか扉は解放されていて中が見えている。その奥にはなぜか「みかん」の文字が書かれた木箱がある。妙に段ボールチックなのはなぜだろうか。
とにかく、フローラズ王国のような厳格さというものがほとんど感じられなかったのだ。フレンドリーで、街に溶け込むことを主眼に創られたような感じ。
まあ、その分入りやすいからいいけど。
「ごめんくださーい」
「お、旅の人かな? いらっしゃい。とりあえずこれ、どうぞ」
入り口の見張り二人は一瞥しただけで素通りさせてくれた。受け答えをしてくれたのはカウンターの人だ。相変わらずフレンドリーで面食らってしまう。強面なのににっこりするからだろう。
とりあえず何より情報収集。
「えっと、噂で魔王が出てきたって聞いたんですけど」
「あー、あの話か。どうにも噂じゃすまなくなってはいるし、一応耳には入れておくべきかもな」
強面のひげをさすりながら思案して、そう前置きをしてから話し始めた。
「北から降りてきているって話は聞いた事あるだろうから省くぞ。魔王の力に中てられて魔物が活発化しているんだが、ハンターたちが当然対応してかなりの数討伐はしてくれているんだ。その中に妙な話があってな」
そう言いながらカウンターの下から小さめの魔物の死体を取り出した。具体的には、討伐したローウルフの皮だ。その皮の、本来であれば首筋に相当するところを指さしながら続ける。
「ここを見てみろ。小さいけど黒い三角形のマークがあるだろ?」
そこには指先ほどの大きさの黒い三角形のマークがあった。それぞれの角には丸もあり、明らかに自然にできたものではないとわかる。当然だけど今まで倒してきた中でこんな模様をつけた魔物はいなかった。つまり、この模様は理由はさておきわざわざつけられたものなのだ。
「なんでも、この模様は魔王の配下になると浮き出てくるって噂でな。南下してきている勢力図からしても間違いないんだとよ」
「勢力図?」
「おうよ。なんでもこの魔王の幹部は二人。それぞれの塔を移動させながら南下して、その二人が制圧した土地を魔王が掌握するってんだ」
その軍勢の様相が三角形に見えることから、ほぼ確実ではないかということらしい。つまり、魔王を倒すためにはまずその二人の幹部を倒さなければいけないということだ。
魔女の館でレベルは上がっている。問題ないとは言わないけど、それでも可能性は見えた。
目標──魔王の幹部。




