幕間 きっと私が一番苦労性♯2
例のやり取りの日から二日後。拓真先輩も部活がないということで、学校が終わってから集まることになった。私としても、拓真先輩が来るときにいったん家に帰れるというのはありがたい。制服から着替えて、荷物を確認してから家を出た。
集合場所は学校の最寄り駅。みんながわかるし、なによりお邪魔させてもらう湊先輩の家に近いんだとか。
「おまたせー。まだ由梨菜一人?」
「うん。もう少ししたら湊先輩も来ると思うよ」
となると、遅れる可能性があるのは拓真先輩だけか。あの先輩はサッカー部ということもあって交友が広いし、なかなかすぐに教室を抜けられていないだろう。
なので、待っている間に飲み物とかを買っておくことにした。この流れも毎回のことだ。いつもの定番のものと大きいペットボトルのジュース、あとは適当につまめるお菓子と気になったもの。湊先輩の家にもあるから、ということで大量には買わなかった。
会計が終わったところで拓真先輩が来た。
「わるい、遅れた」
「そんな待ってないから安心しろ。んじゃ、行こうか」
湊先輩に連れられて歩き始めた。由梨菜がどうかは知らないけど、私は行くのは初めてだ。マンションということは知っているけど、どのくらいの規模のものなんだろうか。
もしかして手狭だったりしないだろうかと心配したけど、いざ着いてみるとそんなことはなかった。むしろ、普通のマンションと比べたら一部屋ごとが結構広く感じる。勉強部屋として使われることになったリビングも、ソファーやテーブルを置いてあってなおスペースがかなり余っていた。
湊先輩が大きいテーブルをもってきて中央に設置。私と拓真先輩、由梨菜と湊先輩が隣り合うように座って勉強会が始まった。
「とりあえずポテチでも開けようぜ」
「なにを言ってるんですか。そうしたらサボりモード一直線なうえに手がべたつきますよ」
早速ビニール袋に手を伸ばそうとした拓真先輩を牽制。隣に座っておいてよかった。
えー、という顔でこっちを見てくるけど、ここでOKをだすときっと歯止めが利かなくなるだろう。私自身の欲としても、この隣で勉強できるという機会をフイにはしたくないのだ。
それに、目の前にいる二人の手助けをするならば必然的に拓真先輩と二人きりになる時間が来る。その時はその時で別の過ごし方をしたい、という気持ちもある。
「拓真先輩、ここがまだ理解できてないので教えてもらっていいですか?」
「おう、どれどれ」
高校に入ってから、数学の難易度が飛躍的に上がった気がする。苦手な教科だからそう思えるだけなのか本当にすごく難しくなったのかはわからない。とにかく、納得せずに公式だけを覚えるのが気持ち悪く感じる質だけに苦手意識が膨れ上がっているのだ。
理数系が苦手だから正直英語も厳しい状況だけど、どちらかというとまずいのは数学。拓真先輩が特別頭が良かったりしないのは知っている。それでもさりげなくといえる範囲で甘えていたい。テスト前の勉強会という名目の集まりでも、そういう気持ちは変わらないのだ。
「えっと、これはだな」
「はいはい」
そんな感じで、勉強会の時間は過ぎていった。
◇ ◇ ◇
「だぁぁ疲れたー!」
開始から二時間と少し経った頃。さすがに全員の集中力が途切れてきたということで勉強会は終了した。
今は買ってきたお菓子や飲み物を開けて座談会の様相になっていた。
「気が付いたらそとも だいぶ暗いですね」
時間は十七時半を回っている。季節が季節だし、この時間にはもう夜の帳はおりているのだ。
勉強の類を一切片づけてくつろぐのは、なかなか楽しいものだった。拓真先輩がコーヒーよりオレンジジュースが好きなのは驚いたけど。もっとも、そう言ったら「加奈ちゃんは紅茶よりスポドリと牛乳の方が好きじゃん」と返されてしまった。
拓真先輩が私の好きなものを知っていたことに驚いて言い返せなかった。まさか把握されているとは思わなかったから。
私が固まっている間に話はどんどん進んでいく。
「今日は何時までここにいていいんだ?」
「勉強会をすることは言ってあるから、わりと大丈夫だぞ。あんまりにも遅すぎなけりゃな」
何なら送っていくし、とのことだった。私の家は知らないはずだけど、家の近くまで送ることぐらいならということだろう。
そこまで考えてから、脳内で激しいツッコミが入った。湊先輩、今日の趣旨わかってます? こうして私と拓真先輩が集まったのは由梨菜と二人で勉強をするためだったはずですよね?
仕方ないのでフォローを入れることにした。一応言ってから気が付いたような顔はしてたし、ギリギリということで。
「すいません、私そろそろ帰ろうかなって」
「あ、そうなの?」
「はい。なので拓真先輩、送ってください」
多少強引だけど拓真先輩を釣り出すことにした。目に見えて緊張した二人はさておき、拓真先輩を促して帰りの準備をさせる。十八時も近いし不自然ではないだろう、と勝手に言い訳して正当化しておいた。
それに、私からしたらこの集まりの本命はあくまで先輩なんだから仕方ないよね。
「ほら、行きますよ先輩」
「ちょっ、加奈ちゃん早いって。じゃな湊、姫城ちゃん。今日はサンキューな」
先輩が二人に挨拶をしているのを尻目に部屋を出ていく。このあたりの地理はよくわからないから先輩に案内してもらわないといけない。なので出口で待つことにした。
これで約束は果たしたからね。これからは私の時間。
「お待たせ。加奈ちゃんの家ってどのあたりだっけ?」
追いついてきた先輩に最寄り駅を教えて送ってもらう。普段は部活の関係もあって時間が合わないことの方が多い。それだけにこういう時間は貴重だった。学年が違うし、拓真先輩は交友関係が広いから由梨菜たちみたいにいつも一緒に昼食をとったりできない。そのせいで由梨菜が羨ましくなることは多いのだ。
だから、少ないチャンスをものにしたい。
「先輩」
「ん?」
「再来週の週末って何か予定入っていたりします?」
再来週はテストも終わり、冬休みを意識しだすころだ。部活が日曜日にまで詰まっていることはあまりないはず。
「んー、土曜日はもう部活があったと思うけど日曜なら空いているはずだよ」
「なら、日曜日にここに一緒にいきませんか?」
鞄から一枚のチラシを取り出してみせる。そこには近頃少しはやっているカフェの新作が大きく描かれていた。雰囲気が良くて席が多く近くに大きなスーパーもある。品ぞろえも豊富で複数回行っても飽きないのが売りだ。
そして何より、この店はカップルで行くと無条件で割引になる。そのサービスの良い店が私の好みの新作をだすというのだ。これは是非とも先輩を誘っていきたい。割引のためのウソを理由に、先輩と一瞬でも彼氏彼女になれるのだ。
「モンブランですよ先輩。こんなに大きいやつがお手軽価格です。先輩が来てくれたら他のも沢山食べれるんですよ」
部活大好きな先輩はこういう所に縁があまりないからか若干逃げ腰だ。でも、今回は逃がす気はない。
とりあえず休日に先輩とお出かけをできる仲になりたいのだ。冬休みも近いしできれば、クリスマスにも一緒に行けるような。
「どうですか?」
「いいけど、俺お洒落な服とか持ってないよ?」
「なら一緒に買いに行きましょう」
カフェだけ行ってはい終わり、では味気ないとかいうレベルじゃない。丸一日までとはいかないにしても、もう少し味付けしたい。私のポリシーは「押せるときにとことん押す」だ。
「わかったわかった。再来週の日曜な、空けておくよ」
「それでいいんです」
テンションの昂るままにドヤー、と胸をはってみる。たぶん顔は真っ赤だけど、暗くなってきているから大丈夫だと信じて。
詳しいことは後で詰めていくことにした。連絡先は交換しているから大丈夫。
変なテンションのまま、跳ねるように家に向かった。
「ふふーん」
決して、あまりに上手くいきすぎてテンパっているとかではないのだ。
断じて。




