亡国の幼花嫁
──重い音が断続的に聞こえた。
打ち付けるような鈍い音とそれを受け止めるなにか。そして、誰かの悲鳴のような声。
私はいつから気を失っていたんだろう、とぼんやりと考えながらうっすらと目を開けて。そして、意識が弾けるようにして覚醒した。
「よ、目はさめたか?」
そこは暗い、古びた聖堂のようなところだった。目の前には声をかけてきた人、センパイの背中がある。ただしそれは、気を失う少し前の傷一つないものではなく傷や煤に塗れたもので。それを見れば、自分が倒れている間に何があったかなど一目瞭然で。
ああ、またセンパイに助けられてしまったのだと。痛いほどにわかってしまった。
「起きたならなんとか回復をしておいてくれると助かる。防御で精いっぱいで攻撃できていないんだ」
そういうセンパイの手からポーションの瓶が落ちた。そして、また降り注ぐ魔力弾のうち脅威になるものだけを的確に叩き落としている。私が掛けた加護はとっくに消えている。つまり、センパイに降りかかる暗黒魔法のダメージはレジストされることなく、防御の上から攻撃を与えているだろう。
直撃してしまえば即死級の攻撃を、ずっと防いでいたのだ。
「わ、わたしは……センパイを……」
ついほんの少し前に、共に歩いていくと。センパイがいつでも頼れるようになると誓ったばかりなのに。
ふたを開けてみれば、どうだ。情けなくもセンパイにただ守られてしまっている。それが情けなくて、悔しくて、たまらない。
ダークプリンセスの攻勢はさらに苛烈さを増していく。腕による薙ぎ払いはしっかりと受け止めてさえその防御を崩し、魔力弾はもはや絶え間なく撃ち続けられている。
なんとかポーションを飲んで回復を図るが、そこまで万能ではないが故に治りは遅い。回復するそばから減っていくセンパイよりはマシなのだろう、とぼんやり考えてしまう。
「回復できたみたいだね。なら、次は聖属性の付与をお願い!」
センパイからの指示に、半分無意識で動き始める。頭の大半はセンパイへの罪の意識でまともに動いていなかった。ただ、この魔女の館に入ってから幾度と繰り返した指示だから体が自然に動いただけ。たどたどしい声で、それでもちゃんと魔法が発動したのは奇跡に近い。
現に私は、まだ立ち上がれないでいる。やるせない気持ちで溢れているくせに、足に力が入らない。
「わたし、は……」
頬を一筋の雫が流れるのを、ただ感じていた。
◇ ◇ ◇
視界の端で座り込んでいるユリナの姿が見えた。
HPは全快、これだけの時間があればMPだってそこそこ回復しているだろう。なのにユリナはいまだに立ち上がれていなかった。当然、状態異常を示す表示もない。いつまで自分の集中力が持つかわからない以上早めに戦線を持ち直したかったのだけど、そうも簡単にはいかないらしい。
危険を承知でじりじりと後退してユリナの様子をうかがう。といっても、顔をあからさまに向けてしまえばその瞬間ダークプリンセスの攻撃で倒されてしまうことが目に見えている以上声を拾うしかない。
「ユリナ、どうかした?」
言葉に詰まる気配がした。しかも嗚咽まで聞こえてくる。
見なくても泣いていることが分かった。
「わたし、センパイの足を引っ張ってしまいました……ちゃんとセンパイを支えるって誓ったのに……!」
ふと見れば、ついさっき交換した指輪に黒い力が渦巻き始めていた。
この指輪は誓い合った二人の状態によってその姿を変える。そしてその内容が誓いに関するものであるのなら、どれほど指輪の呪縛に影響を与えるかわからない。現に、この短時間で透明からぅ路が見えるレベルで進行してしまっているのだから。
きっとこの黒は、ユリナの心の混沌を示している。
ならば、今すべきことは。
「ユリナ、支え合うってどういうことかわかる?」
「え……?」
薙ぎ払いに魔力弾が一層苛烈になった。軋み、建物が悲鳴を上げる中で懸命に言葉を紡ぐ。
先輩として、そして何よりパートナーとして共にあり続けるために。
「どちらかが一方的に支えるわけでも、迷惑をかけてはいけないということでもないよ。誰だって失敗はする。それを認めて、お互いに補っていけるのが支え合うってこと」
失敗をしてもいい。片方が間違っていたらもう片方が直せばいい。お互いを信頼して、自分の失敗さえ預けて、そしてまた一緒に立ち上がれる。それだけでいいのだと。
「ユリナが今回はミスをしたかもしれない。だからこうやって支えたよ。でも、たぶんそれで俺は精いっぱい。一人で立ち上がるのは難しいと思う」
だから、ユリナ。
「俺を支えてくれ」
「──はい!」
目元を拭い、そして立ち上がった。
その目に迷いはもうない。力強い視線がダークプリンセスを射抜いている。不屈の意思とともに手を掲げ、その周りに光の矢を浮かべた。
「ホーリーアロー!」
何分かぶりのクリティカルヒット。久しぶりにダークプリンセスのHPが削られた。
そうして生まれたわずかなスキに、ユリナは自分にも聖属性のバフをかけている。魔力弾は防げるから心配せずに攻撃をしてほしいということだろう。
それに答えるように渾身の連激をお見舞いする。
「Aaaaaaaaaaaaaa!」
残り一割。
未だにターゲットはユリナに向いているにも関わらず、俺はダークプリンセスの背後をとって剣を振り上げた。ダークプリンセスを挟んで向こう側、ユリナの周囲には一段階大きな光の矢が形成されている。
──この一撃で決めてみせる。
「おりゃぁぁぁぁああ!」
「ホーリーランス!」
助走までしっかりつけて振るわれた剣と、聖属性の槍がそのティアラを強かに打ち付けて貫いた。甲高い音を立てて砕けたティアラと共に、ダークプリンセスのHPも吹き飛ぶ。
先程までの狂乱が嘘のようにその場に固まったまま空中にとどまった。徐々に体の表面の黒がボロボロとはがされていく。風に消えていく暗黒魔法の衣の中から、純白のドレスに包まれた姫が現れた。
「あなたたちの行く先には、魔王がいるわ……。恐ろしく強大な、暴力の権化が。それでも決して折れることなく進みなさい。今までの私たちの祈りをあなたたちに託します」
消えゆく寸前、そう言い残して去っていった。
魔王。それはAWLにおいてラスボスの称号だ。その姿がついに間近に迫ってきたのだ。
ユリナと勝利を祝うハイタッチ。館を出るために視線を向けた出口には、由梨菜と黒猫が待機していた。由梨菜はストーリー上必要な場面故に今回は手伝うことなく待機していたのだろう。黒猫は来たときと同じく案内役だろうか。
何はともあれ、これでまた一段落。次が魔王たちがかかわる山場である以上、今はゆっくりと休みたい。
「ようやく終盤だ」
「その前に定期試験がありますけどね」
思えば、この魔女の館攻略は文化祭の後でやっている。そして大抵の学校では文化祭の近くには定期試験がるものだ。正直、完全に失念していた。
「その顔は完全に忘れていましたね。二週間後ですよ、お互い頑張りましょう」
苦笑いをしながら黒猫についていく。おそらくこれが魔女の館最後の休憩になるであろうことはわかっている。
リアルのことはリアルに戻ってから考えよう。とりあえずこの場ではそう踏ん切りをつけて前を向く。
ふと気になりステータス画面をのぞいた。
ユリナの好感度、87%。その数字が、この物語が終わりに向かっていることを明確に表していた。
これにて魔女の館編が終了です。




