追憶の黒花嫁
黒く染まったドレスに、輝きを失った杖を持つ大型の死霊。顔は仮面を着けたかのような人間味の感じられない無表情で、それでなお優美な動きで暗黒魔法を放つ。それがこの魔女の館のボスエネミー、ザ・レミニセント・ダークプリンセスだ。
HPバーが表示されるとほぼ同時にとびかかったものの、聖属性が付与されているわけでもない剣なのでそこまでのダメージは与えられなかった。
だけどそれは想定内。真の目的は、出現の時の隙を見逃さずにユリナより高いダメージを叩き込むことでターゲットを俺に向けることだ。
「ユリナは俺に聖属性の付与をお願い!」
「わかりました!」
最初の一撃を与えてからは後ろに下がっていたユリナが詠唱を始めた。ダークプリンセスの攻撃を避けているうちに、すぐに武器と防具に聖属性のエンチャントがかかる。
これでダメージは入りやすくなったはずだ。だけど、ユリナは聖属性が特別上手いわけではない。このエンチャントはもって一分だろう。間断なくかけ続けるには熟練度が足りないはず。つまり、数分に一度のチャンスでしっかりとダメージを稼いでいかなくてはいけない。
「はあっ!」
今度は手ごたえあり。大降りにならないように気を付けながら次々と斬りつけていく。
ダークプリンセスの攻撃は普通の死霊よりかなり肥大化した腕の振り回し攻撃と、黒い魔力弾がメインでたまにデバフやバインド系の攻撃をしてくる。大きくなっているせいか腕の振り回しは剣で受け止めきれそうにない。魔力弾は今のところ防げているけどこの後どうなるかはわからない。
基本的にエンチャントされた防具が防いでくれるけど、それでも衝撃が体の方に突き抜けてくるあたりさすがボスエネミーだ。
「ホーリーアロー!」
ユリナが支援で魔法を撃ってくれた。エンチャントじゃない、純粋な聖属性はダメージが大きいのか少し怯んでさえいる。しかし、それではターゲットがユリナに向いてしまう。攻撃の波が止んだ隙に連続で斬りつけて修正する。
「ユリナ、基本的に付与優先で魔法は抑え気味でいいよ」
「了解です!」
魔力弾の攻勢をやり切ったところで聖属性バフが切れた。途端に斬りつけた時の手ごたえとダメージが弱くなる。一旦攻撃から防御重視に変えて、ユリナの支援を待つ。流れ弾が何個かユリナの方にも行ったからそれもなんとか剣ではじいて対処した。
そうしている間にユリナの魔法が完成。再び剣が少し光の尾を引いて手ごたえを感じられるようになった。
ダークプリンセスのHPバーが三割ほど削れた。ここまでは順調。
だけど、ここからがボスの本領。形態変化、そして攻撃バリエーションの追加がされる。
「Aaaaaaa!」
悲鳴のような声とともに形態が変わる。腕が二本増えて、杖がさらに豪華に変化した。はめられている宝玉はさらに怪しい光を放っている。髪を振り乱して、今まで以上のスピードと力で苛烈に攻撃を仕掛けてきた。魔力弾もさっきまでみたいにエンチャントされていなくても防げるということはなさそうだ。
だけど、こっちだってただ三割削ったわけじゃない。むしろ、こうなることがわかっているからこそ最初のうちにしっかりと観察しておいた。
「ユリナ、ターゲットを奪わないくらいであのティアラに攻撃して!」
名前にプリンセスと付く以上、たとえ亡国のとはいえその頭にはティアラがある。そして、いろいろ攻撃をしてみたところそこが一番の弱点だとわかったのだ。ならば、相性のいいユリナの聖属性で狙わないわけがない。
俺もやろうと思えば攻撃はできるけど、単純にダメージ効率が悪いのと攻撃の後にできる隙が危ない。なら、ユリナに遠距離から弱点を叩いてもらった方がいい。支援が疎かになる可能性は高いけど、それぐらいは先輩の意地でカバーしよう。
ユリナがターゲットを奪わないレベルで攻撃するには、俺がユリナを上回るだけのダメージを与えるか攻撃回数を保つ必要がある。ダメージ効率で勝てない以上、回数で稼ぐしかない。
「うおおおお!」
できるだけ最短の軌跡を通るように、体勢を崩さないように、攻撃に対処できるように。ダークプリンセスの一挙手一投足に気を払いながら連撃を繰り出していく。ユリナはかなりの精度でティアラに攻撃を命中させているから、ひと時も気が抜けない。
幸先のいいことに、視界の端で剣技のレベルが上がったのが見えた。
「ユリナ、いったん攻撃泊めてバフの用意をお願い!」
「はいっ!」
断続的に飛んできていたホーリーアローの波が止まる。そして詠唱が始まった。バフが切れるまであと十秒だったからちょうどいいころだろう。ついでに連撃をさらにすることでさらに狙われやすくしておく。今のところ順調だ。
ダークプリンセスのHPは残り四割。このままいけば確実に削り切れるはず。
「いきます! 『ホーリー・ディバイン』!」
剣から光が消えると同時に新たに聖なる加護が付与された。そのわずかな隙間を狙ってダークプリンセスが攻撃をしてくるが、パターンがよめていれば対処するのに問題はない。余裕をもって回避をして、すぐさま攻勢に移る。
HPが三割を切った。
「Aaaaaaaaaaaaaa!」
さっきまでより強い咆哮。そして、予想もしていなかったことが起きた。
突如ダークプリンスから放射状に力が放たれた。予備動作がほとんどない、それまで見せていた連撃への反応さえ無視した突然の行動。放たれた波動の効果は、被弾者の一切の行動へのキャンセルと突き放し。もしプレイヤー側が使えるようになれば即バッシングと修正がされるほどの効果だ。
まさかストーリーのイベントボスがそんな攻撃を繰り出してくるとは想定していない。完全に虚を突かれて固まる俺のすぐ横をダークプリンセスが通り過ぎていく。向かう先は当選、ユリナ。
「ユリナー!」
崩れた体勢はそう簡単には直らない。突然ターゲットを変えたダークプリンセスに対応する術がない。そして、前衛である俺に完全に直接の対応を任せていたユリナはそれに反応ができないでいる。
結果、無防備にダークプリンセスからの攻撃をうけて吹き飛ばされてしまった。HPが減って攻撃力が上がっていたせいで、その一撃はまともにくらえば体力の大半を消し飛ばす凶悪なものとなっている。
実際にその攻撃をもろに受けてしまったユリナは起き上がれていない。HPもたった一撃で満タンから残り二割まで落ちている。
まずい。まずいまずいまずい。
まず第一に、なんでターゲットが俺からユリナに移ったのか。ヘイト管理には気を配っていたし、実際さっきの突き放しをされるまでは俺にターゲットが向いていた。そして、AWLは『HPが減ったから』という理由で脈絡や理由なしに所見殺しをするようなことはない。つまり、なにかターゲットの基準が変わったということだ。
この魔女の館において聖属性はサポートの由梨菜も含めてプレイヤー全員が封印されている。なら、聖属性を使うことはターゲットになる要因ではないはず。
「ぐっ」
ユリナに振り下ろされようとしていた攻撃を何とか間に割り込んで防御。直前にかけてもらったエンチャントのおかげで何とか対応できているけど、これ以上はまずい。魔力弾は威力も数も増しているし、ただの攻撃一つひとつが重くなっているのだ。
そして、ここまでしていてターゲットが変わらないのであれば、ボスのAIが一時的に向上──補助している人を優先的に狙うといったようなもの──をしたわけでないとわかる。一番の脅威と認識したユリナへの攻撃を妨害する俺を先ほどの突き放しでどかしたりしない。であれば、可能性は一つ。
エンチャントしている時間にした攻撃もユリナによる攻撃と換算されたのだろう。聖属性がなければ俺の剣はほとんどダメージを与えられない。そして、ダメージ効率に置いてこれほどの価値を出したのならばユリナの攻撃として認められてもおかしくはない。
「だとしても唐突すぎるだろ……!」
でも、それが試練だというのなら。これは、乗り越えるべき壁なのだろう。
「なら、最初の壁なんかで躓いてなんかいられないよな」
とにかく、ユリナが目を覚まして体勢を整えるまで耐えてみせる。そのくらいはパートナーとしてやり遂げる。
そう決意し、ダークプリンセスに向けて剣を構えなおした。




