誓いを君に
とりあえず最初に案内された部屋に戻ってきた。
もはやどこか安心感さえ覚えるその部屋では、何となく暗い雰囲気になっていた。それもそのはず、童話やおとぎ話だと思っていた断片の結末がわかりやすいバッドエンドだったのだから。どうコメントしたらいいかわからないというのが正確な現状だった。
「と、とりあえず飲み物でも飲もうか」
話題の切り出しに気を使ってぎくしゃくするくらいなら、取り合えず全員で同じ行動をして落ち着いてからにしようという方策だ。ゲーム内限定販売の、奮発して買ったトロピカルジュースを取り出して二人に手渡す。多少雰囲気に合わなくても、甘みが強いやつを飲みたい。
しばし無言の時間が流れた。三人ともが童話である以上こんなバッドエンドにはなるわけがないと思っていたのだ。
「えっと、どうしようか」
「スレイさんがいればこのお話のこととかを聞いたんですけどね……」
魔女ことスレイさんは最初の時以来顔を出していない。聞きたいことはかなりたくさんあるのに、見当たらないのではしょうがない。途中ですれ違うくらいすると思っていたのに。
「全然見当たらないよな。消えたわけじゃあるまいし、どこに行ったのやら」
「そういえば見てませんね。この館はアンデッド系多いですし、まさか幽霊だったりして」
「ユリナ、変な冗談はやめてくれよ。たしかにこの館、魔女の館にしてはラット系も魔法使いのアンデッドもゴーレムもいなくて悪霊系とか普通のアンデッドばかりだからって……」
通常の魔女系の館や施設、ダンジョンにはラット系やゴーレムが雑魚敵として出てくる。たまに突然変異でボス級になったラットとか魔法使いの霊がいたりするけど、メインはアンデッドではないのだ。
その辺が異質なのは認めるけど、スレイさんまで疑うことは無いだろう。
「いえ、先輩。その仮説はあり得るかもしれません」
「え?」
由梨菜がそう言った。表情からして場を和ます冗談というわけではないようだ。
では、どういうことなのか。
「リスタートした先輩ならともかく、何周かしていて感知範囲も精度も高い私の索敵にもスレイさんは捉えられませんでした。この最初に案内された部屋なら来るかもと思ったんですけど、そうでも無さそうですし」
「仮にスレイさんが本当に幽霊だとしても、あくまでドッキリ要素にしかならないんじゃない?」
「ではなぜ、この館に『錆びた約束の輪』という童話があるんでしょう? アンデッドだらけなのも気になりますけど、何よりそれが一番魔女の館に似合わないですよね」
AWLにおける魔女の館というのは、とんがり帽子のお婆さんが釜でなにかを煮詰めてる姿が用意に想像できるくらいに王道な雰囲気を持っている。トカゲの死骸が落ちてることもあれば、不自然に大きな釜がありもする。
そんな中で童話というのは、確かに不自然ではある。
「あの童話の最後で、お姫様は魔女になったとありましたよね」
「じゃあ、まさか……」
「そのまさかじゃよ」
生まれた疑念に答える声と共に扉が開かれた。さっきまで気配すら感じなかったスレイさんだ。ユリナなんかは突然の声に驚いて飛び上がっている。
返答の内容は肯定。つまり、由梨菜の予想通りスレイさんが童話に出てくるお姫様その人であるということだ。思えば、スレイを並び変えればレイス。今のところ害があるようには見えないけど、これでも暗黒魔法に取り込まれ暴走した過去を持つ悪霊だとしたらこの名前も頷ける。
でも、ならばなんであの童話を集めさせたのかがわからない。もし過去にあったことを報せたいとしても、語って聞かせたらいいはずなのだ。
「どうしてあの童話を、という顔じゃな。それは、この指輪のためじゃ」
スレイさんが懐から二つの透明なリングを取り出した。大きさは、輪っかから親指の爪が覗けるほどの小さいもの。
「この指輪には、たった一つの呪いと数多の思いが込められておる。この私のように誰かを思い、そして破れた時に災禍をまき散らす呪い。世界の裏で連綿と受け継がれ、姫という身分の私が巻き込まれることで童話にまで昇華した呪縛がな」
「まさか、スレイさんに指輪を渡したお婆さんは……」
「その通り。先代のスレイさ」
まるで鎖のように延々と続き、人を絡めとる呪い。その呪縛に負けた人は皆、生きながらにして永遠の老いた肉体と次世代への受け渡しを担う魔女となる。それがあの透明なリングに込められたものの正体だ。
スレイさんが俺とユリナを見て言葉を続ける。
「そこの二人は、この指輪を受け継ぐ素質があると見た」
「まさか、引き継ぐ気ですか⁉」
そこまで凶悪ならば叩き壊せばいい。スレイさんが無理でも、それを頼んで代わりに壊してもらうことはできるはずなのだ。それなのになんで受け継がせようとするのか。
「童話を思い出せ。私がつけていた方の指輪は砕けて終わっていたはずじゃ。この指輪は、たとえ壊しても魔女の手のもとに戻ってきてしまう。込められた呪縛を解かない限りは、な」
そんなことはもう何度も試したと言いたげな目だ。実際そうだろう。忌まわしき呪いのせいで自分の世界を壊したものなんかを悠長に持っていられるはずがない。
「それに、今なら先代の気持ちもわかる。この指輪には呪いだけではなく、数え切れないほどの破れた夢の欠片もあるのだ。いつとも知れない過去から続く悲願を、この呪縛が解ける瞬間を、たとえあの世からだとしても見届けたいのじゃ。故に、この指輪を……受け継いでほしい」
痛いほどにスレイさんの気持ちは伝わる。己の名前を名乗ることすら許されない、亡国の姫は次世代に自分の希望と夢を託そうとしているのだ。
「……センパイ。私、この指輪を受け継ぎたいです。その、先輩も巻き込んでしまうことになりますけど、それでも……駄目でしょうか?」
「わかった。不安なところもあるけど、何とかしてこの呪いを二人で乗り越えよう」
「決めたのじゃな。では、ついてくるといい」
スレイさんの先導に従って部屋を出る。どこに向かうのかはわからないけど、おそらくさっきまでの探索の時には行けなかったところに行くのだろう。それに、スレイさんが指輪を受け取った時と違って俺とユリナはあの指輪を鳴らしたり少しずつ馴染んでいっていない。それでも引き継ぐには特別な工程がいるのだろう。
階段を何度かおりて歩くこと数分。教会や聖堂という表現の似合う、荘厳な部屋にたどり着いた。どこからか流れる水の音だけが静寂の中で響いている。かなりの広さに驚かされた。
「ここじゃ。この部屋で引き継ぎの儀を執り行う」
「何をしたらいいんですか?」
「簡単じゃよ。互いに誓いをたてて互いの指に指輪をはめる。スレイの目の前で行われる誓いが引き継ぎの儀じゃ」
指示に従って祭壇の中央に二人で進み出る。自然と向かい合って、お互いの目を見つめる。もう、その目に不安や揺らぎはなかった。手に握ったリングをユリナの前にかざして誓いを紡ぐ。
「俺は、ユリナと常にともに歩み、助け合うことを誓います」
「私も、常にセンパイと一緒に進んでいくこと、センパイがいつでも頼れるような人になる事を誓います」
誓いをスレイが聞き届けることで指輪は輝きを放った。それに一瞬驚きはするも、落ち着いてお互いの指にリングをはめる。徐々に光は収まっていき、ついには指にジャストフィットする大きさにまで縮んだ。見た目も無味な透明から周りの光を跳ね返す美しい透明になった。
これで儀式は終わり。祭壇を下りてスレイさんの方に向かう。
「どうやら、無事に引き継ぎは終わったようじゃな。その指輪をはめた以上、あらゆる災難がお前たちの誓いを試そうと襲い掛かるだろう。それでもどうか、負けないでおくれ」
「はい!」
勢いよく返事をして、腰の剣に手を伸ばす。
俺の隣ではユリナも同じように動いているのにスレイさんは動揺しない。ここにいる三人全員がこの魔女の館の閉幕に予想がついているからだ。それは、すなわち。
「であれば、最初の難所を突破してみせなさい。そして、この私の最後を飾りなさい」
しゃがれ声ではない、高貴さを感じる声がスレイさんの口から出た。
徐々に若返りながら暗黒の波動を放つ。煤けたローブが美しいドレスに、みすぼらしい杖が優美な杖に。スレイである前の姿を取り戻しながら、それでも亡国の姫は暗黒に染まる。
『ザ・レミニセント・ダークプリンセス』
おそらくストーリー限定の特別エリアボス。
追憶の黒花嫁が不敵な笑みを向けてくると同時に剣を抜き放ち、ユリナと共にとびかかった。




