ユリナとの出会い
「──はっ!」
ブロンズソード・ロアルがスライムの核を貫く。
苦しそうにぷよぷよと揺れ、ポリゴン片となりスライムが消えた。
ドロップ品の一覧のなかにスライムの核が目標数である十個あるのを確認して、剣を鞘に納める。
「ハクア、素材集め終わったぞ」
「お疲れさまです。では、そろそろ街に戻りましょうか」
森を抜けて、広い平原の中の道を進む。
レベル上げを終えた後は、後々では回収しにくい街クエストを終わらせていた。
その最後である、"ランタンを求めて"というクエストをクリアするための素材がスライムの核だ。
街クエストは報酬のお金がもらえるし、ごく稀に装備などを貰えるクエストもある。
ちなみに、この"ランタンを求めて"というクエストでは、夜道を歩くときに何かと使えるランタンが五つ、スス等の曇り取るためなのかハンカチを三枚貰える。
まあ、あくまでハンカチなので、ランタン拭き以外にも使える。
ハンカチや台拭き等のアイテムを使うと、かなり早く汚れエフェクトが消えるのだ。
よって、湿地帯のクエストに行く人は帰りに拭けるようにと持っていく人も多い。
ただ、ヒロインとのフラグ建てを始めてからではなかなか消化しにくいのだ。
特に、最初の街であり現在の拠点の街のブレアイーストはその最たるものである。
「それで先輩、今日はユリナに会うんでしたっけ?」
「ああ。まあ、あれを会うっていう表現をしていいのか困るけどな」
「それもそうですね……まあ、展開的にはベタですし、仕方ないと思います」
そう、今日は、黒髪ロングの後輩ヒロインことユリナにフラグを建てるのだ。
累計七回目の、ユリナとの出会い。
クエストを無事クリアして、そのままの流れでバーサックル・アーツに向かい、ロアルじいさんにブロンズソード・アーツを修復してもらう。
そこで一旦由梨菜と別れて、俺一人で街を歩き始めた。
◇ ◇ ◇
中央広場から伸びる大通りを抜けて、枝道を歩くこと数分。
街の外れの方についた。
外れとは言っても、商店もすぐ近くにあるそれなりに栄えた所だ。
その中でもさらに威容を放つ、大きな建物に視線を向ける。
その建物の屋根には大きな剣と盾の印が掲げられていて、わいわいとした雰囲気を感じさせない。
その建物の屋根が見える位置で、NPCを探す。
「えーと……お、あの人なら良さそう」
その人……NPCは、スキンヘッドで木材を担いでいる。
恐らく土木関係の職なのだろう。
「すいません、騎士学校はどこですか?」
「ん……? アンタ、よそ者か。ほら、あそこにでっけぇ建物が見えんだろ。あそこだよ」
そう言いながら、大きな建物に視線を向けた。
そう。
あの、屋根に剣と盾の印のある建物が、ユリナとのファーストコンタクトの場である騎士学校である。
プレイヤーからみたら滑稽だろう。
しかし、ただ騎士学校に行くだけではイベントが発生しないのだ。
ここで、俺というプレイヤーが騎士学校を認識したとしっかり示さないとイベントは起きてくれない。
振り向く度に担いでる木材が振り回されて危ない以外はとても良いおっちゃんNPCに礼を言って別れる。
歳を取ったら、是非ともあのおっちゃんみたいにサムズアップしながら「良いってことよ!」と言ってみたい。
森の中の道を少し歩き、騎士学校の出入り口が見える位置まで来た。
「さーて、いっちょ走りますか!」
あまり二次元方面に詳しくない由梨菜にさえベタと言わせる展開。
気持ちスピードはおさえ目で、出入り口前を横切るように走る。
「──きゃぁっ!?」
「うおっ」
丁度目の前を通りすぎるときに、タイミングよく出入り口から女の子が飛び出してきた。
おさえ目のスピードにしていたお陰で女の子はほとんど飛ばされていないが、目の前で倒れていることに変わりはない。
脇目も振らずに走ってきたのか、周囲に気を配る事のできない状況にあったのか。
少女の目から流れる涙を見れば、どちらが正しいかは自ずと分かるだろう。
驚きをあえて隠し、取り分け済まなそうな顔を作ってその女の子に声を掛ける。
「大丈夫? ごめんね、俺の不注意だった」
「あ、いえ、大丈夫です……」
これが、俺とユリナのファーストコンタクト。
出会い頭にぶつかった、泣いてる騎士の少女との物語が始まった瞬間である。
◇ ◇ ◇
起き上がろうとするユリナに手を貸して起き上がらせて、ハンカチを差し出す。
シミュレーションゲームだからか、かなり高性能なNPCは意図をしっかり察して汚れの付いたところを拭いている。
少し拭くのを待ち、ハンカチをユリナが返してきた。
「あ、ありがとうございます。私は、これで失礼します」
「あ、待って」
「……?」
横から去ろうとするユリナに声を掛けて立ち止まらせる。
ぶつかった驚きからか涙こそ止まってはいるものの、その悲痛な表情は変わっていない。
「初対面の人に話すのは嫌かもだけど……なにか、あったの?」
「い、いえ、人に話すような事ではないので……大丈夫です」
大丈夫、と言うわりには、再び目から流れる涙は勢いを治めようとしない。
むしろ、加速している気がする。
故に、ここで諦めてはいけない。
ユリナの頭に手を置き、優しく撫でる。
「気にしなくていいからさ。吐き出したいときは吐き出さないとね。愚痴でもなんでも良いから、聞くよ?」
ユリナが目を見開いた。
そこまで、なぜ、とでも言いたげな視線を黙殺してユリナの手を取る。
ベンチに誘導して一緒に腰かけた。
「……で、何があったのかな?」
ユリナはここまで来たから流石に観念したのか、ぽつぽつと語り始めた。
まだ泣き上がりの少し聞き取りにくい声ながらも、絞り出すように。
「私が、騎士学校から出てきたのは見えたと思いますが、私はあそこの生徒です」
「ほうほう」
「家柄的に仕方なく入れられたんですよ。私の家には、不運にも男子が産まれませんでしたから」
「だから、代わりに騎士に、ってこと?」
「はい」
男装こそしなくても良いかもしれないが、この世界の風潮的に女騎士はあり得ないものらしい。
まあ、騎士学校に行かせられるような家の女子が普通は何に使われるかなんて一つしかないのだが。
「ですが、周りの人は皆男子。他の人のように幼少期から訓練していたわけでもありません。それで、その……言いにくいですが、イジメの様なものによく会うんですよ……」
「そっか……」
「騎士が嫌なわけではありません。むしろ、整然としていて、目指すべきだとは思います」
「うん」
少しずつ、話が佳境に差し掛かる。
それにつれて、ユリナは少しずつ嗚咽が増えてきた。
「ですが、今日の実習で……前から、よく思われてはいなかったんでしょうね。講師の先生の一人から、酷く怒られてしまいまして」
「それで、飛び出して来ちゃったの?」
「はい」
無理矢理笑顔をつくって見せてくる。
ああもう、見てられない。
思わずユリナを抱き締めて、耳元で言う。
「俺は、騎士学校なんて行ったこと無いから分からないけど。でも、大変だったと思う。それくらいは、わかる」
「……はい」
「でも、飛び出して、そのままじゃあ逃げたのと変わらないと思うんだ」
「………はい」
「だからさ、俺と一緒に冒険して、強くなって……バカにしてきた奴等、見返さない?」
これほど人の驚いた姿を、現実で見たことあるだろうか? というくらいにユリナは驚いた。
目尻に涙を貯めたまま固まり、徐々に顔を綻ばせる。
「……ははっ、あははっ、変な人、ですね」
「笑うなよ……」
「笑いますよ、こんなの。騎士学校に行けるレベルの家の人間に、こんなにさらっと脱走のお誘いする人なんて見たことも聞いた事もありません」
「そーかいそーかい。で、お返事は?」
「不安しかないですよ? でも、それでも、あの人たちを見返せる可能性が少しでもあるなら……私は、強くなりたいです」
決意を決めた、いい笑顔。
惚れ惚れするような晴れ顔だ。
「だから、私を連れていってください……先輩!」
「おう! ……って、え、先輩?」
「はい。私は冒険者みたいな事はほとんどしてないですので、教えていただけたらなぁ、と。先輩の方が歴は長そうですし。……ダメ、ですか?」
「……いいよ。あーでも、名前から知らないとダメかな? お互い自己紹介しとこうか」
「あー……それもまだ、してなかったんですね、私たち。ふふ、変な感じです」
展開も流れも、今までと同じ。
俺はもう何度も辿った道ではあるが、この目の前のユリナにとっては初めてのイベントだ。
待ってろよ、今回こそは、ハッピーエンドしてやる。
◇ ◇ ◇
その後、ユリナには、騎士学校の学園長に冒険者経験を積むという名目の長期休暇の申請と親への手紙を書かせた。
ついでに冒険者登録も済ませたし、ユリナとの攻略は明日から始めよう。
元からそのように由梨菜とは話をつけておいたし、その辺の事をサクサク終わらせた後は一旦ユリナと別れて宿屋に行った。
ここで部屋をとり、寝ることでそこまでのセーブになる。
寝るといっても五分以上ベッドに寝転がっていればセーブされるからその時間を利用して荷物整理をした。
セーブを終えた後は現実世界へと戻る。
同時刻にセーブを済ませたのか、由梨菜へお疲れさまメッセージを送ろうとスマホを手に取ると同時に向こうから送ってきてくれた。
『先輩、お疲れさまです』
『そちらこそ、お疲れさま。調子はどんな感じ?』
『隠密スキルの熟練度が497になりました』
『早いな……』
『先輩はどうですか?』
『出会いは終了。次回からユリナとの冒険開始かな』
『なら、暫くは先輩と攻略できますね』
『だね。さて、そろそろ遅いし寝ようかな? 由梨菜も早く寝なよ~』
『はい。おやすみなさいです、先輩。また明日』
『おやすみなさい。また明日』
スマホに充電器を繋げ、ベッドにダイブした。
「あーもう、おやすみLIMEとか、なんか嬉しくなるよなぁ」
誰へともない、独り言を呟いて寝た。