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あなたと踊りたい


 そういえば、由梨菜と加奈ちゃんの二人はどこにいるんだろう。先生たちの出し物が終わり、生徒会の出し物を見ている最中にふと思いだして周りを見渡す。

 全体を見ることは当然できないし、人が多いからすぐには見つからない。


『湊先輩、ちゃんと私たちの位置分かってます?』


 探すこと数分、ポケットの中でスマホが震えた。

 確認すると加奈ちゃんからのメッセージが来ていた。


「分かってない。どこら辺?」

『先輩のところからみてて右側の、火の前辺りです。隣にメイク落としきれてない人がいて目立つのですぐわかるかと』


 メッセージにしたがってすこし遠くをみる。

 右手、火の前……いたいた。隣にお化けメイクの人がいてすごく分かりやすい。口裂け女だったのだろう、耳元まで赤くなっている。


「見つけた。そっちからも見えると思うけど、拓真は俺の隣にいるからね」

『ちゃんと見えてます。ダンスの時間になったらまず私が行くので、拓真先輩が土壇場で逃げないように確保しておいてください』

「了解」


 気がつけば、もうすぐ生徒会の出し物が終わる。

 書記の一年生二人のマジックショーが佳境を迎えていた。帽子から鳩を出して、鳩にトランプのカードを運ばせている。裏を向けられたそのカードは、どうやら当たりだったようだ。

 書記二人が同時に一礼して退場。すぐに、すべるように会長と副会長が前に出てきた。


『いやー、よいマジックショーでした。よく当たりましたね』

『凄かったですねぇ。あとで是非種を教えてもらいましょう。──さぁて次は皆さんお待ちかね、ダンスの時間です!』

『学年、部活やクラスの垣根を越えた、自由に躍り狂うじかんですよ~! あなたの誘いたい人はだれだっ!』


 そこで一度言葉を切る。

 会長、副会長の二人は前に出て手を取り合い。


『『ミュージック、スタート!』』


 掛け声をしてからマイクを放り投げ、率先して踊り始めた。マイクは黒子のようにいつの間にか出てきていた会計がバッチリキャッチ。

 そして、去年までを知っている三年生と二年生が少しずつ動き出す。

 当然、加奈ちゃんも動いていた。速攻で立ってこっちに来たのだろう。取り残された由梨菜が固まっている。


「──拓真先輩」

「お、おうどうした。そんなに走って、姫城ちゃんはいいのか?」

「それは大丈夫です。そんなことよりっ!」


 息を切らした顔を上げて、未だ膝に手を当てたまま拓真に向かって言葉を続ける。


「拓真先輩、私と踊ってください!」

「え……。いいけど、加奈ちゃんは逆にいいの?」

「拓真先輩がいいです!」


 うわーお、ハッキリと言い切った。

 そしてここで、周りを見渡して男女の差に気がついた。

 男子はほとんどが羨ましそうな顔をしている。それはそうだよね、魔女コスプレとかも似合ってるって話題になってた後輩から真っ先に声をかけられているのだから。女子の後輩と仲が良いなんて羨ましい、しかもあんなに可愛い子だなんて、といったところか。

 それとは対象に、女子たちはコイバナをしているときのような表情だ。当然だ、ここで踊った相手とは多くの確率で付き合うというのがジンクス。女子の間でしか伝わらないが、これは告白と言っていいものなのだから。

 目の前で告白と同等の事が起こればこのような反応になるのだろう。


「オッケー。なら踊ろうか!」

「やたっ! 次のタイミングで入りましょう!」

「よしきた。……ところで、加奈ちゃんは踊り方わかる人?」

「え、知りませんけど」


 二人とも体育系の人間だもんな。仕方ない。


 ここまで見届けたらもう大丈夫だろう。そろそろ、遠目でもすごいことになっている由梨菜のほうに行かないと。



◇ ◇ ◇



 遠くからでもわかっていたけど、由梨菜の周りは酷いことになっていた。

 普段は加奈ちゃんや他のお友だちが目を光らせていたのだろう。だけど、文化祭後ということで友達は皆バラバラのところにいたりする上に加奈ちゃんまでいなくなってしまった。

 これ幸いと言わんばかりに男子が声をかけているのだ。

 しかも、男子側からしたら『お友達感覚で誘う』のだから単純に数が多い。今回を期に近づこう、という人ばかりなのだろうな。


「ひ、姫城さん。一緒に踊らない?」

「待てよ、並べって。なあ姫城ちゃん、一緒に踊らね? 分からなかったら教えてあげるからさ」

「順番とかねぇよ。それより姫城さん、僕がリードしてあげよう。手をとって、一緒に舞おうか!」


 皆が皆気を引こうと必死。

 あちこちから手をだし、口をだし、由梨菜の答えを待たないまま話が進んでいく。同時に喋り、隣の人を牽制して。そして、一緒に踊るという"ワンチャン"を狙っている。


 それが──とても悲しくて、とても怒れてくる。


 由梨菜は可愛い。それは認める。たぶん、街でインタビューしたら男女問わずイエスと言うくらいには可愛いんだ。

 でも、それ以上に由梨菜はただの女の子だ。

 ご飯を美味しいと言ってもらうと喜んで、コンビニの肉まんを半分こしてその少しの大きさの差を気にして怒って、高校生の作るお化け屋敷で怖がるような、ただの一人の女の子なんだ。

 皆の声を一斉に聞くことなんてできない。全員と踊ることなんてできない。現に今、とても困っている。


 そんな、俺の大切な後輩で──好きな子なんだ。


 人混み越しに視線が合う。その瞳はとても雄弁に今の気持ちを語っていた。

 誰かが、由梨菜の手を強引に掴もうと手をのばす。でもそれは認めない。AWLの時だって、この今だって、由梨菜と踊っていいのは俺だけであってほしい。

 それがエゴなのは知ってる。でも、このときだけは許してほしい。


「なんだよお前、邪魔すんな。人の手を掴んで何様のつもりだよ」

「お前こそ何様だよ。少し引いて見てみればわかるだろ。由梨菜嫌がってるだろうが」


 ガタイのいい体、鋭い目付き。ほぼ間違いなく運動部の上級生。すぐに手は振り払われてしまった。体力作りをあまりしない弓道部の俺が力で勝てるわけはない。

 でも、気迫では負けるつもりはない。


「どこに嫌がってるなんて確証があるんだよ。自分に都合よく解釈してんじゃねぇ」

「なら聞いてみればいいだろ」


 せっかく手を振り払われたことだし、ちゃんと由梨菜の方を向いて声をかける。俺と先輩のやり取りをみて固まってるみたいだから、極力優しい顔をつくって。


「なあ、由梨菜は誰と踊りたい?」

「わ、私は……っ」


 頭のなかでたくさんの事が飛び交っているのだろう。

 でも、停滞は一瞬。

 少し出していた俺の手を握って、言葉を紡いだ。


「先輩、私と一緒に踊ってください。私は先輩と踊りたいです」


 手をこっちからも握り返す。

 このまま火の前に連れ出してもいいんだけど、由梨菜はまだたぶん言いたいことがあるだろうからとりあえずそれだけをする。

 握り返したのが伝わって、顔をあげた。周りに集まっている人に、纏めて返答を送る。


「他の方は、ごめんなさい。湊先輩以外と踊る気はありません」


 なんとか笑顔を保ってるけど、手は震えていた。

 でも、ちゃんと言い切ってくれた。それがとても嬉しかった。


 人集りの輪を抜けて、キャンプファイアの方に向く。


「じゃあ、行こうか?」

「はい、行きましょう先輩!」


 曲のループに合わせて、ダンスの空間に同時に飛び込んだ。



◇ ◇ ◇



 曲に合わせて勝手に足が動く。まるで二人で一人のように、自然に一体になって動作になる。

 他の人ではこうはならないだろう。AWLで何度も一緒に踊った成果がこんなところに現れていた。しかも、踊りながら小声で話せるほどに。


「ごめん、行くの遅れて」

「先輩は悪くないです。むしろ、他の人が来るのが早すぎて驚いていたくらいなんで。加奈がそっちに行くのは事前に聞いていましたし」

「あ、知ってたんだ。でもなー、加奈ちゃんが来てからできるだけ早くいったつもりだったんだけどな」


 結果はあの通り、と肩をすくめる。由梨菜は苦笑いと微笑みの中間くらいの曖昧な顔をしていた。

 いくらなんでも早すぎ、というのがお互いの本音だ。すぐに囲いだした上にあそこまで苛烈だとは想像していなかった。


「でも、いいんです。ちゃんと先輩は来てくれましたから。それに少しは楽しかったですし」

「そりゃ、由梨菜が困ってたら行くよ。頼りないかもだけど、遠慮なく色々言ってくれると嬉しい」

「はい。できるだけそうするようにします」


 くるり、くるり。

 足を出してくるのに合わせて引く。右手で支えて、体を受け止めて。そしてまた少しだけ離れて。両の手をとりあって、ステップを踏む。

 くるり、くるり。お互いに合わせて、自然に動かしていく。


 手を離して、向き合って一礼。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 そしてまた視線を合わせて、少しだけ笑い合う。


 これにて、文化祭──終了。



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