揺れる心
由梨菜と買った飲み物をちびちびと口にすること五分と少し。
予想通りに目尻に涙を貯めて笑いながら加奈ちゃんが出てきた。その後ろから、少し疲れた様子の拓真。
まあ、加奈ちゃんに関しては最後の方、たぶん幽霊に追いかけられた辺りから声は聞こえていた。
「あー、ほんとおもしろかった」
「そういう楽しみ方するところじゃないと思うよ……。加奈はそうだろうなって予想はしてたけど、高笑いまでするとは思わなかった」
と、いうのが後輩女子チームの会話。
加奈ちゃんが真っ先に由梨菜の所にいったので、先輩男子組として拓真のほうにむかう。やけに疲れているのが気になるけど、大方予想はつく。
「よ、お疲れか?」
「まあな……。加奈ちゃんが元気な娘なのは知ってたけど、まさかお化け屋敷で笑いながら引っ張りまわされるとは思わないよ……」
そのあとも聞いてみると、それはもうすごかった。
障子からてが飛び出てくるときは驚きはするものの笑いながら握手を敢行。襲ってくる提灯には、あえてぱっくりと開いた口に手を突っ込み、唸り声には同じように唸りかえして対抗。
順路のわきまで隅々見ようとするから必然的にあっちこっちへと振りまわされたのだとか。
「宥めて先に行かせたらよかったじゃん」
「あんな楽しそうにされたら、そんなこと言うに言えねぇよ」
しかも、最初から最後まで手首を握られていたらしい。進むにも戻るにも止まるにも連れていかれるので疲れたんだとか。
わかるぞ、その気持ち。俺だって、由梨菜と手は繋いでないけど隣で歩いているからにはペースを合わせなくてはならない。普通に歩いて大丈夫だとわかっていても気は使うのだ。
拓真の場合は気を使う暇もなく連れ回されたのだけど。
「先輩方、次はどこ行きます?」
「お化け屋敷はあと2クラスしか無いんですよね。少し残念」
「まだお化け屋敷行きたいのか……」
拓真がさらっと加奈ちゃんに飲み物をおごってあげてからまた歩きだした。パンフを見つつ、廊下の張り紙をみつつのゆっくりとした進行。
前の加奈ちゃんと拓真は二人でどちらのお化け屋敷に行くかを相談してた。結局行くんかい。
「拓真先輩、あんなに疲れた感じなのに楽しそうです」
「女子と仲良く回れてるのが嬉しいんだろうな。サッカー部は出会いとか実はほとんどなくて辛いだけってぼやいてたし」
「え、私の友達でサッカー部の人と付き合ってる子いますよ。 お相手の人は周りに言っていないそうですけど」
「……それ、拓真に言っちゃだめだぞ」
由梨菜は困ったような苦笑いになっていた。
正直、加奈ちゃんの動きを見ていたらさすがにわかる。十中八九、拓真のことが好きなのだろう。由梨菜はそれを知っていて、しかも俺から拓真が日々「女子と仲良くなりたい」と言っているの聞いている。
大抵の人が同じ感想を持つと思う。
拓真はいざ自分のこととなると鈍感すぎ。
「前、私が加奈に教えたんですよ。拓真先輩が普段、女の子と仲良くなりたいーって言っているって。そしたらあんな感じで、積極的にアピール始めたんですよね」
「絶妙に本人に届いていないのがなんとも悲しいな」
聞けば、加奈ちゃんと拓真は一緒に登校するようになったとか。朝練の時間に加奈ちゃんが合わせてあげてるらしい。
そのお陰で、朝の電車内で多少寝ていても乗り過ごす心配をしなくて良くなり、歩いているときの会話で目が覚ませるようになった。
ありがたいよなー、の一言で済ませてはいけないと思う。というか気づけよ。
拓真としても、表情からすると、加奈ちゃんのことは嫌ではなくむしろ嬉しいらしい。ただその意図している所に気がついていないだけ。
「ほらほら、お二人さーん!」
数メートルさきで加奈ちゃんが大きく腕を振っている。
その横の教室の前で拓真が受付をしていた。どうやら、あそこのお化け屋敷に決めたらしい。
「行きましょうか」
「早足でね」
顔を見合わせて少しだけ笑顔を見せる。こういう一瞬が、大切なんだと思う。
◇ ◇ ◇
お昼を少し回った頃。
俺は中庭のベンチに座っていた。周りを校舎に囲まれていて、喧騒の音が聞こえはするものの少し暗い落ち着いた雰囲気を持っているところだ。
当然一人ではないのだが、隣にいるのは。
「いやー、時間空いちゃいましたねー。拓真先輩も引っ張っていかれちゃいましたし」
なんの巡り合わせか、加奈ちゃんだ。
由梨菜が教室のお店の店員として「一時間でいいから!」と連れていかれた。昨日の噂を聞き付けた来場者達が、由梨菜や加奈ちゃんといった贔屓目を抜いても美少女といわれる人達が少ないことに不満を持ったらしい。
基本的にちゃんと頼まれたら断れない性格の由梨菜は、一時間だけ、ということで店の方に行った。
そして、その直後に拓真が来校していた部活の先輩に見つかって連れていかれる。加奈ちゃんとぶらぶらと回ってはみたものの、この二人ではどーなんだと思うものが多かったからか気がついたらここにいた。
「あの、湊先輩」
「ん?」
「拓真先輩、私のこと何て言ってました?」
りんごジュースのパックを握りながら、力なさげに俯いている。そこには、午前中のお化け屋敷とかで見せていた元気がない。
「その、文化祭だからっていつも以上にはしゃいでしまいまして。拓真先輩の腕つかんだままで引っ張り回したりしたことを……その……悪印象持たれてないか、って気になっちゃいました」
加奈ちゃんは、たぶん俺と由梨菜が加奈ちゃんの拓真に対する気持ちに気がついているということを察しているだろう。その証拠に、こちらを見つめる目には後悔と反省、そして何より不安が見えていた。
だから正直に答えようと思う。
「確かに疲れてはいたけど、あいつはあいつで楽しかったってよ。ただ、腕を掴まれたときは驚いたって」
「驚いた、ですか?」
「うん。あいつさ、加奈ちゃんがどういう気持ちか気づいていないでしょ? だから女子の方から腕掴まれたのとか初めてで驚いたんだって」
お化けは驚いたけど、何より加奈ちゃんに驚かされたりしてたからいまいちお化け屋敷が印象に強く残っていない。それが残念だって言っていた。
「なあんだ。すごくふにゃって顔してたから不安になったけど、大丈夫だったんだ。よかった」
ほっと一息つく姿は、まさしく恋をする女の子。
いそいそとりんごジュースのパックに付属しているストローをとって装着、一気に飲んでいく。買ったのも忘れて悩んでしまうほど気にしていたのだろう。
「──ぷはぁっ!」
そのまま最後まで、パックを握りつぶしながら一気飲みをした。いつも通りの雰囲気、テンションに戻ったようだ。
だが、よかったよかった、なんて考えていた時点で俺はまだ加奈ちゃんへの理解が薄いと言わざるを得ない。
加奈ちゃんがいつも通りになれば、当然。
「では、私の悩みを解決してくれた先輩に、女子の間でしか流してはいけない門外不出の情報をあげます」
「俺に話したら門外不出じゃないんじゃない?」
「言いふらしたりはしないですよね。なら大丈夫です」
ニヤリと笑って、得意気に一言。
「後夜祭のキャンプファイアーの前で踊るダンスあるじゃないですか。あれで一緒に踊った男女の交際率、実に九割を越してるんですって」
当然、からかってくる。
それも心底楽しそうに、ニヤニヤしながら。




