ダブルデートのはじまりはじまり
翌日の朝。
ボーっとした目を擦りながらなんとか頭を覚ましていく。加奈ちゃんからのメッセージを見て、散々やっちまったー! と叫んだ後になんとか割りきって眠りについた。朧気に覚えている最後に見た時刻は深夜二時……泣く子も眠る丑三つ時だった。なにか間違ってる気がする。
考えても仕方ない。後夜祭は誘えるときに誘うしかないだろうな。
という考えは学校に着いたとき、厳密には校門に差し掛かった辺りで早くも予定が狂った。発端は加奈ちゃん。そして、なぜか加奈ちゃんの隣には朝練後で多少汗をかいている拓真。
「あ、やっとお二人さんがきた。おはよう由梨菜、おはようございます湊先輩」
「おはよう。で、加奈と拓真先輩は何をしているの?」
「実は二人に用があって待ってたんだ~」
ニヒ、と笑う加奈ちゃんをみて俺と由梨菜は顔を見合わせた。明らかに何かを企んでいる顔を見せられたら誰でもそうなる。
加奈ちゃんは腰に手を当てて、他の三人に提案した。
「ここの四人で──ダブルデートしませんかっ!」
加奈ちゃんのクセっ毛が今日も元気に揺らいでいた。要するに突然すぎて意味がわからない、ということだ。
ちなみに、ダブルデートとは男女ペア二つの四人組でするデートのことだ。後々調べてわかったことだけど、別にこの中にカップルがいなくてもダブルデートと言うらしい。
「いや、三人とも固まってないで返答くださいよ」
何かダメなんですか、という鋭い視線に三人が同時にうなずいたのは言うまでもないだろう。
◇ ◇ ◇
『今から、文化祭二日目を開催します』
そのアナウンスと共に生徒が三々五々に別れて活動を始めた。
ある人は呼び込みや客引きに、ある人は体育館の舞台裏やそれぞれの発表・露店の裏側に、そして別クラスの友人と落ち合うために。
色々な調整により、ありがたいことに本日は俺も由梨菜も一日フリー。そして、それは拓真や加奈ちゃんもらしい。なので、拓真と二人で待ち合わせている所に向かう。
「で、ひとつ聞きたいんだけどさ」
「ん?」
「なんでダブルデートなんだろうな」
拓真がそう聞いてきたものに、俺はどう返したらいいものかと少し考えた。
理由は簡単、すでにダブルデートの目的を知っていたからだ。校門での衝撃から覚める間もなくたどり着いた教室で、加奈ちゃんからメッセージが来ているのに気がついた。
曰く、
『拓真先輩は昨日なんやかんやと理由をつけて逃げられたので今日は逃げられないようにお二人の監視付きで回るんです。サポートしてください。代わりに由梨菜と上手くいくようにしますんで』
とのこと。
どうやら後夜祭に誘えていないのもお見通しのようだった。というか拓真は何をしているんだ。せっかくの後輩女子からのお誘いから逃げるなんて。
いや、たぶん今歩いている様子からしてビビっただけなのだろう。ダブルデートなら緊張せずにすみそう、といったところだ。
普段は散々彼女が欲しいとか言うくせにいざとなるとヘタれる。
「まあ、行けば理由は分かるかもしれないな。どうしても知りたかったら主催の加奈ちゃんに聞くといい」
「だな」
そうこう話しているうちに、待ち合わせの所が見えてきた。由梨菜と加奈ちゃんという見目のよい二人が明らかに待ち合わせをしているということで少し注目を浴びていた。二人はさすがにスルーの技術は持っているみたいで安心した。
あちこちを乱雑に行ったり来たりする人の波を掻き分けてようやく二人のところにたどり着く。
「おまたせ、二人とも」
「私たちも今来たばかりなんで大丈夫です。それで、どこから回るんです?」
由梨菜がパンフレットを広げてみせる。昨日と違い今日は一般開放もされるということで、一般客に対しても不備のないようにと中身を少し変えてくる店は多い。
例えば、ロシアンルーレットたこ焼きをしていたところは、ハズレの辛子の量を少し減らしてジョークで済みやすくしている。一応これは、生徒だけの時に大体の集客の当たりをつけて一般解放日の材料とかの調整をする練習の一環……という名目らしい。
「昨日は由梨菜と湊先輩はたしか午後空いてたんですよね。どこいきました?」
「じつはそこまで沢山回っていないんだ。さらっと見て回った程度」
「あ、なら大丈夫ですね。文化祭といえば……というところから回っていきましょう!」
加奈ちゃんの即決により、文化祭といえばある出し物の所に行くらしい。まあ、文化祭で屋台でなくて定番といえば……あれだよね。
「お化け屋敷……幽霊の招く手、ね」
そう、お化け屋敷。
窓に段ボールとかを使って遮光して、道順の衝立を立てたらあとは驚かすだけ。創意工夫がしやすくて準備片付けが多いから文化祭らしさを味わえる出し物としてうけあいだ。
ほら、今も教室の中からは悲鳴が。
「加奈、ここ入るの……?」
「もちろん! あ、ここ二人ずつのペアでもいけるから由梨菜は湊先輩といきな?」
由梨菜はそこで、不安そうに俺を見た。
ほんとに行くんですか、とその目は訴えていた。お化けの苦手な由梨菜は、恐らく突発的に驚かせるのがメインのこの手のお化け屋敷も苦手なのだろう。
だが、ごめん由梨菜。加奈ちゃんの意図がわかっていて俺はこのナイスパスを受け取らない訳に行かないんだ。加奈ちゃんの目論見としては、ペアとして俺と由梨菜を組ませることで消去法的に拓真と組みたいのだろう。
そしてそれは、由梨菜と仲を深めてくださいという加奈ちゃんからの応援だ。文化祭のお化け屋敷は思い出作りにはもってこいだからな。
「んじゃ、いくか」
「うう……はい……」
係員から電池式の持ち運べるランタンを貰って中に。
「公平にくじ引きでペア決めたらいいんじゃないか?」
「拓真先輩は少し黙っててください」
鈍感だな、拓真は。
予想外に低い加奈ちゃんの声に驚いた拓真を尻目に、背後で扉が閉められた。




