怪しい部屋で怪しい仕掛けを
二つ目の断片を見つけて、『司書の部屋』を出た。
出てすぐに鉢合わせたプリナム・キッド二体に驚いた由梨菜が小さくあげた悲鳴は聞かなかったことにして、先に進んでいく。
「センパイとの連携もだいぶ良くなりました!」
「ホーリーアローの精度も上がってきたもんね。ユリナが成長の早い後輩で嬉しいよ」
褒められてさらに気を良くしたのか、積極的に前に出ようとする。横並びの陣形は崩さないようにね、とだけ注意してさらに先へ。
とは言うものの一階はあと少し。残るは薬瓶が沢山おかれた蔵だけだ。そこを見終わったら先に見つけておいた二階にいく階段に向かうことになる。ちなみに、蔵といっても外に置かれているわけじゃない。大きめの一室に棚を置いただけのものだ。
ちなみに、もとは酒蔵にする予定だったらしい。
それから歩くこと数分、薬蔵についた。とれかけの部屋案内が傾いていて怖い。
無駄に軋む取っ手をつかんで中に入る。
「お邪魔しまーす……」
「なんか、この部屋はさらに埃っぽいですね……」
ギイィ、という音をたてて開いた扉は下の蝶番が壊れていた。もはや引っ掛かっているとさえ言っていいような扉の先には、独特の匂いと木製のワインセラーが待ち構えている。ワインセラーはたぶん薬棚がわりなのだろう。
クモの巣まで張っているあたり、全体的にボロいという印象だ。
「ここ、何かありそうですね」
「ストーリーに関するアイテムじゃないやつの方がありそうだな」
主にポーションとか。
暗い、棚が多い廃屋じみたところ、そして薬棚代わりに使われていた。こんなところでポーションがないはずがない。AWLはそういう王道は外してこないのだ。
とりあえず何かないかと探してみると、予想通りたくさんのアイテムが出てきた。回復のポーションや獣の牙、毒の刺が多い。さすが魔女の館。
「センパイ、奥の方の棚からも持ってきました!」
「ありがとう。モンスターとかはいなかった?」
「骨は落ちてましたけどモンスターはいなかったです!」
ユリナは暗くても大丈夫だからね。たくさん見つけてきてくれた。ちなみに由梨菜は俺の後ろをついてきている。大きな骨が落ちていたときはビクッってしてたなぁ。
「その、明らかに毒液みたいなやつは何ですか?」
「見た目通り毒液だね。効果は一番弱いみたいだしアイテムとして入手できるから心配ないよ」
フラスコに入った緑とか紫の液ってだけで警戒するのはわかる。AWLのポーションは青かピンクだからとてもわかりやすい。それはつまり、不気味な色の時は毒ということ。
そして、次に棚で見つけた物のせいでイタズラ心が生まれてしまった。
「由梨菜、カモン」
「あ、はい。なんですか?」
由梨菜が身を乗り出して来たところで、
「ほれっ!」
「ひゃっ!?」
由梨菜の首筋にその見つけた物を撫で付ける。変な声をだして飛び退いた姿はどうしても笑えてきた。
「くっ……ふふっ……」
「もう、なんなんですか! 笑わないでください!」
「ごめんごめん。モチウサギの尻尾っていうアイテム見つけたからつい」
「つい、じゃありません!」
モチウサギとは、その名前の通りふくよかなウサギのモンスターだ。普通のウサギ系モンスターより出現率が低い代わりにとても柔らかくて美味しい肉と毛皮の一部を落とす。毛皮の帽子や手袋はかなりの高級品なのだが、小さな可愛らしい尻尾はもっぱらアクセサリー用だ。
さわり心地抜群の絨毛が首筋を撫でるのは、不意打ちだととてもビックリするだろう。
とりあえず、尻尾は取っておいていつかアクセサリーにすることに決めた。ただ、これひとつだとあまり大きな物は作れないだろう。今度裏で作業でもしとこうかな。
そんな感じで、一通り部屋の観察は終わった。モチウサギの尻尾以上にレアだったり変なものはなかった。
「はふー、これで一段落ですねー」
「そうだね。ユリナ、お疲れ様」
「いえいえ~。でも変ですよねぇ、この部屋」
「そう、かな? 例えばどこが?」
ユリナが部屋を見渡して言葉を繋げる。
「なんかここ、棚も壁もボロボロなのに床がまっまくギシギシいわないんですよ。床だけしっかり整備されてるみたいですよね」
そういえば、たしかに床の軋む音を聞いていない。それだけじゃなくて、まるで現実の体育館のように丁寧に頑丈に作られている。
体育館といえば、バスケットゴールやネット、テープの線や──ポールを立てるための、普段は隠された穴。
「ユリナ、この部屋にカーペットとか変な引っかけとかあった?」
「ありましたよー。奥の方に大きな四角いカーペットが」
「それだ!」
ユリナに案内してもらってカーペットの所まで行く。勘が正しければ、ここをひっくり返せば──。
「わぁ……!」
「地下倉庫とかへの隠し扉ですかね……?」
予想通り!
とってのついた地下に続く扉。そして、その下には梯子がある。
「ユリナ、さきに降りるから上から照らしてもらえる?」
「了解ですっ!」
モンスターがいたときのために、右手に剣を持ちながらゆっくり降りる。片手で掴むのはとてもバランスがとりにくいけど、レベルが上がって強化された身体能力ならわりと余裕だ。
そして、下まで降りきってからその心配が杞憂だったとわかった。
「これは……セーフティエリア……?」
ベッドが複数おかれてるだけじゃなく、ランプに火が灯っていて全体的に明るい。床や壁の質感もボロっていなくて新品同然だ。つまりここにモンスターは湧かず、またセーブができるということだ。
「センパーイ? 大丈夫ですかー?」
「あ、大丈夫大丈夫。降りてきていいよー」
二人を呼んで説明をする。とはいっても、ユリナは当然セーフティエリアの意味はわからないので休める場所と伝えることになったが。
メニューを呼び出して確認をすると、なんと午後11時22分。由梨菜を随分と遅い時間まで拘束してしまった。
「ごめんな、こんな時間まで」
「大丈夫です。でも、先輩も終わったらすぐ寝てくださいね。明日も文化祭なので」
三人でそれぞれのベッドに体を預ける。わりと攻略自体は進んだし、よい結果だったと言っていいだろう。何はともあれ、明日も文化祭。しっかり寝なくちゃな。
そしてその五分後。加奈ちゃんからのメッセージで、由梨菜を明日の後夜祭に誘い忘れた事に気がついた。後夜祭では校庭で大きな火を焚いていろいろな催しが開かれるのだが、そこで男女ペアで出られるものがある。
自由参加なので断られる可能性もあるとはいえ、誘い忘れるなんて。なんとも痛恨のミス。
結局この日は、頭を抱えながら寝ることになった。どうやって誘えばいいか分からず、ほとんど寝られなかったというのは言うまでもない。




