攻略開始
学校を終えて、帰宅。
自室で制服を脱ぎ捨て、部屋着に着替える。
提出日のわかっている課題を取り出して机に並べ、翌日の準備を終えたところで親に呼ばれた。
「湊、ちょっと降りてきて~」
「はいはーい」
一段落ついたところで良かった。
二回にある自室から出て、階下のキッチンに行く。
「どうした?」
「普通ならここで言うのは、「味見して」なんだろうけど……面倒になっちゃった」
「は?」
「というわけで、今日のご飯お願いしますっ!」
歳にしては若い見た目の母親のお願いだ。
少しかがんでウインクというのはこの歳でやる事ではないと思うが……くやしいかな、息子から見ても似合っている。
ちなみにこの母親、心の中ですら歳を言うと笑顔になる。
それはもう、恐ろしい笑顔に。
どうやって察知してるのかさっぱりわからん。
それはさておき。
今日は週に二回のご飯お願いデーらしい。
まあ、ご飯は作れないより作れる方が良いから、と面倒だと思いつつもやり続けて今年で三年目。
腕によりをかけて作ってやろう……唐揚げを。
由梨菜に触発された俺は、いつも以上に丁寧に作った。
それでも、由梨菜に勝てた気がしない。
……今度、教わろうかな。
ご飯と風呂、今日の勉強を終わらせた二十二時。
ベッドの上、ケーブルに繋がれたアルミと鉄製の輪に手を伸ばす。
これは、いつだったか、「遂に人の脳に触れた」という仰々しい見出しの新聞が出た翌年にその操作技術をもとに作られたフルダイブ機器の改良版だ。
名を、鉄環の天使Ⅳという。
その名の通り、おでこの辺りの頭を一周するような環型だ。
初めて出た時には、そのフルダイブ技術の確立が成されたばかりで正直酷い出来だったらしい──
それはともあれ。
しっかりとアンダーワールド・リフェリアオンラインが入っていることを確認し、頭に装着する。
「ダイブ、AWL」
アンダーワールド・リフェリアオンラインの公式略称を唱え、意識を仮想空間に落とした。
◇ ◇ ◇
「──っと!」
真っ白い空間に降り立つ。
何度目だろうか、キャラメイクのエリアだ。
『クロア様、ですね?』
声のした方に視線を向ける。
そこには、三メートルを越える、金髪碧眼の天使がいた。
ものすごい美人であるのは間違いないが"ある一部分"がとっても悲しい。
『……どうかなさいましたか?』
「い、いえ、なんでも。進めてください」
俺の不躾な視線が気になったのだろうか。
気を付けなければ。
『クロア様は前回の死亡データのアバターが残っておりますが、どうされますか?』
「それで頼む」
死亡イコールやり直しのAWLで、唯一残されるのがこのキャラアバターの設定だ。
特定種族でしか攻略できないヒロインがいて、死ぬ度に細かく作り直していては面倒だ。
同じ種族で同じヒロインを攻略するのなら、アバターが変えられることはまず無い。
「わかりました。改めて、この世界についての説明は必要ですか?」
「いや、それも必要ない」
素っ気なく聞こえるかもしれないが、AIにははっきりと意思表示したほうが伝わりやすい。
ましてやチュートリアル用のAIだ、聞き返してくる可能性は高くなる。
時間を食われるのは面倒だからさっさとやろう。
「わかりました。それではクロア様、剣と魔法の世界で真実の愛を見つけてください!」
ゲーム開始の定型文を聞きながら、白んでいく視界に目を細めた。
◇ ◇ ◇
「よっ、と……」
ゲーム開始の時、最初に現れる神殿に俺はいた。
この神殿はこの開始用の地点であり、今までこの神殿を必要とするイベントやクエストは無い。
恐らくこれからも無いだろう。
「さてと、向かいますか!」
レリーフの彫られた、大きな神殿の扉を開けて外に出る。
そこから、三方向に延びる道のうち真ん中の道を歩く。
始めたばかりのオンボロ服の俺も、商店のNPC達は温かく見てくれた。客引きをしようとするNPCまでいるから驚きだ。
中央通りを抜け、広場に出た。
始まりの広場という名前の大きく開けたエリアだ。
点々とベンチ等が並ぶ中、一直線に真ん中に位置する大きな噴水へと向かう。
そして、そこには、白銀と僅かな黄金の混ざった色の鎧を身につけた黒髪セミロングの少女がいた。
「悪いハクア、待たせたか?」
「いえ、ついさっき来たところです」
この黒髪セミロングの少女ハクアが由梨菜だ。
というか、そういう理由のない見ず知らずの女性に声をかけたりなんかできない。
現実のロングと違い、セミロングにした由梨菜も可愛い……と、いかん、頭がオーバーヒートしかけてた。
由梨菜はかなり現実に即した容姿を持っている。
髪形こそ変わっているが、それでも現実の由梨菜を知っている人が見たらわかるだろう。
「さて、先輩フレンド登録しましょうか?」
「おう。んじゃ、申請飛ばすぞ」
メニュー、フレンド申請、近くにいる人からハクアを選択して送信。
由梨菜もメニューを立ち上げていたからか秒速で承認された。
「回復は私がするので、先輩は良い武器と防具買ってくださいね」
「ありがたいっ」
初期の所持金は一万ゼル。
ゼルはゲームの通貨の単位だ。
ふつうにプレイするのなら、ポーションを買う必要があり武器防具に割ける割合が減る。
だが、由梨菜は回復魔法も使えるし由梨菜本人はMP回復ポーションも蓄えがあるから大丈夫だ。
めっちゃ頼ってるな。
どうにかこうにかして返さねぇと。
「今日は、レベル上げでしたっけ?」
「ああ。ゼルも貯めるけどな」
今の時点である程度のレベルを持っておくのが、早い攻略の鍵である。
とりあえず、Lv.10で手に入るオートスキル、経験値増加を手に入れるまでは狩りたい。
「んじゃ、武器屋行ってからクエスト受けにいこう」
商店通りを歩き始める。
何度もやり直し、フラグを探したお陰で良い武器屋を知っているから、そこに一直線だ。
少しいりくんだ道を抜けて、壁面のデザイン?というレベルで自然体の扉を開ける。
「……いらっしゃい」
浅黒い肌、小さめの背。
なのに筋骨隆々としているこのドワーフこそ、この武器屋「バーサックル・アーツ」の店主、ロアルじいさんだ。
無愛想だが、腕は確か。
そして安価なのだ。
「これと、これをくれ」
呈示したのは、ブロンズソード・ロアルと、ナイトクラウズシリーズという服装備一式、ナイトブーツという靴装備だ。
本音を言うなら、楯もあった方が安定性は増す。
だが、スピードファイターの俺にとって楯は邪魔なのだ。
「……あいよ」
残額、二百三十ゼル。
ポーション一つしか買えないな。
まあ、今からのレベリング中に普通の資金分は集まるだろうから良いか。
◇ ◇ ◇
広場まで戻り、そこから最寄りの草原に出る。
そして、まばらに生えている林を抜け大きな道を一つ越え、森に入った。
ここなら、敵が湧きやすくレベルもそれなり、しかも街クエストの採取や討伐までできる。
まだ街クエストは受けてないが、5Lv.以上にならないと全てのクエストが出現してくれないから今はまだこれでいい。
森を歩いて十分。
採取の薬草やキノコを取りつつ進んでいると、前に三体のゴブリンが現れた。
それぞれ、5Lv.、5Lv.、4Lv.だ。
三体で固まってギィギィ言っているが、お互いを向いているおかげで俺に全く気がついていない。
草むらから近づく。
「──はっ!」
脳内で、ゴブリンAを縦斬りにするイメージをしながらブロンズソード・ロアルを振るう。
剣に薄緑色のエフェクトが発生し、俺の体が自動で動いてゴブリンを切り裂いた。
今のは、アーツと呼ばれる剣のスキルの一つだ。
まあ、初級技の縦斬りスキル、スラッシュだからそれほど威力は高くない。
その代わりにスキル終了後の硬直も短い。
驚き顔を向けてくるゴブリンB、Cを無視して、ウィークポイントである後頭部を切り裂かれ固まるゴブリンAに再度斬激を放つ。
「ギギィッ!?」
断末魔の叫びをあげてゴブリンAが無数のポリゴン片になった。
視界の隅に表示される経験値やゼル、ドロップ品を無視してその場から飛びすさる。
「ハクア!」
「燃やしたまえ、『ファイアボール』」
頭ほどの火球がゴブリンBの顔面に直撃した。
視界が覆われたこと、いくら下級魔法とはいえ高レベルの由梨菜の攻撃を食らったことの二重苦で完全に停止した。
ハクアにヘイト──注意が向けられる。
俺からヘイトが剥がれたのを気に、ゴブリンCに縦斬りアーツことスラッシュを放つ。
それと当時に剣の鞘でゴブリンBを殴打する。
これを何度かすることで、道具攻撃スキルと格闘スキルが手に入るのだ。
鞘、籠手、ナックルガード、足で普通に攻撃してもダメージは入るが、あくまで入るだけだ。
しかし、道具攻撃スキルがあると、鞘の用な本来武器でないものやトゲ付ナックルのような物にしっかりとした攻撃力が生まれるのだ。
それに、格闘スキルを手に入れると、拳や足でまともに攻撃が入り、しかも格闘アーツが使えるようになる。
できるだけスキルを取っておく方が後々が全然違うのでできる限り狙う。
「ギギギィッ!」
鞘も当てるために体勢が崩れていたせいか、ほとんど硬直をしなかったゴブリンBが俺に向けて剣を振るう。
ゴブリンBと対称に硬直で動けない俺はそのまま右肩を斬られた。
ダメージエフェクトが付くと同時に俺のHPバーが少し減る。
だが、微々たる量なので無視して硬直が解けるのを待つ。
「うぉりゃっ」
剣を振り切り無防備状態のゴブリンBの喉元を斬り、止めを指した。
そしてその回転に合わせるようにしてゴブリンCに横斬りアーツ……シェードを放つ。
剣に確かな衝撃が走り、深々とダメージエフェクトを刻み込んだ所でゴブリンCがポリゴン片になった。
「ふう……まあ、肩慣らしだし余裕だったな……ん? ハクア、どうした?」
由梨菜が俺の肩を掴み、向きを変える。
そして、右肩に触れた。
「ヒール」
どうやら回復してくれたらしい。
だが、微々たるダメージだし回復の必要性は無いのだが。
「……そのレベルだと、即死もあり得ます。MPには余裕があるので、気にせずヒール受けてください」
「ん、さんきゅ」
そんなこんなで、約一時間ほど狩りを続けた。
俺はLv.11になったし、使えるアーツも増えた。
道具攻撃スキルと格闘スキルはまだ習得できなかったが。
「では、そろそろ戻りますか」
「だな。素材集め系のクエストならいくつかクリアできるだろうし」
リアル時間でもそれなりに遅い時間だし、さっさと消化しないとな。
明日も学校があるっていうのが理由だけど、あまり遅い時間まで由梨菜を付き合わせるわけにいかないし。
女の子には早く寝てほしい、っていう自己勝手かもしれないけど。