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ストーリーの切れ端



 濃紺の魔女帽子、持ち手の上が丸く曲げられたいかにも"らしい"杖。身長は湊の胸元くらいまでなのだが、普段は見ないその特徴的な格好から出される存在感がすごいことになっている。

雨のせいで窓から光が差し込まず、影に浮いているようにさえ見える。不気味でしかないが、どうやら攻撃はしてこないようだ。


「やれやれ。さっさと戦闘態勢を解かんかい。まったく最近の若いもんは……」


「す、すいません。驚いてしまったもので……えっと、なんとお呼びしたら?」


「そんな仰々しい言葉使いはいらん。むず痒くなる。名前はないが……そうだね、スレイとでも呼べばいいさ」


 妙なまでの貫禄をみせる魔法使いのお婆さん──スレイさんが拳ほどのフラスコを部屋の戸棚に置いた。

 一応少し質問してみたところ、玄関の黒猫はお婆さんの飼い猫らしい。客が来たら客用の部屋に案内するんだとか。つまり、今いるこの部屋が自分達の部屋……らしい。さっき置いたフラスコも、既にきれていた部屋の消臭・防虫薬なんだとか。


「客人たち、別に雨宿りしたりするぶんにはかまわん。──けど、この雨はなかなか止みそうにないねぇ……」


窓の外で雷が落ちる。

その音が妙に耳に残った。イベントが長く続きそうだ、と直感的に感じた。



◇ ◇ ◇


 その後、お婆さんはわりとすぐに部屋を出ていった。どこ行ったのかもわからないし、下が赤黒いカーペットだからか足音も聞こえなかった。

 ただ、逃げ込んでくるときに見た外観からすると、この屋敷はかなり大きいようだ。メタい話になるが、ここで重要なイベントがあるのは間違いないだろう。待っていても雨は止まないだろうし、探索に乗り出すしかない。


「ユリナ、そういうわけで探索に行こうと思うんだけどどうかな?」


「わ、私は大丈夫ですっ! 雷は怖いですけど……なんとかしてみせますっ!」


 胸の前で構えた握りこぶしをプルプルさせながらそう答えた。まあ、明らかにお化けでも出そうな雰囲気だし、雷の音もわりと大きめに聞こえるからしかたない。

 とりあえず、ユリナには聖属性の武器、防具に装備を変更してもらった。俺もユリナもMPポーションが潤沢にあるわけではないので、要所以外では聖属性魔法を使わないようにしてもらう。いざとなれば由梨菜のを貰えばいいけど……これがイベントである以上、できるだけユリナと二人でこなしたい。


「で、どこから探すかなんだけど、どうしよう?」


「とりあえず一階からですかね? 他の部屋を一通り見るべきかもです」


 まあ、順当に行けばそうなるか。実をいうとヒントはあるしな。

 スレイさんがフラスコを置いたのも、プレイヤーが読めないのになぜか多くの本があるのも本棚。それも、崩れているように見えてちゃんと背表紙が見えるようになっていたりする辺り、この魔女屋敷のキーは"本"なのだろう。

 読めない本の文字は、何種類もの言語が使われているように見える。つまり──プレイヤーが読める言語の物が、正解のはず。問題は、それが何冊あるかわからないところだけど。


「ユリナ、もし読める本を見つけたら教えてくれる?」


「わかりました! とりあえずこの部屋から探してみましょう!」


 ユリナが元気に答え、三人でいそいそと部屋を探索し始めた。とりあえず、わからない文字で書かれたものも分類できるものはして、次々に本棚に仮おきしていく。部屋にある五つの大きな本棚と、それに相応するだけの量の本がこの部屋にはあるはず。なかなかの重労働だ。

 だが、そこは流石由梨菜。持ち前の要領の良さを発揮し、瞬く間に種別ごとに分けて片付けていく。冊数から本棚の位置まで見事に当てていくから驚きだ。


 そして片付け開始から十数分経過。

 ついに、日本語で書かれた本が見つかった。もっとも、片付けは七割終わっていたので終わらせてから読むことにした。まだあるかと思ったが、とりあえずこの部屋にはこの一冊だけのようだ。雑誌の折り込み付録のようなペラペラのものだ。


「内容は、童話……ですかね?」


「雰囲気としては、そうなのかもな」


 挿し絵はなく表紙に一枚絵があるだけ。あとは小説だった。

 題名は、『錆びた約束の輪』。その、内容は。



◇ ◇ ◇



『昔々、あるところに。一人の美しい姫様がいましたとさ。


 とても無邪気で純粋なそのお姫様は、ある日、お城に来たお婆さんとお話をしました。とても大きな帽子をかぶったそのお婆さんは、城の中しか知らないお姫様にとっては外の世界を知る希望の扉でした。


「ねぇねぇお婆ちゃん、今日はどんなお話をしてくれるの?」


「そうだねぇ……それじゃ、今日はこの不思議な二つの輪っかについてお話ししてあげようかねぇ」


 お婆さんはそう言いながら、懐から二つの輪っかをとりだしました。大きさは、輪っかから親指の爪が覗けるほどの小ささでした。


「この輪っかはね、今はなんの意味も持たない、透明なだけのリングさ。でもねぇ、持ち主が"この人"と決めた相手と共有することでその二人と一緒に成長するのさ」


「成長?」


「そうさ。輝かしく、美しく、ね。心に決めた人が見つかるまでは、一つは紐を通してネックレスにでもしておくといい。もう一つは、大切にとっておくんだよ」


 お婆さんはお姫様の手にその不思議なリングを握らせました。

 サービスとして首にかける用の丈夫な赤い紐もお姫様にプレゼントしてあげました。


「もしかしたら、お前さんはそれによって私を恨むことになるかもしれないけどねぇ……」


 喜ぶお姫様には、お婆さんのその呟きは聞こえませんでした。



 ──そして、なぜかそのお婆さんは、それ以降お姫様の前に姿を現さなかったとさ。


               つづく。』




◇ ◇ ◇



 読み終えた本を閉じて、一応本棚にいれる。

 そして、案の定三人で首をかしげることになった。


「えっと、これはどういうことなんでしょう?」


「童話らしい文の調子でしたけど、内容はなんか暗めでしたよね」


 二人の言う通り。キーアイテムの存在感を出すためにしては妙に話が暗いし、展開がよみにくい。なによりわざとらしく最後につけられた"つづく"が怪しすぎた。


「つまり、この屋敷を色々と探索しながら童話の続きを探せってことだろうな」


 キナ臭いのは、"錆びた約束の輪"という題名と、話に出てくるお婆さん。この二点に特に気を付けていきたい。

 そして、その疑念を後押しするようにシステムメッセージがなった。その文面には。


 "魔女屋敷内のモンスターがアクティブ化しました"


 正式にここ(、 、)がダンジョンに変わったという運営通知が、届いていた。


 

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