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不穏な噂

 文化祭初日が終わり、その日の夜。

 またもご飯作りを任され、その片付けまでをしてからAWLにログインした。フローラズ王国をでてすぐの街道から今日は進めていくことになる。

 の、だが。


「魔女の館、ですか?」


「ああ、そうだ。不気味なんだよ」


 バンレシア国に行くまでの街道ですれ違った行商人の人たちが口を揃えて〝魔女の館〝について言ってくるのだ。

 曰く、寂れた外観に、蝙蝠の鳴き声のする建物。煙突からは常に紫煙が漂い、稀に人の悲鳴が聞こえるらしい。それだけならただのホラーハウスなのだが、大窓にとても魔女らしい帽子が見えるんだとか。

 割れたフラスコや唐突な光がもれることも相まって〝魔女の館〝と呼ばれるようになったらしい。


「なんかあそこは不気味な雰囲気がする。近づかねぇほうがいいと思うぜ」


「他の人も同じことを言ってますし、そうなんでしょうね。わかりました、ありがとうございます」


 ユリナが丁寧な対応をした。勘や感覚で商機を掴む彼らの言うことだ、間違いないだろう。行けば波乱に巻き込まれる事は確実だ。

 まあ、普通に街道をいけば見る事はないとは言われたし大丈夫なはず。


 それからも、たまに街道脇に湧くモンスターを狩りながら歩いていく。この辺りは草むらなので、敵に気がつきやすいのが良かった。

 モル・ラットという三十センチほどのネズミ型モンスターと、モル・ラビットというウサギ型モンスターが多い。見た目がフサフサでかわいいせいか、最初のうちユリナが何回か攻めあぐねていたが、一度噛まれたら涙目になりながら殲滅するようになった。火属性の魔法だけはどうしても使えなかったようだけど。


「うう、あんなにかわいいなんて卑怯です……!」


 モンスターとして本物よりデフォルメされてはいるものの、ケモケモでモフモフにかわりはない。さすが、初心者のスキルスロットに〝従魔スキル〝を追加させるとプレイヤーに畏怖を与えたモンスターだ。

 ちなみに、敵対していない遠方にいるときのモル・ラットやモル・ラビットは顔を掻いたり首を傾げたり、むやみに鼻をヒクヒクさせたりしている。その仕草には自分も何度かやられかけた。


 ユリナがたまに現れるローウルフに八つ当たりするように斬撃や火属性魔法を撃ち始めてから10分を歩いたあたりで、街道の周りが森にかわってきた。草原エリアとは違い死角も増えるのでより一層注意する必要がある。


「トレントに火属性の魔法撃ったらダメだからね、ユリナ」


「わ、わかってます! もうしません!」


 トレントは火属性の攻撃で倒すとドロップ品が貰えない。RPGメインのゲームではないのでラストアタックが火属性でなければ良いが、恐ろしい勢いで燃え広がり継続ダメージを与えるので使わないのが基本だ。

 期待に反して──否、良いことにトレントは出てこないまま順調に街道探索はすすんでいく。


「このまま順調にいくといいな」


 俺の一言に由梨菜──ハクアがため息をつく。「そういう事を言うと……」とでも言いたげな視線を憮然と見返したところで、頰に雫が当たるのを感じた。

 街道の敷石が染まり、木々の葉が音を立てて水を弾きだした。驚く間も無く、一寸先は闇ならぬ一寸先は霧。


「ま、前が見えません……!」


「落ち着いて木陰にいくぞ!」


 大きな木の下に行くも、次第に勢いを増す雨足が木の葉を伝って足元を濡らしていく。遠くからはローウルフの遠吠えが聞こえる。もちろんモンスターたちは雨だろうと関係なしに襲ってくるのだが、モンスターがこちらを知覚する手段がほとんど消されているからか襲われはしなかった。

 だが、襲われないからといってけっして平穏ではない。街道はすでに水の流れの中心、川と成り果てている。そこかしこから襲いくる濁流を避けながら高い方に登っていく。


 そこで、この濁流がこんこんと増えてきているにもかかわらず全く流れていない、不自然なものを発見した。空で、コルクで栓をされたフラスコ(、 、 、 、)。水の流れを避けるようにして点々と落ちている。


「先輩、これってもしかしなくても……」


「魔女の館、だな。やっぱり行商人たちのセリフはイベントフラグだったか」


「フラグなら先輩の一言だった気がしなくもないですけど」


 由梨菜の非難は黙殺し、観念して魔女の館があるであろう森の奥に進んでいく。蝙蝠の鳴き声が多数聞こえ始めたころにはフラスコはなくなり、そのまま道なりにそって進んだ先にそれ(、 、)はあった。


 変に曲がりくねった傾斜の紫の屋根。所々のひび割れたガラス窓からは聞いていた通りの魔女の帽子と蜘蛛の巣。扉の前で待ち構えている黒猫はじっとこちらを見つめている。

 大雨のなか、魔女の館は圧倒的な存在感を醸し出していた。


「これが、魔女の館……。センパイ、ものすごい不気味で怖いです」


「というか、もはやお化け屋敷だよなこれ」


「そういうこと言わないでください……っ。もうあそこで雨宿りさせてもらうしかないんですからっ!」


 前にはお化け屋敷こと魔女の館、後ろは大雨による視界不良とモンスター。どちらがまだマシ(、 、)かなど、いうまでもなかった。

 なぜかこちらを見つめ続けている黒猫に首をかしげながらも扉に近づいていく。正直言ってまだ恐怖は薄れていないが、四の五の言うくらいならいっそ濡れたくなくなってきたのも本音だ。


 猫はその場から動かず、首だけを回してこちらを見つめ続けている。全身黒に、どこか生気を感じない金色の目。長い尻尾はその体に寄り添うように巻かれている。黒猫の脇を失礼して扉に手をかけ、引いてみると──わりと抵抗なくその扉は開いた。錆び付いた蝶番の音が入ってすぐの廊下に響きわたる。


「失礼しまーす……」


 玄関はあるものの、履き物を脱ぐ段差はない。靴で入るべきなのだろう、と検討をつけた所で足元に赤い魔方陣が広がり、弾ける。驚くと同時に、髪や服から水気がとられたのを感じた。


「さすが魔女の館、魔法はお手のものか。……ん、黒猫、入ってきたのか?」


 俺、ユリナ、由梨菜の順で入り、その扉がしまる寸前に黒猫が体を滑り込ませてきた。慣れたように魔方陣を作動させて水気をとり、廊下の奥へと進んでいく。そして、3メートルほど進んだ所で立ち止まり、こっちを振り返った。まるで、こないの? とでも言うように。


「あれ、こっちを見てますよね……どうします、センパイ?」


「どうもこうも、付いていくしかないだろうな。案内キャラにしては少し不吉な感じもするけど」


 魔女の館の黒猫。これでさい先がいいと言える人はなかなかいないだろう。それでも、今もなおこちらを待っているように見える黒猫しか頼る相手がいないのも確かだ。順番は変わらず、俺を先頭に付いていく。

 距離が1メートルほどに縮まった所で再び黒猫は動き始めた。廊下の扉を三つほど過ぎ、四つめの扉を引っ掻いている。


「ここには入れ、ってことですかね?」


「そうだろうな。開けるぞ?」


 猫だと届かない位置にある取手を握って扉を開ける。おそるおそる部屋に入ると、誂えたようにそこには三つのベッドと大きめなタンスがいくつか。そして、読めない文字で書かれた本が乱雑に入った本棚があった。

 常用してるにしては小綺麗過ぎるし、なによりベッドの数がおかしい。つまり、来客用の部屋なのだろう。

 三人ともが来客用の部屋に入ったのを確認して黒猫はまた出入り口の方に戻っていった。扉が開く音がしたし、また外で待機をしているのだろうか。


 来客用の部屋は、専用の大きい浴場やトイレ、食卓のある部屋に繋がる扉があった。意外にも埃ひとつなく、全体的にかなり綺麗だ。


「でも、変なことに鏡は全部割れてるんですよね……」


 そう。他の部屋がどうかまではわかっていないが、今把握してる鏡は不自然なことに全て割れている。蜘蛛の巣のように全体にはしるヒビによって、その表面に像をうつさないのだ。


 そしてわかったことがもう1つ。それは、プレイヤーの聖属性魔法や防具が軒並み使用禁止になっていた。鏡などの不気味さもあいまって由梨菜が聖属性の防具に着替えようとしたのだが、全てグレーアウトして使用禁止。魔法も発動できないため、アンデットに対して絶大な効果をもつ浄化系も使えない。

 なぜか、恐らく仕様で、ユリナの聖属性魔法は使用可能だった。あまり育てていなかったらしく初級魔法しか使えないが、使うことができるだけ御の字だ。


「センパイ、繋がっている他の部屋も見てきましたけどだいたい同じような感じでした」


「オーケー、ありがとう。ユリナはこういうの大丈夫なのか?」


「だ、大丈夫じゃないです。割れた鏡見たときは震えが止まりませんでした……。ここに住んでるのって、魔女じゃなくてお化けな気がします……!」



「おや、それは心外さね。あたしゃれっきとした魔女だよ」



 いつの間にか開いていた部屋のドアの向こうには、曲がりくねった先端の木杖をもち外套(ローブ)を羽織ったお婆さんが──


「「「で、でたぁ~っ!?」」」


 由梨菜は放心し、ユリナは固まりながら震えるという器用な技をみせた。俺ももちろん固まってしまった。そして、数秒してようやく俺とユリナ抜剣し、由梨菜が杖を構える。聖属性魔法はユリナしか使えないから、なんとか節約しながら戦いたいものだが。



「いや、だからお化けじゃなくて魔女じゃって……」



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