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由梨菜のクラスにて



 由梨菜の教室の前。

 正確には、由梨菜の教室へ続く階段の途中。


「な、なにこれ……」


 男女問わずの長蛇の列ができていた。

 階段の半分を埋めてなお続くその行列に並ぶ人は、皆一様に校門で配られている校内案内のチラシやスマホで何かを見ている。マナー違反とは知りつつも、興味に惹かれて画面を覗き見るとそこには。


『仮装喫茶かわいい子多すぎない?』

『呼び込みしてる魔女っ子、俺的にものすごいタイプなんだが』

『ほかにもかわいい子いるよな』


 たしか写真禁止にしていたはずだし、実際の写真こそ上がっていない。だがそれでも話題になって、文化祭情報の海の大半を占めている。


『でもさ、すごく可愛い二人ってのがいるんだけど、今日の午後しかシフトじゃないらしいよ?』

『え、ほんと? 情報のソースどこ?』

『弟。件のクラスの隣のクラスに通ってる』

『まじか、なら本当かもしれないな』


 ……そして、誰かがこういうことを言うからさらに行列が伸びているんだろうな。シフト漏らしてる奴がいる時点でこういうことは避けられないか。

 しかしこの様子だとしばらく待たされそうだ。廊下まで列は進んだけど、依然として教室の扉は遠い。ようやく呼び込みをしているであろう魔女っ子こと加奈ちゃんの声が聞こえてきたくらいだ。

 覗き込むと、予想通り魔女っ子コスプレをしていた。


「はいはーい! 押さないでください! ゆっくり注意書をみて待っててくださいねー!」


 出入り口の前に置かれている小さな看板みたいなものに、いくつか注意内容が書いてある。写真撮影の禁止、人気につきできればお札の利用の遠慮、注文品数を一人三品まで、等々。加奈ちゃんの呼び掛けもあってしっかり守られているようだ。


「そのまま順番通り並んでくださ……あれ、湊先輩?」


「お疲れさま。来たよー」


「湊先輩が来たとなると、順番通りとか言ってられませんね! 少し道開けてくださーい!」


 ちょっと店員さん? 大丈夫なのそれ?


「はーいお客さん一人入りまーす!」


「えっちょっ、満席なんじゃ……?」


「先輩用の二人テーブル空けてあるんで!」


 よくクラスの人がOKだしたな!?


 連れていかれる間に聞いたところによると、うちのクラスの委員長が何か繋がりがあるらしい。影響力ありすぎ。

 あと、おかしいだろ、と睨んでくる人に聞こえるように加奈ちゃんが「あ、この人は例の子のあれなので!」といっただけで納得した雰囲気が出たのはなぜ?


 色々な疑問や驚きを抱えたまま青地に"仮装喫茶!"と書かれた暖簾をくぐる。この店名、そして加奈ちゃんの魔女っ子コスプレ。なるほど、そういう趣向か。


 実際に店内に入って、そのクオリティに驚かされた。

 声以外ほぼ完璧に某超サ○ヤ人の男子、心を盗む大泥棒にそれを追いかけるインターポールの警部。どれもが高水準で再現されていた。また、仮装なら何でもよい、とばかりにチャイナ服の子や応援団服の人もいる。


「……すごいな、これ。というかキャラコスプレしている人達は動きを元ネタのキャラによせながらしっかり仕事してるのがすごい」


「ああ、キャラ物をしてるのは演劇部なんですよ。今の時間に被らない四軍の人たちですね。それ以外の店員は私みたいに元ネタのない仮装です」


「ほー。……ってことは、由梨菜も?」


「ええ、もちろん。恥ずかしがってなかなかでてきてくれないんですけどね。ささ、座ってくださいな」


 勧められた教室の隅の方の席に座る。

 荷物を置いたり、渡されたおしぼりで手を拭う。その間に加奈ちゃんが由梨菜を呼びにいった。


 ……どんな仮装をしているんだろう?

 考え始めてから数秒もしないうちに店の奥でどよめきが聞こえる。恐らく由梨菜が出てきたのだろう。

 そっちの方向を向いて、思わず体の動きが停止した。



「おっ、お帰りなさいませ……御主人さま」


「由梨菜ちゃんもっと堂々と! メイド服と魔女、和洋コンビが見せられないよ!」



 メイド服は和風なのかー、とか。御主人さまって呼び方なれないなー、とか。そういう突っ込みをすべて消し飛ばして、ただただ見入ってしまう。

 全体的に黒を基調に、上半身に白レースを多め。下はロングスカートに給仕エプロン。頭にはメイドらしいレースのカチューシャがある。そこから伸びる黒髪が全体を清楚に仕上げている。

 正直に言って、似合いすぎていた。


「あ、あの、先輩?」


「……」


「えっと。せめて何か言ってください……無言のほうが、その」


「……」


「あのー……」


「……」


「うー……」


 …………はっ!?

 いかん、気がついたら由梨菜が涙目になっている。あまりにお似合いで意識がどこかに吹っ飛んでいた。


「えっと、その、すごい似合ってるぞ?」


「でもすごく恥ずかしいんです」


「まあ、それはそうだと思う。他のやつとかはないの?」


「あるんですけど、ね。やむを得ない事情がありまして……」



◇ ◇ ◇


 クラス会にて。


「……というわけで、仮装喫茶に決まりました~! なので、次は誰がどの仮装にするかを話し合っ「はいっ! 提案というかお願いというか懇願があります!」て……手を上げるのはいいですけど、当てられてからしゃべってください。それで、お願いとは?」


 クラス中の男子全員があつまり、一瞬で列を作り上げた。なぜか、由梨菜の前に。


「「「ひっ……姫城さんっ!」」」


「はい?」


「「「お願いします、メイド服を着てください! 準備片付け、パシリ、その他何でもしますからっ!」」」


 全員が流れるように土下座。誰一人寸分違わず揃って、土下座。


「……はい?」


「「「先生もしますからっ!」」」


 気がつけば先生も土下座。


「えっと、そういうのは私の一存では決められないと思うので他の方の意見も聞かないと……ね、加奈」


「ん? 私は由梨菜がメイド服で全然いいよ? 大丈夫、先生の土下座は写真に納めたから」


 由梨菜が、その写真どうするんだろ、と現実逃避を始める間にもあれよあれよと話は進んで気がつけばメイド服を着ることになっていた。



◇ ◇ ◇


「……まあ、その事はいいんです。決まったことはちゃんとやります。それで、どのメニューにしますか?」


「湊先輩、おすすめはメイドさんお手製ラブラブオムレむぐっ」


 AWLのアバター並のスピードで由梨菜が加奈ちゃんの口をおさえた。まあ、ほぼ聞こえてしまっていたけど。

 さすがに可愛そうと思ったからそのメイドさんお手製云々のメニューは頼まないでおこう。


「えっと、じゃあアイスコーヒーとカツサンドで」


「カツサンドはソースと味噌がありますが、どっちにしますか?」


「味噌でお願い」


「わかりました。少々お待ちください」


 由梨菜が厨房の方に戻っていく。

 だが、加奈ちゃんはその場にのこったままだ。妙にニヤニヤしながらこっちを見ている。


「……加奈ちゃんは呼び込みの仕事しなくていいの?」


「あ、それは大丈夫です。代わりの子にお願いしました。拓真先輩が来るまでは私も中で待機です」


「そんな適当で大丈夫なんだ……」


「クラスで仕事中の人の知り合いが来たとき専用のテーブルがこっそりいくつか用意してあるんです。で、代わりを頼んだ子はちょうど呼んでた人とのお話が終わったから変わってくれました」


「へー。なら拓真はちゃんと呼んだ? なんなら俺の方からしっかり言っておくけど」


「心配には及びません。来なかったら朝練前にテニス部の玉拾い千発お願いしますって言ってあるので」


 うわあおっかない。千発玉拾いを終わらせてから朝練なんかしたらその日の授業は欠片ほども頭に入らないんじゃないか、あいつ。


「拓真は悪いやつではないけど、色々とあれだぞ?」


「知ってますよ。でも、仕方ないじゃないですか。なんかビビーッと来て、あー好きなんだなーって思っちゃったんですから。あと搦め手なんか知りませんので直球勝負で()すんです」


「加奈ちゃんは正直だな。うん、拓真割りとアホだからそれの方が効果的かもしれない。直球で伝えないと伝わらない気がする」


 そこで、加奈ちゃんがさらに笑みを深めた。ニッコリではなく、ニヤリなところに不安を感じるのだが。


「湊先輩、人にそう言うのなら勿論自分もしますよね?」


「な、何だよ急に」


「いえ、例えばですね? メイド服の由梨菜見てどう思ったのかなー、とかですよ。似合ってる以外にも何かあるんじゃないですか?」


「ぐっ……」


「ほら、どう思ったんです?」


「……すごく可愛かった。抱き締めそうになった」


「だ、そうだよ? 由梨菜」


「……へっ?」


 加奈ちゃんの背後にはいつのまにか由梨菜が。両手に持ったお盆の上には、要望通りのカツサンドとカフェオレがのせられている。


「じゃね、由梨菜。ちゃんとメイドのお仕事、最後までやるんだよ~」


 あ、加奈ちゃん逃げた……。

 由梨菜は数秒そこで立ち尽くして、何とか再起動する。

 ゆっくりとお盆を机において空いている席に座った。


「はい、先輩。口を開けてください」


「へ?」


「そ、その。あーん、ってやつです」


 考えたのは加奈ちゃんだな絶対!

 他のお客さんもめっちゃこっち見てるし!


「いや、その、別に普段なら何か分けるときするけど、こういう人が多いところだとなんか恥ずかしいというか」


「私の方はメイドコスプレまでしてるので恥ずかしさすごいんですから! それにこれもメイドのお仕事の一環らしいんです!」


 珍しく饒舌な由梨菜に押されるように口を開ける。

 恥ずかしさからか声はおさえ目だったけど、手は少し震えていた。その気持ちはすごいわかる。教室中全体から視線を感じるから仕方ない。


 正直、カツサンドの味はほとんどわからなかった。味噌タレ、ちゃんと味わいたかったのに。

 しかも何とか食べ終えるまでに三十分もかかった。


「ん、美味しかった。ありがとう」


「いえ、作ったかいがありました」




 ちなみにその後。

 会計にいた加奈ちゃんに、「安心してください。由梨菜の仕事はこれで終わりですから。他の人に同じような事はしません」と聞いて心底安心したのは言うまでもない。



次回はAWL攻略に戻ります(予定)。

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