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文化祭初日の午前



「……よし、皆準備万端ね?」


「もちろん!」


 文化祭当日。

 初日は午前にシフトが入っていて、それ以降は三日目までフリーになっている。

 開店前から既に制服から和装に着替えてある。

 女子、とくに茶道部の面々は着物。

 男子は浴衣のようなゆったりとしたものだ。


「全員良さそうね。シフトは忘れないこと。忘れたら残りの日程全てシフトに入ってもらうからね」


 委員長の注意に元気に男子が固まり、女子はニコニコしている。

 最後の確認をしたところで校内アナウンスが流れた。


『只今より、文化祭初日を開催します!』


 その合図と共にどの教室からも生徒が飛び出して廊下を埋め尽くした。

 ある人は仮装をしながらプラカード片手に客寄せをし、ある人は友達との合流場所へ。


「午前シフト、一旦集まって!」


 クラスの人が同じように出ていくのを見ながら午前シフトのメンバーが集められる。

 恐らくそれぞれの役割の確認だろう。


「男子は基本裏方。和菓子は崩れやすいから扱いに気を付けて。あ、湊君は予定通り客寄せね! 外での声かけよろしく!」


「……やっぱりなんで湊だけ外なのか理解できない!」


「拓真君うるさい。和服が似合ってるからに決まってるでしょ。ほら、さっさと裏方行く!」


 簡単に茶菓子の内容が書かれたプラカード片手に外へ。

 教室の出入り口近くでの客引き、そして机への簡単な誘導までが仕事だ。

 女子も一人同じ仕事を担当してくれるとはいえ、なかなかに大変そうだ。

 そう思っていると、指示を出していた茶道部の子が一人おもむろに近づいてきて一言。


「姫城さんが来たら茶菓子運びにチェンジしていいからね。その時は教えて?」


「変えていいのか?」


「うん。茶菓子とかお茶の説明とかあるし、姫城さんにしてあげて」


「りょーかい。でもまあ、いつ来るかはわからないんだけどな」


「あ、そこまでは流石に決めてないのね。それと忘れ物。茶葉の匂いもふりまいてね」


 渡されたのは茶葉の入ったティーバックのようなもの。

 紙製の袋のなかから良い匂いがする。

 それだけ受け取って、あとは声を張りすぎないようにだけ気を付けて客引きを開始した。



◇ ◇ ◇



「いらっしゃいませ。三名様ですね?」


 接客が段々板についてきた。

 初日から学外の人も入れるようにしているため、この茶店には結構人が来ている。

 本音を言うとそこまで来ると思っていなかったのだけど……。


 時間が思いの外早く進み、十時半。

 ついに由梨菜と加奈ちゃんがやってきた。

 加奈ちゃんの手に既にイカ焼きがあるのが少し気になるけど、二名様ご案内。


「こんにちはです、先輩」


「湊先輩、ちゃんと由梨菜ちゃん連れてきましたよ~」


 二人に挨拶を返し、イカ焼きを食いきらせてから店内へ。


「あ、姫城ちゃん来た? それじゃ湊君、中とチェンジね」


 中で和菓子の運びをしていた女子と入れ換え。

 お茶は一応点てられるようにしたし、なんとかなるだろう。


「ようこそお越しくださいました。ここで暫しの休息をお楽しみください」


 そこで深く礼。

 加奈ちゃんが笑いを堪えているのが見えるけどとりあえず気にしない。

 ……にしても、相変わらず由梨菜の姿勢が綺麗だ。

 正座をすると余計にそれがわかる。


「ここではいくつか茶菓子も扱っております。どうされますか?」


 そう言ってメニューを差し出す。

 無駄に凝ったメニュー表には十六にも及ぶ茶菓子が。

 それを由梨菜たちが見ている間にお茶を点てる準備を進める。


「私は栗きんとんでお願いします」


「私は生八つ橋で……くくっ」


 加奈ちゃん、笑いを堪えきれていない。

 顔が真っ赤になっている自覚をしながら茶菓子の注文を裏に回し、本格的に茶を点て始める。


「……」


「……」


「……」


 三者とも、無言。

 俺はこういう形で接客をするのが初めてだし、由梨菜や加奈ちゃんもそうだろう。

 普通な話題を振ってもいいものか……と考えてしまう。

 そうして少し気まずくなってきた所で、栗きんとんと生八つ橋をお盆にのせて持ってきた委員長が一言。


「……もっと普通に話していいのよ?」


「え、こういうときって静かにするものじゃないのか?」


「他を見てみなさい、他を。友達が来たからって恋バナしながら点ててる所もあるのよ」


 見てみれば大抵の所が普通に話していた。

 茶道部のメンバーでさえそうなのだし、文化祭仕様ということだろうか。

 確かに、この茶店のコンセプトは休息。

 楽な会話もできない休息というのはないだろう。


「……ということらしいからさ。何か話そうか」


「そうですね。何について話しましょう?」


「うーん、例えば……由梨菜のクラスの出し物の内容とか」


「それは今日の午後見に来てください。それまでは秘密です」


「気になるな……」


 そうこう言っている間にお茶が完成。

 二人の前に差し出す。

 そっと受け取り、二回回してゆっくりと飲む。


「結構なお手前で……で、いいんでしたっけ?」


「その手合いはよく聞くけど、本来は間違ってるとかって話も聞いたことあるな。よく知らないけどさ」


「そうなんですか。……あ、この栗きんとん美味しいです」


「あ、美味しいんだ」


「食べてないんです?」


「実は食べてない。お茶を点てる練習ばかりさせられてたからな」


「一口いりますか?」


「いいの?」


「はい。できればお茶と一緒に食べた方が良いとは思いますけど、単体でもとても美味しいかと」



「……なーんか、私蚊帳の外って感じ?」



 由梨菜と話してたら、加奈ちゃんが不満モードに。

 どうやら、二人で話し込んでしまったのがいけなかったらしい。


「あー、ごめん加奈ちゃん」


「別にいいですよ。もし悪いなーって思うなら拓真先輩のシフト教えてください」


「おかしいな。委員長がシフト表は全員分コピーして配ったはずだけど? 拓真持ってると思うぞ」


「無くしたとか言ってました。準備期間の頃からシフト聞いてるのにいまだに知らないんですよね」


「すまん、ちゃんと言っておくわ。準備期間中、拓真は委員長の手となり足となってこき使われていてな。毎日ヘトヘトのぼろ雑巾みたいに……」


 ベシッ。

 いつのまにか後ろにいた委員長にお盆で頭を殴られていた。


「湊君。余計なことは言わない方がいいと思うわよ?」


「はい、ごめんなさい……」 


 委員長に謝罪している間に由梨菜と加奈ちゃんは茶菓子を食べ終わっていた。

 片付けは店側がやることを伝えて出入り口まで見送る。


「美味しかったです。ごちそうさまでした」


「拓真先輩の件、ヨロシクです」


「はいよ。シフトあがったら適当に校舎一巡して、そっから教室いくから」



 それからは、適宜客をさばいていき午前が終了した。



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