由梨菜の考え
「先輩、こんにちはです」
「おう、こんにちは。……んじゃ、行くか」
昼休み。
後輩の女子と二人で食べるというのが世間的に普通かどうかは置いといて、最近は特に由梨菜と昼御飯を食べている。
七月辺りの頃、部活で話そうとしていたことがお互いに被り、「どうせならお昼に」となったときから始まった。
まあ、夏祭りの告白の後から……つまり、九月辺りからは少し由梨菜が緊張している気はするのだが。
「どこにします?」
「いつも通りの窓側で良いだろ」
ちょうど良い日差しの当たる窓側。
カウンター式の椅子に二人で並んで座る。
「さて、始めますか」
◇ ◇ ◇
「それで、何が分かりました?」
「どこかでフラグを建て間違えてるとしか言えないな。それがどこなのかはわからんが」
昼御飯が二人ともそれなりに進んだ所で、『アンダーワールド・リフェリアオンライン』の相談を始める。
話題はもちろん、ユリナ攻略について。
だが、毎度の如く、
「……あまり、攻略は進んでいないみたいですね」
……そういうことである。
これまでトライした回数が六回。
一回目は、そこまで鬼畜ゲームだと思っていなかったせいか盛大に殺された。
あまりの殺され方に、使わないと決めていた攻略サイトを見たくらいだ。
二回目、三回目、となんとか死亡回避を延ばし続けた。
だが、四回目。
魔王の右腕と左腕と称される二体の魔族の将を倒すために二手に別れ、お互いに倒し再開する所で、抱き締めようとしたユリナに殺される。
今まで通り違うルートを探し、だがそれでも五回目も殺された。
最後の望みのルートを辿った六回目。
攻略サイトでも突破者の現れてないストーリー。
知っての通り、殺された。
「何がいけないんだろうなぁ……」
「私は直接見てないので何も言えないですね。前回までと違うところは何かありましたか?」
「いや、全く同じだ」
フレンド登録している由梨菜とは協力して攻略ができる。
ただし、それはあくまでモンスターを倒したりするRPG要素の所だけで、ヒロインとのフラグを建てるのは一人でやらなければならないのだ。
例えば、あるシャイなヒロインがいる。
このヒロインとご飯を食べるときに建てるフラグがあるのだが、そこにフレンドがいるとヒロインがフラグ建設に必要な台詞を言わなくなるのだ。
このため、「離れていたヒロインとの再会」というシーンに由梨菜がいると上手く発生しないと考えられる。
そのせいで由梨菜は俺がユリナに殺されるシーンは見れていない。
「次は、影から見ましょうか? 何か手がかりがつかめるかもしれません」
「いや、見るとフラグが……」
「いえ、大丈夫です」
「え?」
由梨菜がスマホを操作し、攻略サイトのある一ページを見せてきた。
「"隠密スキル"?」
「はい」
隠密スキル。
その名の通り、隠れたり気配を消すスキルだ。
だが、あくまで隠せるのはモンスターに対してだけだったはず。
「ここを読んでください」
「なになに……"隠密スキル"が五百以上で発現するスキル上級隠密使用時、NPCヒロインに気がつかれなくなることが判明……え?」
このスキルは知らなかった。
ユリナの攻略には必要とされないスキルだし、攻略サイトも見ていないからだ。
しかし、これを見ても全く希望が出てきたと言えない。
「でも、熟練度五百……キツすぎるだろ」
そうなのである。
このアンダーワールド・リフェリアオンラインも、他のVRMMOの例に漏れず何度も反復することで熟練度が増えていく。
しかし、熟練度上げの壁は厚い。
例えば、オーソドックスなスキルである剣スキル。
序盤こそ、経験値上げのために雑魚を狩っていればスラスラ上がる。
だが、熟練度が百を越えた辺りからその勢いに影がさす。
熟練度百までに素振り二百回が必要とするのなら、百から二百までには五百回の素振りが必要となる。
そして、その数は二次曲線の様に増えていくのだ。
熟練度五百というのは、かなりの回数を振り、敵を倒し、満遍なく剣スキルを使い……熟練度上げを目的に何日も頑張ってようやくたどり着く境地だ。
つまり。
「今から上げ始めるにしても時間がかかりすぎる……しかもあれ、MPを継続的に使わなきゃダメなスキルだろ。難しいんじゃないか?」
ご飯を目の前に広げていなければ、机に突っ伏していただろう。
事実、ため息は出てしまったわけで。
由梨菜の隠密スキルの熟練度上げに時間を費やすとして。
今まで攻略に割いてきた時間をすべて使い、有り金をはたいてMPポーションを買い、約二週間も安全なところで芋のように固まっていなければならない。
さすがに、無理──
「大丈夫ですよ、先輩。既に私の"隠密スキル"の熟練度は492です」
「……え?」
本日二度目の驚愕。
え、いつの間に由梨菜はそんな芋プレイをしていたんだろう?
なぜか由梨菜は目を逸らして言及を避けている。
「先輩が序盤の安全な時やフラグ建ての時間に上げれば、五百はいけます。ルートを回る一回分の時間を最後のシーンに費やすことになりますが……どうですか?」
まだ、目を若干逸らしながら、由梨菜が聞いてきた。
何も得られない可能性がある。
いや、むしろそっちの確率のほうが高いだろう。
他のルート、他の手がかりを探しながら進める方が効率はいいはずだ。
だが、それでも。
時間を無駄にする可能性を認識していても、俺は。
「頼みたい。……ありがとう、由梨菜」
その案にのった。
「あ、あの、先輩」
「ん?」
「今朝、作りすぎてしまったので……これ、食べませんか?」
由梨菜がタッパーを取りだす。
その中には、とても美味しそうな唐揚げが入っていた。
「お、旨そう。一つ貰っていい?」
「どうぞ」
一つを箸でつまみ、口の中に運んだ。
口の中に、肉汁が染みる。
作りたてでないのにここまで美味しいというのは凄いと思う。
「どう、ですか?」
すがるような上目使い。
不安に揺れる由梨菜に、俺は満面の笑みで返した。
「凄く旨い。……二個目食べたい」
「どうぞ、好きなだけ食べてください」
二個目。
連続で食べても全く感動の薄れない、すばらしい味だ。
思わず三個目、四個目、と食べ進めてしまう。
「由梨菜は良いお嫁さんになれるな」
「……っ……。あ、ありがとう、ございます……」
おお、由梨菜が赤くなっている。
それを見てさらに気分のよくなった俺は、ついに唐揚げを完食した。
「美味しかった……ありがとう、また食べたいくらいだ」
幸福感に浸っていた俺は気がつかなかった。
由梨菜の弁当に、唐揚げが一つも入っていなかったことに。