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約束された逢瀬



 裏方へ颯爽と消えていく姫様を追いかけて並ぶ。

 今は変装しているとはいえ姫は姫、ついていくべきだろう。

 しかも待機する代わりの騎士が来たのでそちらの心配もない。

 姫様は迷わずに進み、人気の無くなったところで仮面を剥いだ。

 そして、ある一室の前で立ち止まる。


「少し待っていなさいな」


「え?」


「待っていろと言っているのよ。それとも、私の着替えと貴方の後輩の化粧を見るつもり?」


「おとなしく待っています」


 近くの壁に背をもたれかけて待機。

 姫様はノックをした後返事も待たずに入っていった。

 わずかな悲鳴と驚きの声が廊下に響き、ほどなくして扉が閉まる。


 はあ、このまま長時間待機か。

 そう思い長期戦を覚悟した。


 だが、実際はそうはならなかった。

 数分もしないうちに、中から一人の老執事が出てきて俺の方を見る。

 そして、姫様からの伝言を伝えてきた。


「お引き留めしている身ですみませんが、今から四階テラス行ってもらえますかな?」


「はあ、別にいいですけど。四階テラスってどこです?」


「こちらでございます」


 老執事に連れられて階段を上る。

 四階は確か、人がほとんどいない貴賓部屋のはずなのだが。

 使用人のほとんどが会場に出払っているから本当に人気がないと思われる。


 ある一室に案内された。

 内装を見る間もなくその部屋のなかを突っ切らされ、テラスへと連れられる。


「ここでお待ちくださいませ」


「ええと、どのくらいですかね?」


「それほど時間はかからないかと思われます」


 そう言い残して執事は帰っていった。

 そこで、改めてテラスを見直す。


 白で統一され、端の方には簡易な机と椅子。

 広さだけで言えば、教室より少し狭いくらいという破格の広さだ。

 しかも、城のちょうど正面側らしく下の街が一望できた。


 景色に見とれていると、後ろで物音が聞こえた。

 弾かれるように振り返り、身構えるとそこには……ドレスを着たままのユリナが。


「ユリナか……ビックリした」


「私もビックリしました……まさかセンパイがいるとは聞いていなかったので」


「もしかして、ユリナも執事に連れてこられた?」


「はい。理由は教えてもらえなかったんですけどね」


 困ったようにユリナが笑う。

 ドレスに包まれ、月光に照らされたユリナはとても綺麗だった。

 そこだけ世界が違うような、不思議な感覚に襲われる。


「それにしても、俺たちを集めてどうしたいんだろうな。理由くらい聞きたかったよ」


「そうですね。いつまでなのかも分かりませんし、困ります」


「暇を埋めようにも、ここは何もないしなぁ」


 机と椅子はあっても、お茶はない。

 そしてそれ以外は何も置かれていないのだから、余計に困る。


「……あの、センパイ」


「ん?」


「その、このテラス広いですね」


「そうだな。広すぎるくらいだよ」


「広いってことは、何かするところなのかもしれませんね。例えば……ダンス、とか」


 そうかもな、って笑いかけようとして動きが止まる。

 いつになく真剣な顔をしたユリナがこっちを見ていたから。

 それだけでも、言いたいことは伝わる。


「踊ってみるか? 二人で」


「いいかもしれませんね。では、その」


「ちゃんとエスコートはしますよ、お姫様?」


 そこでまた、ユリナは微笑んだ。


 ──誰もいない、月明かりに照らされたテラスを二人占め。

 音楽がないのを良いことに、二人で気がすむまで踊った。

 それはもう、何度も。



◇ ◇ ◇



「……姫、よろしいのですか? あのテラスを先に使わせて」


「別に構わない。よくわからない風習にとらわれるのは昔の人だけよ」


 二人が人目を忘れて踊るテラスの隣の部屋。

 ドレスアップをしティアラを頭にのせた姫と、その執事はその姿を見守っていた。


 姫の言うよくわからない風習とは、ある人達には"テラスの逢瀬"と呼ばれているジンクスの事だ。

 見晴らしが良く、美しいテラスを二人きりで舞うことで愛が永遠となるという一つの願掛け。

 人払いを済ませ、二人きりになるための用意が整えられた空間だ。


「それに、あの風習の元のお話の二人は隠れて逢っていたのよ。隠れているからこそ価値がある。その点、二人は適役じゃないかしら?」


「そうですな。まさか、姫が"月影"を許すのも意外でした」


「まあ、二人を風習に巻き込んだ自己満足のせめてもの責任取りね。それに……悪くない、でしょ?」


 その問いかけに、老執事は微笑みだけを返した。

 "月影"は、この姫が元となった話に惹かれて産み出した魔法だ。

 その効果は、月が美しく見えるというもの。

 特別な効果もなく、その魔法の空間から見る月が美しく見えるだけ。

 姫がまだ少女の頃に産み出し、老執事に教えた魔法だ。


 その美しい月影を見ず、ただその明かりを受ける二人は……ひたすらに美しかった。

 二人を見て、姫は自分の婚約者の顔を思い浮かべる。


「マルクスは、どんな演出をしてくれるのかしら」


 一国の姫ではなく、ただ一人の少女として想い人の事を考える。

 その姿に、再び老執事は微笑みだけで答えた。




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