パーティーと姫様と
──パーティー当日。
王城はきらびやかに装飾され、またそれに見劣りしない人たちが集まっていた。
正装に身を包んだ色々なところの令嬢や息子、そして爵位をもつ人が勢揃いしている。
警備もまた一段と強くなっているのが見てわかる。
「やっぱり、何度見てもこの人数を前にすると落ち着かないな」
「何度見ても、ですか?」
「なんでもない、こっちの話」
思わずもれた一人言が隣のユリナに聞こえてしまったようだ。
危ないあぶない。
件のユリナは、これまた綺麗なドレスアップをした状態で俺の隣にいた。
以前見せてもらったときはやっぱりお試しだったのだな、とわかる完成度の高さだ。
何より違うのはユリナの頭上にあるティアラだろう。
元から調えるだけで姫様然としているユリナの品格がさらに数段上がっている。
「あともう少しで開始致しますので。鎧には慣れましたか?」
「ええまあ、多少は。これを着て踊るのは相変わらず不安ですけどね」
ダンス講師の人が声をかけてきた。
ただでさえ雑音が出やすい鎧で、踊るときにできるだけ音を出さないようにするのが骨がおれる。
最初はどうしたらいいかわからないくらいだったが、慣れればわりとできるのだと驚いた。
「開始したら、多少の挨拶廻りを済ませた人から競うようにやってきますから。姫様に一番に挨拶をする方は真っ先に来るでしょうし、頑張ってくださいね?」
思わず顔をしかめたくなるのを堪える。
嫌味をいう貴族も中にはいる。
それに応対するときに表情を崩さない訓練として、表情の制御が求められるからだ。
大きなホールにはだんだんと人が増えてきた。
金髪縦ロールのどこかの令嬢を見たときは、思わずさすが! と言いかけてなんとか踏みとどまれた。
暫くして、音響の魔法を使った司会が声を会場全体に声を響かせる。
『来賓の皆様、遠いところからわざわざお集まりいただきありがとうございます。日頃なかなか会うことのかなわない皆様ですが、今日はこうして集まることができましたので。ダンスを通して国の結束を深めたいと思います』
そして、その声と共に扉が開きいて執事たちが料理をもって入ってきた。
次々と並べられる料理を手に取る者もいれば、早速動き始める人もおりと千差万別だ。
姫様に扮したユリナの前には既に挨拶をする人がいる。
そして、その周囲では、特に話すてもなく料理を食べることもなく次を待つ人がいた。
その傍らに控える俺にも挨拶が飛んでくるから大変だ。
料理を食べる暇はないでしょうし、これなら腹持ちしますからと言われて簡易食を渡されたときはまさかと思ったが、確かにこれは暇が無さそうだ。
そして、早くもユリナにはダンスのお誘いが。
どこぞで領主をしているそれなりの位の家の息子のようだ。
「姫、僭越ながら私と一曲踊っていただけませんか?」
「はい、よろしくお願いします」
ユリナの手を取り、エスコートしていく。
会場の中央、開けた所に混ざっていった。
「では姫、私はこちらの方をお借りしても?」
最初の方でユリナに挨拶していた令嬢が気がつけば俺の隣にいた。
形式として許可をとる形をしているだけで、基本的に誘われたら断ることはないという。
ついに来たかー、と思いながらエスコートしていく。
そんな時間が、二時間近く続いた。
◇ ◇ ◇
「……さすがに、辛い」
「我慢くださいませ」
「はい」
時間が経ち、ようやくダンスに誘われてから次までのインターバルが長くなってきた。
ユリナに至っては、二回目の化粧直しに行っている。
ドレスで踊るのは当然疲れるので、一時間毎に直しにいくらしい。
そして、形式とはいえ姫に許可をとる形をとっている俺へのお誘いも無くなっているというわけだ。
思わずもれた声はいつの間にか隣にいたダンス講師にたしなめられたが。
ダンスが無くなれば、次はただただ棒立ちの時間だ。
「あら、アナタ。ダンスのお相手をお願いしても?」
と、思っていたのだが。
意識を散らし一介の柱になりきっていた俺の前に、一人の女性がいた。
いわゆる仮面舞踏会につけるような仮面をつけたその女性は、姫様の許可を必要とする俺へのお誘いをしていた。
「すみませんが、姫様のお許しをいただいていないもので。姫様が帰ってこられるまで待っていただけますか?」
「姫なら帰ってきた。許可も出すよ」
「……はい?」
何を言っているのだろう。
こういうとき頼りになるはずの講師の先生の方たちが、完全に固まっている。
この仮面の女性を見て震えているけど、何か変だろうか?
ユリナに似た髪型、ユリナと同じ黒髪なだけで……。
え、まさか。
「わかったみたいね。私がその姫よ」
いなくなっていたお転婆娘こと、この国の姫様が目の前にいた。
仮面をしているとはいえ、ユリナに似たその見た目は一目瞭然だろう。
「え、あの、パーティーには間に合わないはずじゃ?」
「それはこの国から馬車を出そうとするからでしょう。私はそんなのに拘らないのよ」
……後で聞いた話だが。
周りが色々と言うのも気にせず、このお転婆姫さんは現地で馬車を買ったらしい。
もちろん国印はないし、そのせいで優先的に道が通れるわけでもないのだが。
伝令が滞っていたせいで城の人は誰も知らないが、実はこの姫様パーティーに間に合うように来てはいたらしい。
ただ、自分の影武者をしてくれる人がいるということで城下街を見回ってから来たと言うのだ。
普段は見れない民の素直な姿はこの普通の馬車なら見れるでしょとのこと。
パーティー開始前には城に来る予定だったが、下町の喫茶店でマスターと話し込んでて遅れたとか。
「それに、騎士の影武者。答えてみなさいな。これは何のパーティーかしら?」
「ダンスパーティーですね」
「その名目は?」
「親交を深める、とかでしょうか」
「違うわよ。……メルティ、教えてないの?」
「すみません。ダンスを覚えていただくので精一杯でした」
メルティとは、ダンス講師の愛称らしい。
この人が済まなそうにしてるなんて、珍しい。
「私の誕生日パーティーよ。これでめでたく十八歳」
「たしか、十八歳は……」
「そのくらいの知識はあるのね。そう、成人よ」
王国の姫が成人ともなればやることが一つ。
それがこの姫様にはわかっていたのだろう。
「成人して、婚約をしたらもうほとんど民の前に出ることはできなくなるわ。民は私の名前しか知らないまま統治を受ける。……でも、私はそんなの嫌だわ。顔も知らない、話をしたことのない相手に指図されるなんて絶対許せないの」
聞けば、この姫様が城を抜け出して行くのは大抵下町らしい。
商店街に身を運ぶこともあれば、住宅街に行き。
石切場で身分をかくして体験をして、最後に姫だと教えて驚かせたり。
教会で子供たちと一日中走り回って遊んだり。
そんなことを、していたらしい。
「お話もこれまでね。時間的に、影武者の子は化粧直しに引っ込んでいるのね? 代わってあげないと」
「そうですね」
「では、その前に一曲。エスコートをお願いしても良いかしら?」
「……喜んで」
差し出されたその手を取り、広場の中央へと連れていく。
お転婆姫らしい元気なステップについていくのは大変だったが、姫らしい優雅さもあるのには心底驚かされた。
……でも、俺がこうして仮面の人と踊ってると不審がられないかな。
「大丈夫よ。お忍びだから、と仮面をつける人も珍しくないから。ただ、どこの家かも察することができないから怪しんでるだけよ」
「はあ、そんなものですか」
「気がついているのは、そこにいる私の婚約者くらいだわ。アナタを睨んで歯軋りしているヤツよ」
ダンスの流れで自然に向きが変わる。
そうすると、確かに俺を睨んでいるイケメンがいた。
「初めて、私を姫じゃなく私個人として見てくれた人。ちゃんと私を見てくれるなら良いかな、って思える人よ」
……そこにいたのは、姫ではなく一人の少女だった。
だから、何も言えなかった。
「影武者をしてくれてる子って、アナタの後輩なんでしょう? しっかりと見てあげるなさいよ」
「はい」
そこで曲が終了。
姫様はイケメンに手を一振りし、裏方へと消えていった。




