準備は整った
AWLにログイン、独特の浮遊感を味わいながらアバターに入り込む。
目を開けると、昨日までの宿屋らしい板張りの天井ではなく白磁の広いそれが目に入った。
「……知ってる天井だ」
「恒例のネタは終わりましたか?」
「終わった。毎度のごとくなんでやってるのか疑問になる」
由梨菜の方が今日も早かった、と。
ならたまには、ごめんまったー? というネタをやるべきかもしれない。
どちらのネタも、由梨菜は元ネタを知らないけど。
今回も首を捻っている。
今回は王城スタート。
結構良い待遇の客賓用の宿泊部屋の一室を借りている。
前回は特に探索をしたわけでもないので、アイテム整理は必要ない。
「……今日も特訓かー。せめてこの半ウェア素材みたいなやつだけで踊らせてくれたら良いのにな。鎧着たまま踊らないよ普通」
「ここでの普通は、近衛は鎧を着ることですから。慣れが大事です」
「そうは言ってもなぁ」
今着ているのは、どこから出てきたのかはわからないがスポーツウェアの劣化番みたいな物だ。
リアルの物ほどツルツルだったり吸汗効果があるわけではないが、着やすく動きを阻害しにくい。
AWLの騎士は出陣の時にこれを一番したに着るらしいというのはどこで得た豆知識だったかな。
「……そこまで言うのなら、私と少し踊ってみますか?」
「ちゃんと鎧着て?」
「ええ。ちゃんと踊れますから」
まあ、踊れるのは知ってるけど。
思えば一緒に踊るというのはしたことがないかもしれない。
由梨菜が立ち上がり、ウインドウで装備をいじる。
数秒後、由梨菜は赤と黄色をモチーフにした鎧を纏っていた。
帯剣はしていないが確かに鎧姿だ。
「えっと、踊るので」
「わかった。どうぞ」
どう動くのかしっかり見なければならない。
じっと由梨菜を見つめる。
「……手を出してもらわないと踊れないです」
「あ、そうか」
由梨菜にため息をつかれてしまった。
はい、と出された手をとって初期の体勢にする。
そして、それからゆっくりとレッスンが始まった。
「右、左、右、右です。基本はこの動きなので覚えてくださいね」
「了解。しかしまあ、よく綺麗に踊れるな。儀礼用の鎧で踊るとガチャガチャいうし動きにくいし」
「基本の動きに慣れればなんとかなるかと。あ、もう少ししっかり腕をまわして支えてください。安心して身を預けられるようにお願いします」
「ん」
さすがに相手をクルッとまわすのをエスコートするのはまだできない。
だが、良い復習にはなった。
近くで支えるときに鎧を押し付けないようにだとか、相手を思いやるポイントまで教えてくれた。
「ありがとな」
「問題ありません。できそうですか?」
「ああ」
講師とは違い、わかりやすく噛み砕いて繰り返し教えてくれた。
鎧は似合ってるし、とても有意義であったと言えよう。
そこでようやく気がついた。
由梨菜が装備している鎧の名称と、その効果に。
「なあ、その鎧ってまさか、フェザーエンジェルシリーズだったりしないよな?」
フェザーエンジェルシリーズとは、ある特定の種族のボスを倒したときに低確率で手に入る鎧シリーズの一つだ。
その名の通り軽い素材でできている上に、装備重量大幅軽減の効果がついている。
動きやすさを追求しているため、下手なデコボコや突起もない。
一部では、金属防具のついた革装備とまで言われている。
「よくわかりましたね。フェザーエンジェル・フレイムです」
「やっぱりか! 踊るのもかなり楽でしょそれ」
「ばれないと思ったんですけどね」
そこでニッコリするのは少し卑怯な気さえする。
普段と違うテンションになってるし、楽しそうにしてたら怒れるわけがない。
まあ、元からそこまで怒るつもりはないけどさ。
「そういえば、なかなかユリナ来ませんね」
「……あ、出逢いの鈴使うの忘れてた」
はいそこ、ジト目で見ない。
◇ ◇ ◇
「ふいー、疲れたー」
鎧を着たままカーペットの上に倒れこむ。
約三十分とはいえ、重い鎧を着て踊るのは疲れる。
途中でユリナは所用とか言って部屋を出ていったし、講師とマンツーマンでレッスンをしていた。
冷たい飲み物の感じが再現されていて本当によかったと思う。
倒れこんだ俺にダンス講師の人が話しかけてきた。
「お疲れさまです。すごく良く踊れるようになってましたね。これなら本番も安心です」
「ありがとうございます……。もう鎧は外していいですかね」
「もう少し着けててくださいな」
まだ着けておけと言うわりには、レッスンを再開するような様子がない。
むしろ、講師の人はダンス用の靴をはずしたり髪を下ろしたりと終わりの動きをしている。
首を捻ること数分、レッスンをしていた部屋にノックの音が響いた。
「あ、あの、センパイ。入ってもいいですか?」
「ん、ユリナ? どうぞ」
どこか緊張した声に、何をしていたのか聞くのを忘れた。
扉を開けたのは、城の使用人の人。
そして入ってきたのは……お姫様らしく、ドレスに身を包んだユリナだった。
足首までスッポリと隠す、白を基調にしたおとなしいドレス。
ヒールを履いているのか少し目線が高い。
全体的に見ると、悪く言えば質素、良く言えば淑女然としたドレスはとても似合っていた。
「その、どう……ですか?」
ヒールを履いていてもギリギリ目線は俺の方が高い。
軽く化粧をし、着飾ったその姿で上目使いは破壊力がすごいことになっている。
「お、おう。似合ってるんじゃないか?」
講師の人に軽く蹴られ、扉をおさえる使用人の方に睨まれる。
ユリナもまだ待ってるし、なにこれ。
「あーっと、雰囲気が落ち着いた感じだし、ユリナに合っていると思う。化粧をしたからかもしれんが、気品の高さがわかるかな」
これでどうだ、と思ったら使用人の人はまだ睨んでる。
見ていられなくなったのか講師の人が耳打ちしてきた。
「……こういうときはシンプルでいいんです」
「シンプル? ええと、すごく可愛いと思う」
「あうぅ。あ、ありがとうございます」
ユリナが顔を隠してむにゃむにゃ言ってる。
使用人は結局呆れたような顔をしてるし、講師の人はやればできるじゃないですかとニンマリしていた。
「でも、どうしたんです? 急にドレスアップなんて」
「それはですね、色々と事情が込み合っておりまして、とりあえず馴れるためとサイズの微調整のために着付けをしようという事になりまして」
どうやら本来の姫様は見つかったらしい。
ただし二町ほど離れた所で。
護衛の騎士たちの伝書魔法は、気がついたら紙がビリビリになっていて使えなかった。
犯人は確実に姫様だから文句を言うこともできない。
よって連絡が遅れ、国から出た捜索隊が見つけたときには確実に間に合わなくなっていた。
たしかに、馬車の手配だけでも難しいのに、姫様を気遣いながら二町越えてパーティーに間に合わせるのは至難の技だ。
「さすがに王も青筋が隠せてませんでしたね」
「穏やかなので有名な方なのですがね」
あのおてんば娘ぇ……! と頭を抱えてしまったとか。
なかなか苦労している人は多そうだ。
伝令に使い走りにされる人はたまったものではないだろう。
「あと記念の写真でも、と思ったので」
「だから鎧を外すなと?」
「そういうことです。ささ、並んで並んで」
青と水色の入り交じったような不思議な結晶が俺とユリナに向けられる。
手のひら大サイズなことや話の内容から察するにあれがこの世界でのカメラなのだろう。
おとなしく隣にならんだユリナと写真を撮られる。
「いいですね。では、ユリナ様の肩を抱えるようにしてください」
「ん、こうですかね?」
ユリナの背中から腕をまわして引き寄せる。
なんか、ひあっ!? という声が聞こえたような気がした。
たんたんと使用人の人が写真を撮っていく。
そんな時間が少し続き、終わる頃にはユリナはヘロヘロになっていた。
顔が真っ赤だし、力も抜けているようだけど大丈夫だろうか?
そんなこんなで、準備は順調に進み。
パーティーの日がやってきた。




