緩いクエスト
ゆっくりと意識が遠くなるように、景色が歪む。
重力に引かれて落下する感覚が覚め、私は鉄環の天使Ⅳを頭からはずす。
体をベッドから起こしてふとカレンダーが目に入った。
「もうすぐ、文化祭ですか」
日付は十月の始め。
そして、今月の後半には三日間を矢印で繋ぎ"文化祭"と記されている。
まあ、年間予定表を見ながらその印をしたのは私自身なんだけど。
新たにAWLの攻略をし始めから、思ったより時間は過ぎていたようだった。
まあ、間にテスト直しや後期の役員決め等もあって忙しかったからな、と早く感じる理由にあたりをつける。
AWLを攻略している間全く動くことのない体をほぐすために、頭上で手を組んで全力で伸びをする。
そして次に目がいった時計には22時34分と表示されていた。
湊先輩が、あまり寝る時間を遅くしてはいけないと考えてこの時間にしてくれている。
その他にも、学校でお昼に授業でわからなかった所を教えてもらった事も含めて先輩にLIMEを送る。
その後も数度だけやり取りをし、電気を消して布団にはいった。
文化祭は先輩と巡れるかな、と思案しながら。
翌日。
朝、先輩と登校しながら雑談を続ける。
「弓道部は朝練が無いから良いですよね」
「そうだな。朝練は部活によっては時間すごく早いからな。拓真はいつも眠そうにしている」
「眠そうにしているといえば、最近加奈もそうなんですよね。一時間目とか寝てることもあって、少しビックリしてます」
元気が取り柄の一つなのに珍しい。
何かゲームにでもはまったのかな。
そんな雑談が続き、気がつけば学校にたどり着いていた。
「それでは先輩、またお昼に」
「いつもの場所でなー」
階段で別れる。
今日の攻略はどこまで行くのかな、と考えながら。
◇ ◇ ◇
「よっ、と」
AWLにダイブし、宿屋のベッドから体を起こす。
隣のベッドにはまだ由梨菜の姿はない。
最近は由梨菜が先にダイブしていることが多く、待たせてしまっていたので先に来れてよかった。
ここラミュータでやることは残り少ない。
あと一つクエストをこなしたら、この街での事は終わりだ。
一応ユリナの高感度メーターを確認してみるが、やはり前回までより高い。
突発的なクエストをクリアすると新密度が上がりやすいのかもしれない。
そうつらつらと考えていると、隣のベッドに光が集まりポリゴンがはじけた。
由梨菜のアバターが身を起こしてベッドの縁に腰かける。
「こんばんはです、先輩」
「こんばんは。今日でラミュータでの事を終わらせるぞ」
「わかりました」
実をいうと、ラミュータで必要なことはほとんど終わっていた。
この間の突発イベントが異色だっただけで普段はただ賑やかな街だ。
残っている数個のクエストをユリナと攻略し、装備を整えて次の所へ向かうだけ。
「クエストは何が残っていましたっけ」
「んーと、"猫の可愛い復讐 第三夜"に"探し物をする魔法使い"だな。まあ、サクサク終わる方のクエストだろ」
「そうですね。今日中に終わらせられそうです」
"猫の可愛い復讐 第三夜"は、色々な街を通してのシリーズ系クエストだ。
主人がうっかりさんだったり、近所の子供が元気すぎたり……とまあまあ大変な目に遭っている猫たちが復讐を企てる話で、毎回ほっこりするような結末が待っている。
クエストの報酬が猫カンだったり鰹節だったりするし、コンプリートアイテム的な意味合いを持つやり込み系クエストの一つだろう。
"探し物をする魔法使い"は、まさしくその名の通りのクエストだ。
新人魔法使いが朝師匠に貰ったばかりの魔導書を無くしてしまったので探してほしいだとか、老人の魔法使いのお爺ちゃんに頼まれて眼鏡を探したりだとか。
大抵その若者が左手に持っているのが魔導書だったり、老人の額にかかっている眼鏡がそのクエストアイテムだからすぐに終わる。
とまあ、簡単なクエストばかりなので問題ない。
だが、どうせ知っているのなら攻略しておきたいし、一緒にクエストをクリアすることでユリナの好感度も僅かながら上がるので毎回やっている。
「今回の猫さんはどんな困り事を?」
「ええと、『主人が昔から使っている猫じゃらしを使ってくれなくなった。なんとか遊びたいと訴えるのだが、イライラしているのか構ってくれません。なので、もっと気にかけてくれるようにイタズラをしたいと思います。手伝ってください』……だってさ」
「本当に猫がクエストに書いている様な感じなのがこのシリーズの面白いところですよね。さて、どうしましょうか?」
「とりあえずその家に向かってみるか」
とまあ、こんな感じ。
緩いクエストだけあって、攻略時間より移動時間の方が長いくらいだ。
今回の猫さんには、最新式の小型簡易お掃除猫じゃらしを渡した。
じゃれつく前に猫が周辺を軽く掃除、それによって主人が猫に気がつき相手をしてくれるだろうと考えたのだ。
その案は幸をそうし、無事また遊んでもらえるようになったらしい。
「猫の困り顔、めっちゃ可愛かったな」
「アレはやられました。とても可愛かったです」
何周かしている内に猫の体の模様も覚えたのだが、それでもなお飽きない可愛さ。
やはり猫は偉大だ。
「そういや由梨菜、猫といえば」
「……つけませんよ。そう易々と着けたくないです」
くそう、猫耳はつけてもらえないか。
また今度つけてくれるって言ってたし、気長に待つかな。
「そんな困った顔をされても知りませんからね。……困ったで思い出しました」
「ん?」
「もうすぐ文化祭ですよね。クラスで相談が難航していまして。なにか良い案ないですか?」
「んーと……現在はどんなのがでてるんだ?」
「あ、纏めたときの記録がありますから見ますか?」
「おお、ありがとう」
文化祭……すっかり忘れていた。
俺たちの学校の文化祭は、各クラスや部活単位でそれぞれ何か出し物を用意する。
美術部とかを除き展示や休憩所という案はもちろん禁止、あとは節度とルールさえ守っていればOKというレベルだが。
そして、学校の伝統的に他の学校にはない大きな点がひとつある。
全校生徒が……必ず仮装か衣装を普段と違うふうにして着るのだ。
女子の中でも綺麗どころは軒並みクオリティの高い似合う服を着せてもらう。
つまり、気になるのは。
「由梨菜は何の仮想をするんだ? 伝統位は聞いてるはずだとすると、何個か案は出てるんじゃないか?」
「……っ! と、当日まで秘密です!」
顔を赤くしてそっぽを向いた。
ちゃんと赤くなるなんてAWLはしっかりしてんなー、とボンヤリ考えていた。




