浅葱色のモンスター
部屋で可能性に気がついた直後、俺たちはシャルムさんの部屋を訪ねていた。
あの後、可能性に気がついたは良いがここに入ったのが初めての三人は案の定迷った。
しかもあくまで宿屋だからかマップを開いても見えるのは宿屋の屋根のみ。長槍騎士の人を見かけるまでさまよっていたという有り様だ。
案内してもらいようやくたどり着いた時には、三人してため息をついたせいでシャルムに首をかしげられてしまった。
「まあ、ここには非常時のために案内図もないからな。それで、どうしたのだ?」
「神隠しの件について、一つ思った事というかもしかしたら手がかりになるかも、ってことを見つけたから伝えに来たんだ」
「ほう。ぜひ聞かせてくれないか」
シャルムの声のトーンが落ちる。
必死にやっていたのだろう、冷めたまま置かれている食事は部屋に入った時から目についていた。
「予想だけど、神隠しの原因のモンスターは恐らくターコイズソーンだ。ほら、これを見てくれ」
モンスター図鑑の該当ページを開いてシャルムに見せる。
リアルで言うところのハエトリグサに大きな口をつけた、胴体は蔦の集まった様なモンスター。
大きな口のまわりは浅葱色で、蔦が若草色の怪物だ。
それを見たシャルムが疑問を口にする。
「確かに、この大型モンスターなら連れ去ったりすることは可能だろう。だが、なぜこのモンスターなんだ? 根拠を教えてくれ」
「ああ。この騎士団のメンバーが消えた現場を思い出してくれ。地面が不自然なほど綺麗じゃなかったか?」
「それは私もその場で言っていただろう。血痕も鎧もない。引きずられた痕もない、とな」
そこで俺は不覚にも少し笑ってしまった。
ああ、あの台詞で俺と由梨菜は誘導されたのか、と気がついたからだ。
運営は相変わらずいやらしい性格をしている。
「そこから先はユリナが気がついてくれた。思い出してくれ、あの不自然に綺麗な地面にはひび割れすら無かったよな?」
「……確かに無かった」
「ラミュータの森の地面は、水捌けが良すぎるのか足場が悪くてひび割れている。なのに、ひび割れがあそこには無かった。それを踏まえて、ターコイズソーンの説明を読みなおしてくれ」
みるみるシャルムの表情が変わっていく。
言いたいことがわかったのだろう。
「鎧が引きずられた痕が無かったのは、蔦で引き上げられていたからか。なるほど、筋は通る」
「で、どうする?」
「よし、この線にかけてみよう。明日はターコイズソーンの探索、可能ならば討伐に出る。ここまでの手伝い、感謝する」
ここでクエストが終わる……わけがない。
後ろの二人も、同じ目をしていることだろう。
「何を言っているんですか。手伝いますよ、最後まで」
「本音を言うと、いなくなった分で入れ換えが発生して行くメンバーがいなかったんだ。助かる」
明日は朝一番から出る、早めに寝ろ。
そういってシャルムは不敵に笑った。
◇ ◇ ◇
翌朝、俺たちは宿屋の前で並んで最終確認をしていた。
あれから、シャルムは結局遅くまでターコイズソーンについて調べていたようだ。
どのような所に生息しているかまでは調べられたらしい。
「ターコイズソーンは、見た目の通り結構パワーがあるらしい。ポーション類はしっかり持っているか?」
「もちろん。生息地域の目星はついているのか?」
「それこそもちろんだ。生態からして恐らく──この森で一番木の生い茂っている所だろう。ククル葉樹のあるところだ」
ククル葉樹、というのはスギと檜を掛け合わせたような建築向きの木材だ。
重く頑丈で、基礎造りから骨組み、外壁まで何でもござれの凄い物である。
だが、唯一の難点として、蔦がまとわりついているのだ。
この蔦は、太くて筋張っているせいでとても切れにくい。
蔦を処理しているうちにモンスターに襲われることもしばしばあるせいで、まだ戦闘に慣れていない職人に成りたての若者は冒険者を雇うくらいらしい。
そして、ターコイズソーンはその木の群生地にいることが多い。
蔦に擬態し、大きな木の幹や木の葉でその口を隠して待機。
手頃な獲物を見つけると、その蔦で絡めとって食す。
「そこまでなら、ある程度のレベルの冒険者を連れていくかそもそも腕利きの職人以外近づかなければいい。厄介なのは獲物がなかなか来なかった時だ」
食べ物がなかなか来なかった時は、さっさと擬態を止めて獲物を狩り始める。
そして、手にいれた獲物を普段擬態しているククル葉樹の所に持ち帰って食べるらしい。
「恐らくその獲物狩りにあったのだろう。神隠しのように思えるのは、持ち帰るときに痕跡がなくて普段擬態しているからだ」
「なるほどな。そして騎士を見つけたターコイズソーンは今はそのククル葉樹の所にいるはず、ということか」
「そういうことだ。話している内にその場所が見えるくらいにはなったぞ。ほら、あそこの大きな木だ」
指をさす方向には、確かに大きな木が群生していた。
そしてそのどれもに太い蔦が巻き付いているのを見て、ユリナが気味悪そうな顔をする。
「討伐を目的とするだけなら、焼き払えばいいのはわかる。だが、あの木はこの街の職人をかなり支えているからそれはできん。だが、大きなモンスターというのは大抵個々でいるものだ。だから、今回火は使わない」
「了解。一体ならなんとかなるはずだ」
その後、話し合いの末討伐の手順が決まった。
シャルムさんを先頭に、少し離れて先攻してもらう。
その後をついていくようにして俺たちが行く。
ターコイズソーンは基本一人の獲物しか狙わないらしい。
よって、シャルムさんが囮となり、すぐ見える位置に待機した俺たちが釣られたターコイズソーンを攻撃するという流れだ。
囮役を買おうとしたら、客人に危ない役をさせられない、と断られてしまった。
万が一ターコイズソーンが俺たち三人の後ろから攻撃をしてくる可能性もあるので既に武器は持った状態だ。
二十分ほど練り歩いただろうか。
由梨菜が前方を見て目を凝らすと同時にシャルムさんの左側の蔦が持ち上がり、背中を狙う。
「行くぞ!」
「はいっ!」
音もなく動いているのか、シャルムさんが気づく様子はない。
振り上げられた蔦がしなり、降り下ろされる。
その蔦に飛び込むようにして追い付き、ギリギリの所で切り落とすのに成功した。
「ハクア、本体はどこにいる?」
「この木の上です!」
切り落とされた蔦の巻き付いていた木を指差した。
その方向を見上げると、大きな口が木の葉の隙間から見える。
シャルムさんが抜剣すると同時にその本体がゆっくりと降りて来た。
降りるというよりは落下と言うべきだろう、ターコイズソーンの着地地点から飛び退く。
「助かった!」
「いえいえ、それが役目ですから! ユリナ、気を付けて。あの蔦は厄介だよ」
「はいっ!」
ユリナが騎士剣と小盾を構える。
ここまで序盤のイベントでは確実にオーバースペックな由梨菜には、回復などの後方支援をしてもらうために後ろに下がってもらった。
「キシィィィイ!」
ターコイズソーンが気味の悪い鳴き声を上げながら二本の蔦を振るう。
鞭のようにしなるせいで軌道が読みづらい。
しかも、ターゲットは最初に蔦を切り落とした俺に向いているようだ。
「俺が抑えるから、ユリナとシャルムさんはその間に攻撃をお願いします!」
「了解した。途中で交代していくぞ、そのタイミングは随時だ」
「いきます!」
シャルムさんとユリナがそれぞれ返答をした。
蔦の合間を縫って剣を振りかぶる。
シャルムさんの振るった剣は吸い込まれるようにして胴体を斜め斬り。
ユリナの剣は、安全を選んでシャルムさんほど前にでないようにするためにまっすぐ口元に突き込まれている。
その一撃でユリナにターゲットが向くが、その瞬間にまた腕となっている蔦を切り落としてターゲットを自分に戻した。
「どうです?」
「本体はほとんどが蔦の塊で攻撃が少ししか通らないな。狙うなら首もとか顔面だ」
本体を斜め斬りにしたシャルムさんより剣の先っちょを突き込んだだけのユリナにターゲットか向いたのが理由だろう。
俺の切り落とした蔦の腕も既に復活していることからあの蔦に関しては無限なのかもしれない。
「もう一度いきます!」
次はユリナが先攻し、シャルムさんが少し遅れて続く。
実戦に慣れていないユリナにターゲットが向いた直後に攻撃して己に向けるつもりなのだろう。
「やぁっ!」
ユリナが剣先を向けた途端にターコイズソーンがユリナの方を向く。
急いで片方の蔦を切り落としてもターゲットが剥がれない。
僅かに光を纏った蔦が恐ろしいスピードでユリナの剣の腹を叩いた。
「ひゃっ!?」
驚きの声をあげるユリナの手からいとも簡単に剣が吹き飛んでいく。
咄嗟に構えた盾に、既に復活していた腕が同じように振るわれまた吹き飛んだ。
体力が減ったからなのか、一連の決められた動作なのか。
ターコイズソーンの首もとから新たに太い蔦が伸びる。
その蔦は他の物とは違い、固そうな棘がはえていた。
武器を失った事、目の前の蔦を見てユリナが完全に固まった。
足がすくんで動けなくなっている。
「危ないっ!」
咄嗟に飛び込んでその蔦からユリナをかばう。
腕をユリナの背に回して持ち上げ、その場から全力で離脱した。
「ヒールっ」
由梨菜から即座にヒールが飛んできて、背中の傷を癒した。
振り替えると、ターコイズソーンの相手はシャルムさんがしてくれている。
「いてて……ちくしょう、武器落とし攻撃かよ……」
武器落とし攻撃とは、その名の通りその攻撃にヒットした武器を確率で落とす攻撃だ。
高位レベルだったり、壁になれる構成の人なら耐えれることもあるらしいが、ユリナも俺もそのレベルに達していない。
同時に、騎士の剣だけが落ちていた理由がわかった。
今と同じように武器を弾かれ、無防備になったところを捕らえられたのだろう。
「そっちは大丈夫か?」
シャルムさんが前線を支えながら聞いてきた。
的確に蔦をさばいている。
「なんとか大丈夫です! 今から復帰します!」
ユリナにはとばされた剣を回収しにいってもらった。
顔が赤かった気がするが、とても驚いたのだろう。
ダッシュで前線に復帰する。
何度か俺やユリナが剣を飛ばされたものの、それ以降は特に危なげなくターコイズソーンの体力を削っていった。
前で抑えるのは俺かシャルムさん、ユリナが遊撃を担当し、十分もしただろうか。
ターコイズソーンはユリナが首もとに突きこんだ一撃で動きを止め、ポリゴン片となって爆散した。
「お疲れさまです」
「めっちゃつかれた。リアルで由梨菜の手作り唐揚げ食べたい」
「……また今度作ってあげます」
ユリナにフラグを建てるときに頼ったNPCのおっちゃんが担いでいた木材は実はククル葉樹の物だったりする。
おっちゃんは実力者。




